組織横断で取り組むIT資産運用プロセス構築 ~クラウド・仮想化環境の全体最適化、ガバナンスの獲得~

第43回:ライセンス契約交渉術 – BATNA の準備は不可欠!

概要

デジタル トランスフォーメーションへの期待が高まるなか、大手企業の IT部門への期待はますます高まっています。その期待に応えるためには今まで以上に IT環境のガバナンス、コントロール、セキュリティ対策などの成熟度が求められます。 ますます複雑化する ITインフラに対して、どうすれば成熟度を高めることができるのか? 欧米の大手組織では、その鍵は「全ての IT資産のコントロールである」として取り組みが進んでいます。 本シリーズでは、「IT資産運用プロセス」という組織全体で取り組むべき業務プロセスの設計やガバナンスの獲得により、「IT環境の全体最適化」を最終ゴールとして解説していきます。

今日のIT環境が複雑化する中で、その複雑化するIT環境に対応してきたソフトウェアライセンス契約は複雑化を極めています。そして、その複雑性が大きな原因の一つとして大きなコスト上昇をコントロールできずに受け入れざるを得ない状態の組織が増加しています。
しかし、それは不可避なのでしょうか?
答えは「否」です。
組織としての「ポリシー」、「体制:役割と責任およびケイパビリティ」、「組織横断的プロセス」が定義され、管理されていれば、「交渉」が可能となり、コスト上昇を抑制し、コストの最適化を実現することが可能です。

「第8回:VMOが機能していない組織の課題~海外大手ITベンダーとの関係構築にはベンダーマネージャの専門的知見が不可欠!~」

運用管理チームでツールなどを利用して管理ができる「テクノロジーメトリック」に対して、特にライセンス管理において重要なのは、「ビジネスメトリック」です。ライセンス契約はビジネス契約であり、契約におけるライセンスのコストを決定する使用許諾条件には、多くの「ビジネスメトリック」が含まれています。ベンダーマネージャは、これらビジネスメトリックを理解して、測定し、交渉することで「コストの最適化」を実現へと導き、億円単位のコストの上昇を回避することを可能とする重要な役割なのです。
残念ながら国内においてVMO(Vendor Management Office)は脆弱ですし、ベンダーマネージャのキャリアパスもありません。欧米ではIT資産管理(ITAM)、ソフトウェア資産管理(SAM)、ベンダーマネジメントオフィス(VMO)などの専門分野におけるキャリアパスが形成されているにも関わらず、日本国内ではそのような動きが無いのが実情です。大きな要因として考えられるのは、欧米でもかつて課題となっていましたが、当該分野の専門家は「テクノロジー」の理解と、「ビジネス」の理解の両方が要求されるからです。さらに、対象が「ビジネス契約」の「使用許諾条件」であり、当該の使用許諾条件には「テクノロジーメトリック」と「ビジネスメトリック」が含まれるため、前述の「テクノロジー」の理解と「ビジネス」の理解の両方が要求される、という要求難度が高い人材であるからです。

「複雑性は分解して単純化して解決する」

基本的なアプローチは、一人のベンダーマネージャに全てを期待するのではなく、分解して割り当て、シェアして、必要で不足する能力はアウトソース可能な部分をアウトソースする、につきます。

 

契約の交渉力とは?

契約交渉は常に「パワーバランス」です。力の源泉は、「知は力なり」。正確に契約の状態(使用許諾条件:テクノロジー/ビジネス)や、ライセンスの運用状態を把握し、自組織のニーズおよびIT環境に照らして理解する。
そして、必ず「BATNA:Best Alternative To Negotiated Agreement」(交渉相手から提示されたオプション以外で、最も望ましい代替案)、つまり競合をぶつける、の戦術を運用することです。

「A社のソリューションが唯一の選択肢です」
「A社の保守契約が唯一の選択肢です」

というような状況を自らが作ってしまえば、相手に上手を用意しているようなものです。このような状況では、「赤子の手をひねるようなもの」と相手を強気にさせてしまいます。
自組織の利益を契約に反映させ相手とのWin-Winの関係を構築するためには、常に、「他の選択肢がある」という状況で交渉に臨まねばなりません。
これは、ライセンス契約に対してのライセンス保守契約も同様です。

「でも、ライセンス保守契約に選択肢などないのでは?」

そんなことはありません。サードパーティf保守(第三者保守サービス)は、必ず検討し交渉材料に利用しましょう。もちろん、サードパーティ保守を実際に利用するのも場合によっては、十分にコスト削減の実現の方法となります。しかし、「現時点でのサードパーティ保守への移行は困難である」という判断があったとしても、必ず検討し「交渉材料に利用する」べきです。

例えば、RiminiStreet (リミニストリート社)や、SpinnakerSupport(スピネカーサポート社)などのサードパーティ保守を、しっかりと検討し、ライセンス契約交渉やサポート保守契約交渉に利用することは「王道」のBATNA戦術と言えます。サードパーティ保守というオプション(選択肢)は、様々な局面、シナリオにおいて利用価値がある「交渉カード」です。昨今の欧米のインフレやリセッション懸念から、保守契約の年次保守調整率などが上昇する傾向にありますが、これらの交渉においても利用が可能です。
特に、SpinnakerSupport は IBM社との提携により日本では日本IBM社からの提案となっており、既にIBM社との関係があるユーザーにとっては、必ず検討対象に含むべきオプションと言えるでしょう。

どのような状況であっても、必ずBATNAの準備を行い、契約交渉に利用する、ということを忘れずに。
ときどき「そんなことをしたら相手が気を悪くしませんか?」というご質問をいただきますが、安心してください。
契約交渉の「王道」です。ただ、あたりまえの、やるべきことをしているだけなのですから。

 

日本ベンダーマネジメント協会では、ベンダーマネージャ育成や、新時代に求められるVMOの定義を可能とする「ソフトウェアライセンス契約管理講習:SLAM(Software License Agreement Management)」(https://www.vmaj.or.jp/archives/member)(Oracleライセンス契約管理オプションあり)を、 VMOやSLO管理ツールの運用アウトソーシングのためのRFP策定の定義の教育などを講習としても提供していますので、ご利用ください。

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筆者紹介

武内 烈(たけうち たけし)
1964年生まれ。
一般社団法人
日本ベンダーマネジメント協会
代表理事
ITIL Expert、IAITAM認定講師

IT業界では主に外資系ソフトウェアメーカにおいて約25年間の経験を持つ。
技術的な専門分野は、ネットワークオペレーティングシステム、ハードウェアダイアグノスティック システム、ITマネジメントと幅広い。大手外資系IT企業ではプロダクトマーケティングスペシャリストとして、ITマネジメントの分野で、エンタープライズJavaサーバー(WebLogic、WebSphere)、SAP、Oracle、ESB(Enterprise Service Bus)などからWeb Serviceテクノロジーまでの管理製品を手掛ける。
IT 資産ライフサイクル管理プロセス実装のためのAMDB・CMDB 製品開発プロジェクト、データセンターのCMDB およびワークフローの実装プロジェクト、IT資産管理(クライアント環境) MSP のサービスプロセスの開発・実装プロジェクト(CMS/サービスデスクを含む)、ライセンス管理のためのSAMプロセスおよび自動化テクノロジー (CMS/サービスデスク)の設計・実装プロジェクトなど多数のプロジェクト経験を持つ。
IT資産管理のポリシー、プロセスを、どのように自動化テクノロジーに結び、ITサービス管理戦略やロードマップとの整合性を取りながらIT資産管理プログラムを実行性の高いものにしていくのかのコンサルティングを得意とし、大手組織におけるIT資産管理プロセスとサービス管理プロセスの統合プロセス設計、自動化設計、実装プロジェクト、IT資産管理プログラムの運用教育の実績多数。

 

【ホームページ】
一般社団法人
日本ベンダーマネジメント協会
www.vmaj.or.jp/
【情報】
Twitter( @VMA_Japan)


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