概要
これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。
今回は、箇条7支援の7.3の認識について具体的に確認してまいりましょう。要求事項として多くのことが記されているわけではありませんが、実はサービスマネジメントシステムの活動には極めて重要な意義が存在しています。
では、その認識ってなんだ!?ということですよね。
1.ISO/IEC20000における認識とは
組織におけるサービスマネジメントの実践において、「認識」は極めて重要な要求事項です。サービスマネジメント活動に従事する人々は、組織全体のサービスマネジメントに関する目標の達成に貢献するため、まずトップマネジメントが定めたサービスマネジメントの方針と目的を正確に理解していなければなりません。その上で自身の業務や活動がサービスマネジメントのパフォーマンス向上やサービスマネジメントシステム(SMS)の有効性にどう貢献するのかを明確に認識することが求められます。日々の業務を単なる作業としてではなく、顧客のビジネスを成功に導き、そのビジネスに貢献するという組織全体の目標達成に繋がる重要な活動として捉えることが、この認識を深めることに繋がります。さらに、組織内の関係者がSMSの要求事項を遵守しなかった場合、組織全体にどのような悪影響が生じるかを理解することも必要です。具体的にはSMSの要求事項を組織内の関係者が遵守しなかった場合、その影響は多岐に渡り、組織に深刻な影響を及ぼす可能性があります。まずサービス提供面では、サービスの中断や停止、サービス品質の低下、セキュリティの侵害、コンプライアンス違反といった問題が発生するリスクが高まります。サービスの中断は顧客満足度を低下させ、外部からの評判を悪化させ、企業としての利益減少や顧客離れに繋がる可能性があります。サービス品質の低下も顧客からのクレーム増加を招き、ビジネス機会の損失に繋がります。セキュリティ侵害は、顧客情報や機密情報の漏洩、システム障害、金銭的損失といったような重大な事態を招く可能性があり、組織の存在意義に関わる問題となる可能性があります。さらにコンプライアンス違反は法的措置といったペナルティを招き、前述したような事象のほかに組織の信用を失墜させる虞があります。組織運営面においても、SMS要求事項の不遵守は問題を引き起こします。業務プロセスの非効率化による生産性の低下やコストの増加、意思決定の遅延や不適切な意思決定によるビジネス機会の損失やリスクの増加、そしてリスク管理の不備による予期せぬトラブルといった問題が発生する可能性があります。これらの問題は組織全体の効率性と生産性を低下させ、競争力に影響がでる可能性もあります。さらにSMS要求事項の不遵守は、顧客、メンバーなど、多くのステークホルダーからの信頼を失い、組織全体の信頼感の低下に繋がりかねません。これは組織の存続に関わる重大なリスクとなります。
これらのリスクを軽減し、組織の健全な運営を確保するためには、組織全体でSMSの要求事項を理解し、遵守することが必要です。そのためには、適切な教育・研修、定期的な監査、そして継続的な改善活動を進めることが必要です。SMSの有効性を最大限に発揮することで組織は変化の激しい現代社会においても、サービスマネジメント活動に則り、安定したサービス提供と持続的な成長を実現できると考えています。
2. 認識のための活動と便益について
ISOの箇条による認識とは、責任感と規範の意識を持って業務に取り組むための基礎となるものです。これらの認識をしっかりと持つことで、個々のメンバーは組織の一員として、より効果的かつ責任感を持ってサービスマネジメント活動に貢献できるようになるのです。組織で活動するすべてのメンバーは、円滑な業務遂行と組織全体の目標達成のために、いくつかの重要な点を認識しておく必要があります。まず組織全体のサービスマネジメントの方針と目的を理解することが重要です。これは組織がどのようなサービスを提供し、どのような目標を目指しているのかを把握することであり、個々の業務が組織全体の戦略にどのように貢献するのかを理解する上で必要なものです。
次に自身の業務に直接関連するサービスについて、その内容や特性を正確に理解する必要があります。これは自身の業務がどのようなサービスに影響を与え、また、どのようなサービスから影響を受けるのかを把握することで、より効果的な業務遂行に繋がります。このあたりはサービスポートフォリオ管理プロセスでサービスライフサイクル管理が行われ、サービスカタログ管理によって必要事項が文書化され、顧客と合意する重要な取り組みにつながります。さらに自身の業務がサービスマネジメントシステムの有効性、ひいては組織全体のサービスマネジメントに関するパフォーマンスの向上にどのように貢献しているのかを認識することが大切です。パフォーマンス向上によって得られる具体的な“便益”=後述を理解することで、モチベーションの向上や業務への責任感の醸成に繋がります。最後にSMSの要求事項を満たさないことによる組織への悪影響を理解しておく必要があります。これは組織への帰属意識を高め、責任ある行動を促す上で重要な認識です。これらの点をしっかりと認識することで、組織全体として、より効率的で効果的・有効性のあるサービスマネジメントを実現できると考えています。
“便益”について
ISOの世界では便益という言葉がよく出てきます。ちょっと寄り道して“便益”について確認しましょう。
SMS(サービス・マネジメント・システム)の導入・運用によって得られる便益は、組織の規模や業種、そしてSMSの導入状況によって異なりますが、大きく分けて顧客満足度の向上、コスト削減、リスク管理の強化、業務効率の向上という4つの側面から説明できます。
まず、顧客満足度の向上においては、SMSが提供するサービスライフサイクル全体を管理する枠組みによって、サービスの品質、可用性、そしてインシデントの早期復旧や問題解決の迅速性が向上します。そしてサービスレベル目標=SLOの設定とモニタリングにより、顧客の期待に応えるサービス提供が可能となり、顧客からのフィードバックを収集・活用することで、継続的なサービス改善につながります。結果として、顧客満足度が向上し、自組織に対するロイヤルティの向上、ひいてはビジネスの成長に貢献します。
次にコスト削減という観点では、SMSによる効率的なリソース管理、リスク軽減、そして自動化・運用高度化などによるコストの適正化が期待できます。無駄なコストの削減、予期せぬインシデントや損害によるコスト増加の防止、そして人件費の削減など、多角的なコスト削減を実現することで、組織の収益性を向上させることができます。
リスク管理の強化においては、SMSが提供するリスク特定・評価・軽減のリスクアセスメントモデルとプロセスにより、潜在的なリスクを早期に発見し、適切な対策を講じることが可能になります。これによりビジネスへの影響を最小限に抑え、組織の安定性を高めることができます。また、コンプライアンス遵守を支援することで、我々を取り巻く関連法令やルールから関係するリスクを軽減することもできます。
さらに業務効率の向上という点では、SMSによる業務プロセスの標準化と最適化、情報共有の促進、そしてトップマネジメントや管理職、サービス管理責任者など要職の意思決定の迅速化が期待できます。これにより業務の生産性が向上し、組織全体の効率性が大幅に向上することが考えられます。スムーズな情報伝達と迅速な意思決定は、ビジネスチャンスの最大化とリスクへの迅速な対応を可能にして、組織の競争力強化に貢献すると考えられます。
これらの便益は相互に関連しており、全体として組織の競争力強化、持続可能な成長に大きく貢献します。 しかし、これらの便益は、SMSが適切に設計・導入・運用された場合に効果を発揮するもので、サービスマネジメントシステムが構築されただけでは効果が未知数です。組織のニーズに合わせた適切なSMSの設計、メンバーの教育・研修、そして継続的な改善活動が4つの側面の便益を最大限に享受するための重要な要素となります。
3.支援の“認識”によって組織は一つになる
ISO/IEC 20000の箇条7.3「認識」は、組織全体がサービスマネジメントシステム(SMS)の目的と重要性を理解し、共通の認識を持つことを目指しています。トップマネジメントの方針を基盤として、組織内のすべてのメンバーがサービスマネジメントの方針と目的を理解し、自身の業務がどのようにSMSに貢献するのか、そしてSMS要求事項の不遵守が組織にもたらす影響を認識することで、組織全体が一つにまとまり強化されます。
この「認識」の要求事項、すなわちサービスマネジメントの方針、目的、自身の業務に関連するサービス、SMSの有効性への貢献、そしてSMS要求事項に適合しないことの意味、これらを組織全体で共有し、理解することで、個々の活動が組織全体の目標に合致した方向へ進むようになります。例えば、サービスマネジメントの方針と目的を理解していれば、日々の業務において組織全体の目標達成に貢献する行動を自発的に選択できるようになります。自身の業務と関連するサービスを理解することで、そのサービスの品質向上に直接的に貢献できるようになり、パフォーマンス向上による便益を認識することで、モチベーションの向上や業務への責任感の醸成に繋がります。さらにSMS要求事項に適合しないことの意味を理解することで、ISOに必要な規範の意識を高め、リスクを回避する行動をとるようになればベスト!です。
これらの「認識」の具現化、つまり組織全体での理解と共有は、単なる情報伝達ではありません。組織全体によるワークショップや研修、1on1などを活用し、個々の役割と組織全体の目標との関連性を明確にする活動、SMSの要求事項を分かりやすく説明する運営要領のようなガイダンスの作成と開示、そしてSMS全体会議やサービスをマネジメントするキーパーとの定期的なコミュニケーションを通じて、これらの認識を共有する必要があります。これらの活動を通じて、組織内の各メンバーは、自身の役割と責任を明確に理解し、組織全体の目標達成に向けて、一丸となって取り組むことができるようになります。結果として、組織全体が共通のビジョンと目標を共有し、連携して行動することで、組織全体の強固な結束力を生み出すのです。つまり「認識」の活動は、組織を単なる個人の集合体から、共通の目標に向かって進む一体となった顧客のビジネスを成功に導く組織へと進化させるための重要な基盤となるのです。
4. 正しい“認識”が導く変化を逃さないサービスマネジメント
現代社会は、かつてないスピードで変化しています。デジタル技術の進化は目覚ましく、IoT、ビッグデータ、生成AI、ロボットといった技術の進展は、私たちの生活やビジネス環境に大きな変革をもたらしています。この急速な技術革新は、新たなビジネスチャンスを生み出す一方で、予期せぬリスクや課題も同時に生み出しています。さらにステークホルダー資本主義、ESG(環境・社会・ガバナンス)、SDGs(持続可能な開発目標)、ダイバーシティ&インクルージョンといった社会的な価値観の変化も企業経営に大きな影響を与え、企業は社会課題への積極的な取り組みが求められる時代となっています。働き方改革や企業風土改革といった内部的な変化も、この流れに沿った重要な要素です。このような不確実性の高い時代において、企業が持続的な成長と発展を遂げるためには、変化の兆候をいち早く捉え、的確な対応を迅速に実行することが必要です。これがすべてのステークホルダーが幸せでなくてはならない「幸福度を向上させるためのサービスマネジメント」の真骨頂です。すべての参加者が楽しくなければサービスマネジメントの価値は無くなります。この図の「正しい認識が導く “環境変化を逃さないITSM”」は、まさにそのような時代におけるサービスマネジメントの活動を支える組織の羅針盤となるべき「認識」の重要性を示したものです。ISO/IEC 20000 箇条7.3「認識」を基にその目的や活動、そして得られる成果を大切にしてください。先行き不透明な時代だからこそ、組織全体で状況を正しく理解し、共通の認識を持つことが重要であり、この「認識」こそが、変化への対応力を高め、持続可能な成長を実現するための基盤となることを示しています。
絶えず変化する外部環境と社会情勢を踏まえ、SMSを通じて、どのようにビジネス目標の達成、経営戦略の成功、そして真の価値創造を実現していくかを明確に示しながら、ビジネス目標達成のために様々な選択肢を分析して、優先順位を設定し、最適な意思決定を行う必要があります。経営戦略においては、設定された目標に対する進捗状況を継続的にモニタリングし、評価することで、戦略の修正や改善を迅速に行うことができます。ガバナンスの目標は、最終的に価値の創出に繋がります。この価値創造は、最適な資源とコストの活用、リスクの最適化、そして便益の実現によって達成されます。これらを経営や組織運営として支えるのが、サービスマネジメントの強さでもあります。ISO/IEC 20000 箇条7.3「認識」に基づく周知活動が、組織の目標達成に向けた管理プロセスの起動を促す重要な役割を果たしており、計画、構築、実行、そしてモニタリングという4つの段階から構成され、組織全体の認識が必要です。さらにITIL 4の4つの側面、すなわち組織と人材、情報と技術、パートナーとサプライヤ、そしてバリューストリームとプロセスを活用することで、サービスマネジメントによる価値の共創を実現できると示唆しています。これらの側面を効果的に連携させることで、組織全体の能力を最大限に発揮し、持続可能な価値創造を実現することが可能になるのです。
次回は、箇条7の文書化と知識について考えてまいりましょう。
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筆者紹介

SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。
【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/
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