ニューノーマルで悩む管理者の夜

第参拾四夜 SESで悩む管理者の夜

概要

変化を体言するキーワードが、「ニューノーマル」。珍常態を、システム管理者目線でゆるーく語っ ていこうと思います。

目次
「SESをしたくない」な学生たち
SESって何? SESの定義
勘違いしているSES 
退職できるか、できないか
偽装請負という問題
あるあるグレーゾーン
SESの正確な情報を得ることが大事

「SESをしたくない」な学生たち

2023年の某月、4月に入社を控えている学生たち。「なんで大企業なのにSESなんだ」「SESをやるなんて騙された」などと騒いています。ネットでもSESの酷さを訴えるエンジニアの話とSESは素晴らしいを喧伝する企業(や、その配下)の話が混在し、カオスと化しています。SESって何?やっぱり沼(*1)なの? などなどいろいろな点から語っていきます。

 

SESって何? SESの定義

SESとはSystem Engineering Serviceの頭文字を取ったものです。そして、よく請負/受託と対比されています。さらに、派遣と混同されることも多いですし、実質「派遣」と同じことをしていることも多いです。

まず、契約の観点から見ますと、SES契約は納品物が成果物ではなく、エンジニアの時間に対して支払がされるという点が特徴です。

契約名 納めるもの
SES契約 エンジニアの作業自体が成果物
受託(請負契約) 成果物(システム、プログラム、設計書)を納品  瑕疵担保責任(*3)あり

<図表34-1 SES契約と請負契約>

日本ではあまりありませんが、海外では「Time and materials(T&M)」契約(*2)という契約があり、作業者の時間単金のみ設定して実績支払をするものもあります。「コストが青天井」じゃんという声があがりそうですが、しっかり上限を設定しての契約とすることが普通です。

「派遣」契約と「SES」との違いですが、単純に指揮命令系統が委託先(派遣先)にあるのが「派遣」であり、所属している会社(派遣元)にあるのが「SES」です。とはいっても、実態的には「SES」でも仕事先の指示に従いますよね。例外というか、本当の「SES」は、契約だけは「SESという時間での支払契約」だが、仕事自体は「請負」的なエンジニアリングの場合があります。この場合は、しっかりと仕事の計画・実施・コントロールを所属先(つまりベンダー)が行います。だって、契約だけがSESなだけなんですから。でも、大多数の「SES」は、「派遣」的であり、「SESエンジニア」は「派遣エンジニア」と言われる実情があります。

 

勘違いしているSES

ここで、SESについてよく聞く噂/都市伝説をいくつか説明したいと思います。

「SESは客先常駐」
違います。SESと客先常駐、つまりどこで働くかはリンクしません。ただし、「客に使われる仕事」の場合は、当然客の近く、客先での仕事になる可能性が高いです。また、「作業量がわからないためSES」というケースの場合は、そもそもエンジニアリングのスキルのみ必要で、細かい作業内容はケースバイケースということもあり、客の近くで適時仕事をしなくてはいけない場合もあります。また、請負でも客先常駐のケースは多々あります。

「SESは給料が安い」
違います。給料とSES契約はリンクしません。そもそも給料は会社から個人に支払われるものであり、SES契約はその会社が会社の顧客と契約をするものです。もし、給料が安いとしたら、それはエンジニアの個人の問題か、エンジニアの所属している会社の問題です。雇用契約をしっかり見直しましょう。SESの時間分だけの給料という雇用契約だった場合、エンジニアがそのような契約を結んでいるのがまずいのです。そもそも働いた時間分だけの支払いって、派遣と一緒じゃない?


<図表34-2 契約の図>

「SESの反対はSIer」
全く違います。SESは契約であり、SIerは会社。では、SES企業、つまりSESをメインに行う会社とSIer企業が反対なのか、というとそれも異なります。SIerでも客とSES契約を締結することは多いです。前段「SESって何?」で、「派遣」と「SES」の違いを説明しましたが、しっかり自社で仕事(案件)をコントロールするのがSIerでのSESであり、エンジニアの作業量での管理をするのがSES企業のSESになります。

「SESはスキルがある(のびる)」
違います。SESは基本、エンジニアの既存スキルでできる仕事を行います。そもそも「エンジニアの作業時間での支払い」ですから、スキルとはリンクしませんし、関係はありません。スキルや技術を伸ばすのは、エンジニアの自己責任(自己啓発)か、もしくはSESとは関係のない会社の方針(会社の施策)になります。「多種多様な仕事ができるから、スキルが身に付く」という話もありますが、全部中途半端になる可能性もあります。また、「同じ仕事にアサインされるため、スキルが身に付く」という話もありますが、同じ仕事をずっとしていて、スキルって身に付くのでしょうか?スキルというよりオペレーショナルな作業を習得しそうです。 スキルは、まさにエンジニアそれぞれ個人の問題であり、課題です。

「SES(派遣)は仕事を選べる」
勘違いです。実態は、複数の仕事や案件が、企業(所属する会社)に持ち込まれます。その数は莫大でしょう。そして、その仕事(案件)を選べるのはエンジニアではなく、所属している会社が案件に応じたエンジニアを選びます。エンジニアには「これこれの仕事」がありまうよ、との連絡はありますが、確定するのは会社(その案件を取ってきた営業とかエージェント)です。さらに、委託先(派遣先)での仕事ぶりが悪いと、派遣先/委託先などから「チェンジ」されます。まぁ、「チェンジ」は委託先と委託元の力関係などにも依ることが多いのですが(*4)。
「SES(派遣)は仕事を選べる」の正確な言い回しは「SES(派遣)は仕事の申込をたくさんできる(が、実際に働けるかどうかは運とエージェント/営業/上司次第)」。運というのは、申込をする人数が思ったよりも多いからです。

 

退職できるか、できないか

SESは会社と顧客企業との契約であり、エンジニアは会社との雇用契約を結んでいるだけです。常駐先/仕事先に基本的に退職を説明する必要はありません。しかし、SESの退職トラブルが多いのも事実です。


<図表34-3 退職願>

対会社:「いきなり辞めるって言われても、今の仕事の契約はあと半年残っているんだ!」という残契約の問題
対客先:「いきなり辞めるって言われても、あなたの会社からは君が常駐するというから契約しているんだ」という客と会社の都合の問題

という2つの問題があるのですが、後半は顧客と所属会社(辞める予定の会社)の問題であり、顧客(客先)に迷惑をかけたくない場合は、辞めなければ良いだけです。前者は、それこそ所属会社自身の問題であり、まったく関係ありません。
民法では、「2週間前に会社へ伝えれば退職できる」と決められてますのですが、慣例などを考えますと1ヶ月前に連絡するのがスジかもしれません。また、退職希望の連絡先は所属している会社で大丈夫です。顧客企業への連絡は、当然所属先の担当者/上司のお仕事です。
さらに、かなり蛇足ですが「派遣法第40条の9第1項」により、離職後1年以内の労働者を元の勤務先企業が派遣労働者として受け入れることは禁止されています。つまり、いったん退職したら、1年間はその会社へ(派遣での)仕事ができなくなります。事業所ではなく、派遣先企業なので、たくさん支店がある大企業ですと本社に勤めていた人が退職後、派遣で支店に送られる行為はNGになります。派遣でなければ、つまり直接雇用であれば問題はありません。

 

偽装請負という問題

SESといえば、よくある問題が「偽装請負」という問題。偽装請負とは、契約上は請負契約や準委任契約を結んでいるが、実態は労働者派遣的な事態が発生していることをいいます。特に、指揮命令系ですね。さらに言いますと、請負の場合はエンジニアの労務は請負業者に対して行いますから、派遣先とは全く関係はありません。

厚生労働省によりますと、偽装請負は以下のパターンがあります。

名称 内容
代表型 発注者が業務の細かい指示を労働者に出したり、出退勤・勤務時間の管理を行う。偽装請負によく見られるパターン。
形式だけ責任者型 現場には形式的に責任者を置いている。その責任者は、発注者の指示を個々の労働者に伝えるだけのパターン。
使用者不明型 業者Aが業者Bに仕事を発注し、Bは別の業者Cに請けた仕事をそのまま出す。Cに雇用されている労働者がAの現場に行って、AやBの指示によって仕事をする。一体誰に雇われているのかよく分からないというパターン。(二次請/三次請)。
一人請負型 発注者と受託者の関係を請負契約と偽装した上、更に受託者と労働者の雇用契約も個人事業主という。請負契約で偽装し、実態としては、発注者の指示を受けて働いているというパターン。

< 図表34-4 偽装請負のパターン>

【参考】厚生労働省 東京労働局HP
(https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudousha_haken/001.html)

「一人請負型」なんて、典型的なフリーエンジニアの仕事だし、「使用者不明型」も多重請負開発の現場そのものですね。

以下に、お役所(厚生労働省)による、請負と派遣の関係疑義、その応答集があります。「アジャイルではどうなんだ?」とか「請負業者の管理ってどこまで?」とかいろいろなケースについての判断基準が書かれています。いろいろと参考になります。

 【参考】厚生労働省 労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)関係疑義応答集
 (https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/gigi_outou01.html

 

あるあるグレーゾーン

客「あ、このエクセルでのデータ整理ですけど、プログラミングとは関係ないんですがお任せできますか」
SESエンジニア「よろこんで!」

居酒屋かよ。よくあるパターンなのですが、SESのルールでは指揮命令は自社なので客からの指示はNGです。ただ、簡単な作業くらいは受けないと仕事は終わっちゃいますよね。日常会話はOKらしいのですが。

客「あ、このエクセルでのデータ整理ですけど、プログラミングとは関係ないんですがお任せできますか」
SESエンジニア「よろこんで!」
しばらくして
客「あれ、まだ終わらないんですか。その資料、明日の会議で使うんですよ」
SESエンジニア「すみません。なんとかします。あと1時間くらい」
さらにしばらくして
客「いやいや、この集計イメージと違いますよ。この軸ではなくて、こっちの数字で集計するのは常識でしょ」
SESエンジニア「すみません、修正します」

はい。勝手に受けた仕事で、さらにトラブル。泥沼です。

SESエンジニア「定時なので、上がります」
客「お疲れ様。アノ仕事は終わった?」
SESエンジニア「すみません。まだ完了していません。明日までには」
客「オレ、明日休みなんですよ。今日中に完了して渡してくれますか」

これもありすぎるパターン。客の都合で残業強制。客の都合で休憩時間に仕事。SESなので時間=お金なので問題ないかもしれませんが、自己責任での残業(自分の仕事のミスや生産性の悪さ起因の残業)は支払われないということを主張する悪徳業者もかなりいますので、要注意です。

X社エージェント「Aさん、来週からZ社での仕事をお願いします」
SESエンジニア「Z社での仕事の詳細について教えてください」
エージェント「Z社で聞いてください。担当者はBさんです」
Z社の正門前にて
Y社Bさん「あ、Aさん。初めまして。私、Y社のBといいます。今週から、当社のエンジニアとしてZ社で働いてもらいます。Z社のPさんの指示に従ってくださいね。では行きましょう」(以下略)

うん、少し露骨なシチュエーションになりましたが、よくある二重派遣(*5)でしょうか。玄関前で待ち合わせってところがリアルすぎて嫌ですが。

 

SESの正確な情報を得ることが大事

ここまで、「SES」について語ってきましたが、要するに「SES」は契約形態であり、ネットで勘違いされている「SES」は「SES」っぽい「派遣」だったり、「SES」メインの企業に所属するエンジニア(略してSESエンジニア?)の待遇の話だったり、いろいろあるわけです。エンジニアたるもの、正確で最新の情報をしっかり把握しておきたいものです。
また、SESだろうと派遣だろうと請負だろうと、違いは契約だけです。末端エンジニアにとっては、やる仕事はあまり変わりません。SESだからレベルが低いとか請負だからレベルアップとかそういうものではありません。
では良き眠りを(合掌)。

「深く眠っていても魂は働いており、世界の役に立っている」by ヘラクレイトス

 

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*1 「沼」とは、湿地の一種。また、ネット用語であるコンテンツや趣味にずぶずぶはまること。抜け出しずらい状況。

*2 Time and materials(T&M)、工数単価方式、人月単価方式は、建設、製品開発などの作業の契約で一般的に使われている方式で、雇用主は、請負業者または下請け業者の従業員の作業時間に基づいて請負業者に料金を支払う形態。タイム・アンド・マテリアルは、一般に、プロジェクトサイズを正確に見積もることができないプロジェクト、またはプロジェクトの要件が変更される可能性が高い場合に使用される(Wikiから)

*3 瑕疵担保責任は、2020年4月以降に施行された改正民法で「契約不適合責任」に変わりました。

*4 「チェンジ」したくても、次に来るエンジニアがもっと酷い可能性があることを考えると「チェンジ」できない、というジレンマもあります。そういう場合は、その派遣元会社自体をチェンジしたほうが良いのですが、チェンジ後の新しい派遣元会社がもっと酷かったら、さらに最悪。これをベンダーチェンジのジレンマと言います(ウソ)。

*5 二重派遣とは、派遣先が新たに労働者の供給元となって別の企業に労働者を派遣する行為。

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筆者紹介

司馬紅太郎(しば こうたろう)
大手IT会社に所属するPM兼SE兼何でも屋。趣味で執筆も行う。
代表作は「空想プロジェクトマネジメント読本」(技術評論社、2005年)、「ニッポンエンジニア転職図鑑』(幻冬舎メディアコンサルティング、2009年)など。2019年発売した「IT業界の病理学」(技術評論社)は2019年11月にAmazonでカテゴリー別ランキング3部門1位、総合150位まで獲得した迷書。

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