組織横断で取り組むIT資産運用プロセス構築 ~クラウド・仮想化環境の全体最適化、ガバナンスの獲得~

第41回:ライセンス契約で発生する億単位の無駄なコストの原因は「無知」?! ~「包括」、「無制限」、「PaaS」契約の・・・

概要

デジタル トランスフォーメーションへの期待が高まるなか、大手企業の IT部門への期待はますます高まっています。その期待に応えるためには今まで以上に IT環境のガバナンス、コントロール、セキュリティ対策などの成熟度が求められます。 ますます複雑化する ITインフラに対して、どうすれば成熟度を高めることができるのか? 欧米の大手組織では、その鍵は「全ての IT資産のコントロールである」として取り組みが進んでいます。 本シリーズでは、「IT資産運用プロセス」という組織全体で取り組むべき業務プロセスの設計やガバナンスの獲得により、「IT環境の全体最適化」を最終ゴールとして解説していきます。

第41回:ライセンス契約で発生する億単位の無駄なコストの原因は「無知」?!
~「包括」、「無制限」、「PaaS」契約のリスクと対策~

目次
このような甘言に騙されてはいけない
ライセンス契約は、
「ソフトウェアメーカのライセンスの売上を増やす仕組みか?」あるいは、
「ユーザーの利用拡大を容易にし、ユーザーにおけるコストを抑制できる仕組みか?」。

明けましておめでとうございます。2023年は卯年。うさぎは飛び跳ねることから、「飛躍」や、大きく「成長」する年だといわれているそうです。
突然ですが、兎にちなんだことわざを使って2023年のIT資産管理/SAM/ベンダーマネジメントの取り組みについて一言。
昔からIT資産管理の取り組みは「兎の糞」(長続きしないこと。物事が切れてしまい、思うようにはかどらないこと。)と言われています。大きな原因は、経営者が「兎の昼寝」(亀を馬鹿にして昼寝をしたため競争に負けた童話から、油断をして思わぬ失敗をまねくこと。)がごとくIT資産管理ぐらいできるだろう、と高をくくって担当者任せにしていることです。ところが契約にはその複雑性から思わぬ落とし穴がたくさん存在するため、専門性や組織横断的、体系的な取り組みが求められます。最新のライセンス契約における使用許諾条件の変化や交渉すべきポイントなどの情報を仕入れる「兎の耳」(人の知らない事件や噂などをよく聞きだしてくること。)無くして、自社に優位性をもたらす契約を獲得し、維持することは難しいのです。
2023年は、必要な体制を構築し、組織横断的なプロセスを再設計し、不可欠なケイパビリティを獲得し、自社にとって優位性のある契約条件を交渉によって獲得できるような取り組みができるよう、また、それを活かして「兎の登り坂」(兎は前足が短くて坂を上るのが巧みであることから、地の利を得て得意の力を発揮すること。)よろしくベンダーと対等に、ビジネスニーズに基づいた適正なコストで、より持続性の高いWin-Win の関係を構築し、自社のデジタルビジネスを推進し、「脱兎のごとく」不透明な世界経済情勢を駆け抜けて成長して欲しいと願っています。
さて今回は、相変わらずご相談が多いライセンス契約における多額の無駄なコストについて解説します。

 

このような甘言に騙されてはいけない

「包括契約は保険です」- 保険にはなりませんし、保険は無駄なコストを大きく含みます。
「無制限ライセンスですから安心です」- 何が無制限ですか?使用許諾は多数の制限条件で構成されています。
「PaaS ですからお客様は自社のアプリケーションだけ考えていただければ大丈夫です」-ミドルウェアの責任は誰が?

なぜ無駄なコストが発生するのか?- 不要な製品(シェルフウェア)の蓄積。
そもそも無駄なコストを支払っているか否かを把握できているか?-交渉不足による追加ライセンス料の発生。
適正な価格を理解しているか?-競合製品の研究不足、継続的サービス改善不足、交渉能力不足。

これらは難しい課題ですが、解決不可能な課題ではありません。必要なのは、VMO(Vendor Management Office)によるガバナンス コントロールです。ライセンス契約に関しては、いくつかの注意すべきポイントがありますが、特に重要な3つのポイントを以下に列挙します。
① ビジネスニーズに基づいたライセンス使用許諾条件の交渉と獲得
・初回契約交渉の際に網羅的にビジネスニーズを把握し、使用許諾条件に含まないと、後に大きなコスト発生の原因となる(例:使用国、使用組織の定義など)
・ビジネスニーズの変遷を把握し、継続的サービス改善の管理を契約条件に対しても実施しないと、現状把握ができず、コンプライアンス違反を招き、多大な追徴金によりライセンス料が増大する
(例:システム更改などで利用者の変化や連携システムの変化が契約に反映されていないと多大なライセンス料増加の原因となるコンプライアンス違反の状態ができる)
② ライセンス契約の使用許諾条件、テクノロジー領域とビジネス領域のコントロール
・テクノロジー許諾条件は誰が理解している?それを誰が管理する?それを誰が報告する?
(例:運用現場;運用パートナーまかせにしても契約の使用許諾条件の理解共有がされていない状態では管理は不可能)
・ビジネス許諾条件は誰が理解している?それを誰が管理する?それを誰が報告する?
(例:ビジネスメトリックが使用許諾条件で設定されている場合、その理解共有と管理プロセス、報告プロセスが確立されていないとコンプライアンス違反が発生する)
③ 責任の所在の明確化
・誰が当該ビジネス契約(ライセンス契約はビジネス契約です)の責任者であるのか?誰がビジネスコンプライアンス違反(ライセンス違反はビジネスコンプライアンス違反です)の責任を取るのか?
・誰がビジネスニーズに基づいた契約交渉の責任を取るのか?
・誰が契約の使用許諾条件を理解し、管理設計の責任を負うのか?
・誰がコンプライアンスおよびビジネスニーズの変遷に基づいた契約改善の取り組みの管理責任を負うのか?

多くの組織、特にグローバル大手で組織が大きく、複雑になればなるほどに、ライセンス契約は複雑化し、その運用環境は複雑化する。それに起因して、責任の所在は複雑化の中で混沌とする。結果として、誰も責任をとれない状態となる。しかし、大手ITベンダーにとって、ユーザーにおけるそのような状態は好ましい状態であると受け取られていても不思議ではない。なぜならば、サービスモデルへの移行を考えると、「ユーザーは無知であればよい」、さらに「ベンダーへの依存度が高いほど、囲い込みやすい」からだ。つまり、大手ITベンダーが、そのような状態にあるユーザーに改善の手を差し伸べる理由がないという現状が見えてくる。大手ITベンダーに限らず、サービスベンダーにとっては、「まるっと巻き取れる」と狙われる対象になってもいたしかたない。だからこそ、ユーザー組織においてガバナンス コントロールを自主的に獲得し、ベンダーにコントロールを奪われることなく、ベンダーをコントロールする能力(ケイパビリティ)が求められるのだ。

 

ライセンス契約は、
「ソフトウェアメーカのライセンスの売上を増やす仕組みか?」あるいは、
「ユーザーの利用拡大を容易にし、ユーザーにおけるコストを抑制できる仕組みか?」

残念ながら、前者と言わざるを得ない。しかし、もちろん利益追求型の企業組織としては、それは至極あたりまえであり、当然である。慈善事業ではないのだから、様々な方法で自社利益を追求することが組織の目的なのだから。
そうだとすると、ユーザー組織は、当然、自社利益を追求するために自社の交渉能力を向上させ、ライセンス契約の交渉において自社利益を追求しなければならない。ソフトウェアのメーカは事業の存亡をかけて戦略的に売り上げ向上のための策を繰り出してくる。それに対して、ユーザー組織は、適切な対価を支払いながらも、無駄なコストは自社のコントロール能力を用いて排除しなければならない。そして、こればかりは、誰かに「まるっと委託」することはできないのだ。
自組織で獲得すべきコントロールのケイパビリティと、不足するケイパビリティを識別し、ハイブリッド型でガバナンスコントロールを獲得する。それが現在の世界市場においては実現可能性が最も高いといわれるアプローチであり、その実現を支援するサービスなども増えている。
2023年は、是非、そのような取り組みがますます増えることを願っています。

日本ベンダーマネジメント協会では、ベンダーマネージャ育成や、新時代に求められるVMOの定義を可能とする「ソフトウェアライセンス契約管理講習:SLAM(Software License Agreement Management)」(https://www.vmaj.or.jp/archives/member)(Oracleライセンス契約管理オプションあり)を、 VMOやSLO管理ツールの運用アウトソーシングのためのRFP策定の定義の教育などを講習としても提供していますので、ご利用ください。

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筆者紹介

武内 烈(たけうち たけし)
1964年生まれ。
一般社団法人
日本ベンダーマネジメント協会
代表理事
ITIL Expert、IAITAM認定講師

IT業界では主に外資系ソフトウェアメーカにおいて約25年間の経験を持つ。
技術的な専門分野は、ネットワークオペレーティングシステム、ハードウェアダイアグノスティック システム、ITマネジメントと幅広い。大手外資系IT企業ではプロダクトマーケティングスペシャリストとして、ITマネジメントの分野で、エンタープライズJavaサーバー(WebLogic、WebSphere)、SAP、Oracle、ESB(Enterprise Service Bus)などからWeb Serviceテクノロジーまでの管理製品を手掛ける。
IT 資産ライフサイクル管理プロセス実装のためのAMDB・CMDB 製品開発プロジェクト、データセンターのCMDB およびワークフローの実装プロジェクト、IT資産管理(クライアント環境) MSP のサービスプロセスの開発・実装プロジェクト(CMS/サービスデスクを含む)、ライセンス管理のためのSAMプロセスおよび自動化テクノロジー (CMS/サービスデスク)の設計・実装プロジェクトなど多数のプロジェクト経験を持つ。
IT資産管理のポリシー、プロセスを、どのように自動化テクノロジーに結び、ITサービス管理戦略やロードマップとの整合性を取りながらIT資産管理プログラムを実行性の高いものにしていくのかのコンサルティングを得意とし、大手組織におけるIT資産管理プロセスとサービス管理プロセスの統合プロセス設計、自動化設計、実装プロジェクト、IT資産管理プログラムの運用教育の実績多数。

 

【ホームページ】
一般社団法人
日本ベンダーマネジメント協会
www.vmaj.or.jp/
【情報】
Twitter( @VMA_Japan)


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