DXリーダー人材を育成するために必要な5つの基礎能力㉞

第34回 システム管理者たちの未来 〜プロンプトの共有で生み出す価値と時間〜

概要

「DXリーダー人材を育成するために必要な5つの基礎能力」で紹介した内容について、 DX推進する上で欠かせない知識とマインドを8人の専門家がお伝えします。

目次
1.はじめに
2.生成AIの革新性とは
3.システム管理者の創造性を引き出す生成AI
4.システム管理者に求められる新しいマインドセット
5.おわりに

1.はじめに

生成AIが業界に革命をもたらしています。システム管理者にとって、これは単なる新技術ではなく、創造性を発揮するための強力なパートナーです。日々の定型業務に追われがちな私たちが、どのように生成AIを活用して本来の創造的な業務に集中できるのかを考えてみましょう。

 

2.生成AIの革新性とは

生成AIの革新性は、人間の思考を補完し、拡張することにあります。コードの自動生成、ドキュメント作成、問題解決のアイデア提案など、これまで時間をかけていた作業を瞬時に処理できます。重要なのは、AIが人間の代替ではなく、創造性を引き出すパートナーだということです。

定型業務からの解放と高度な思考への集中

これまでのコラムでお伝えしてきたように、生成AIの最も基本的な価値は定型業務の効率化にあります。システム管理者の日常業務においても、この効率化効果は顕著に現れています。

具体的には、以下のような作業が大幅に効率化されます:

  • ログ解析の自動化とパターン認識:膨大なログファイルから異常パターンを自動抽出し、重要な情報を優先順位付け
  • 設定ファイルの自動生成と最適化提案:環境に応じた最適な設定を生成AIが提案し、手作業によるミスを削減
  • 監視スクリプトの自動作成:要件を自然言語で伝えるだけで、適切な監視スクリプトを短時間で生成
  • 定型レポートの自動化:週次・月次の定型報告書を自動生成し、データ収集作業から解放

 


この効率化の真の価値は、浮いた時間を本来の戦略的思考に振り向けられることです。システム管理者が目指すべきは、単なる作業の自動化ではなく、その先にある創造的な業務への集中です。そして、この創造的業務こそが、次章で詳しく解説する「壁打ち」による新しいアイデア創出につながります。

 

3.システム管理者の創造性を引き出す生成AI

新しいアイデア創出のパートナーとしての活用

今回は、生成AIを壁打ち相手として利用する方法をご紹介します。

私は、中小企業に対してデジタル化のコンサルティングを行っています。その現場での実体験から、生成AIの効果的な活用方法をご紹介します。

それは、製造業の社長に生成AIを「壁打ち相手」として使ってもらい、その対話内容(プロンプトと回答)を共有してもらうという手法です。

  • リアルな発見事例

思考の固定化を可視化する ある製造業の社長が生成AIに投げかけた「工場の生産性向上策」のプロンプトを見せてもらったところ、「省人化」という言葉が頻出していました。社長の頭の中では「人件費削減=生産性向上」という固定観念が強く根付いていたのです。このプロンプト共有をきっかけに「省人化だけが生産性向上なのか」という本質的な議論に発展し、最終的には「高付加価値製品へのシフト」という新たな方向性を見出せました。

この事例が示すのは、プロンプトには質問者の「暗黙の前提」や「思考の枠組み」が如実に表れるということです。一人で生成AIを使っている限り、その枠組みから抜け出すことは困難です。しかし、第三者がプロンプトを見ることで、「なぜその前提に立っているのか」「他の視点はないのか」という新たな問いかけが生まれます。

  • なぜこの手法が効果的なのか

最近の生成AIは、メモリー機能が充実してきており、質問者の背景や考え方を記憶して回答する様になってきています。これは一見素晴らしい機能ですが、裏を返せば「質問者の思考パターンに合わせて回答する」ということでもあります。つまり、一人で使っていると、どうしても自分の思考パターンに沿った回答しか得られず、既存の考え方を強化することになりがちです。

プロンプトには「何を知りたいのか」「どう考えているのか」「何を重視しているのか」という思考プロセスが詰まっています。第三者がその対話を見ることで、違う角度から指摘したり、思考を広げる質問や深い質問を提案できたりするのです。これにより、質問者自身が気づいていない盲点や、新たな可能性を発見することができます。

システム管理者への具体的応用事例

例1:認識ギャップの早期発見とアプローチの転換

  • 当初のプロンプト:「サーバー負荷を軽減する方法を3つ提案して」
  • チームメンバーの視点:「このプロンプトからは『負荷軽減』という対症療法的な視点しか見えていない。根本原因への言及がない」
  • 改善されたプロンプト:「現在のサーバー負荷の根本原因を分析し、予防的観点も含めて包括的な改善策を提案して。現状のCPU使用率は平均70%、ピーク時は90%超。過去3ヶ月の傾向として徐々に増加傾向」

この事例では、プロンプト改善のプロセスを通じて、システム管理者は「目の前の問題を解決する」から「将来を見据えた戦略的対応」へと思考が深まります。同時に、チームメンバーも当事者の現状認識を正確に把握できるため、より的確なサポートが可能になります。

例2:思考プロセスの透明化と段階的深化 実際の対話の変遷:

プロンプトの変遷

  • 1回目:「ネットワーク障害の対処法を教えて」
  • 2回目:「L2とL3での切り分け方法は?」
  • 3回目:「SNMP監視とログ解析を組み合わせた予防策は?」
  • 4回目:「予防策の効果測定指標とアラート設定の最適化方法は?」

このプロンプトの変遷から、「反応的な障害対応」から「予防的な監視システム構築」、さらには「継続的改善のサイクル」へと思考が発展していく過程が見えます。チームメンバーは、この思考の流れを理解することで、当事者が気づいていない懸念点(例:アラート疲れによる重要な障害の見落とし)を先回りして提示できます。

例3:意思決定プロセスの可視化

  • 経営陣へのプロンプト:「クラウド移行AとオンプレミスBのコスト比較をして」
  • AIの回答後の追加プロンプト:「クラウド移行Aの場合、セキュリティリスクを最小限に抑える方法は?」

この一連のやり取りから、質問者がすでにクラウド移行に傾いていることが分かります。チームメンバーは「なぜクラウド移行に関心があるのか」という背景を理解し、より戦略的なアドバイス(例:段階的移行計画の提案)ができるようになります。

 

プロンプトライブラリの構築:チーム知識の体系化

プロンプトとその回答を蓄積していくと、「プロンプトライブラリ」という形でチーム共通の知識基盤が形成されます。

例えば:

  • 「性能問題診断プロンプト集」:CPU、メモリ、ディスク、ネットワークの各観点からの分析手順
  • 「セキュリティインシデント対応プロンプト集」:初動対応から根本原因分析まで
  • 「システム設計レビュープロンプト集」:可用性、拡張性、保守性の観点からの評価軸

これらを共有・改善していくことで、次のような変化が生まれます:

  1. 個人の成長加速:システム管理者は「こういう視点で考えるべきだったか」という学びが増え、自ら考える力が高まる
  2. チーム理解の深化:先輩やチームリーダーは後輩の思考パターンや重視する価値観を深く理解できる
  3. 共通言語の形成:チーム間で「この課題には、あのプロンプトをベースに考えよう」という共通理解が生まれる
  4. 知識の継承促進:ベテランの暗黙知がプロンプトという形で明文化され、チーム全体に継承される

特に注目すべきは、プロンプトの変遷自体が「技術課題に対する認識の深まり」を表す点です。当初は漠然としていた問題認識が、プロンプトの改善とともに徐々に明確になり、最終的には具体的な改善アクションへと発展していく——このプロセス全体を共有することで、単なる結論の共有よりもはるかに深い理解とチーム連携が構築されるのです。

  • 重要なポイント

個人作業からチーム知恵への昇華 生成AIとの対話を「個人の作業」で終わらせず、「チームの知恵」に昇華させることが最も重要です。プロンプト共有により、お互いがチャットで非同期的に思考プロセスを共有でき、時間や場所を超えて継続的で効率的な対話が実現します。これにより、一人では思いつかない解決策や、自分の思考の枠を超えたアイデアを発見でき、システム管理者の創造性が飛躍的に向上するのです。

 

4.システム管理者に求められる新しいマインドセット

コミュニケーション重視の文化への転換

製造業でカイゼン活動やQC活動が復活しているように、IT分野でも対話と協働が重要になっています。しかし、多くのシステム管理者は「技術的な問題は技術で解決する」という思考に慣れ親しんでおり、人との対話やチーム内でのアイデア共有を後回しにしがちです。

生成AIの時代において、この考え方は大きく変わる必要があります。AIとの効果的な対話、そしてその結果をチームで共有し発展させる能力が、システム管理者の競争力を決定づけるからです。「時間がない」「忙しすぎる」という理由でコミュニケーションを軽視していては、生成AIの真の価値を引き出すことはできません。

技術との協調から共創への転換

従来のシステム管理者は、技術的な課題に対して「人間が技術をコントロールする」という立場で向き合ってきました。しかし、生成AIとの関係は根本的に異なります。AIは単なるツールではなく、思考のパートナーとして機能します。つまり、「技術をコントロールする」から「技術と協創する」へのマインドセット転換が必要です。

この転換には、謙虚さと開放性が求められます。AIが提案した解決策が自分の想定を超えている場合、それを素直に受け入れ、さらに発展させる柔軟性が必要です。また、AIとの対話を通じて自分の知識や経験の限界を認識し、それを補完するために他のチームメンバーとの協働を積極的に求める姿勢も重要です。

具体的には、システム設計の際に「自分の経験に基づく最適解」を求めるだけでなく、「AIとの対話を通じて新たな可能性を探る」「チームメンバーとの議論を通じて盲点を発見する」といったアプローチを日常的に実践することです。

時間創出のための生成AI活用:製造業の教訓から学ぶ

ただ、「時間がない」という課題は、システム管理者にとって常に大きな悩みです。しかし、製造業でカイゼン活動やQC活動が復活している背景には、「効率化により時間を創出し、その時間を価値創造活動に投入する」という明確な戦略があります。

システム管理者も同様のアプローチを取るべきです。生成AIを活用して定型作業を自動化・効率化し、捻出した時間を創造的業務に投入する。そして、その創造的業務の成果をチーム内で共有し、組織全体の価値向上につなげる。このサイクルを確立することが、新時代のシステム管理者に求められる重要なスキルです。

具体的な時間創出の方法:

  • 定型レポート作成の自動化:ログ解析結果のレポート生成を生成AIに委ね、分析と改善提案に集中
  • ドキュメント作成の効率化:技術仕様書や手順書の初稿を生成AIで作成し、レビューと改善に時間を使う
  • 学習プロセスの高速化:新技術の理解を生成AIとの対話で深め、実践に早く移行

そして、創出した時間を以下の価値創造活動に投入:

  • 戦略的システム設計:将来のビジネス要件を見据えたアーキテクチャ検討
  • 予防的改善活動:問題が発生する前の改善施策立案
  • チーム能力向上:メンバー育成やナレッジ共有活動
  • 新技術の実験的導入:組織の技術競争力向上に向けた取り組み


この「効率化→時間創出→価値創造→チーム共有」のサイクルを回すことで、システム管理者は単なる「システムの維持管理者」から「組織の技術戦略パートナー」へと役割を進化させることができるのです。

 

5.おわりに

革新性と創造性を武器にした新時代のシステム管理者像

生成AIとの協働により、システム管理者は単なる「守り」の役割から、ビジネス価値を創造する「攻め」の役割へと進化できます。技術的な深さと創造的な発想力を兼ね備えた、新時代のシステム管理者を目指しましょう。

まずは小さな業務から生成AIを試してみてください。日々の作業を少しずつ効率化し、浮いた時間で新しいアイデアを考える。そのサイクルが、あなたの創造性を解放し、チーム全体の革新につながります。

 

 

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筆者紹介

株式会社 エムティブレイン 代表取締役 山口透

http://mt-brain.jp/
「経営とITと人材育成」のコンサルティング業を中心とする株式会社 エムティブレインの代表取締役。現在、経営とITの橋渡しをする社外CIO (社外IT顧問)サービス提供中。
主な著書(いずれも共著)
「IoT しくみと技術がしっかりわかる教科書」 技術評論社
「この1冊ですべてわかる ITコンサルティングの基本」 日本実業出版社
「生産性向上の取組事例と支援策」 同友館

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