ニューノーマルで悩む管理者の夜

第弐拾四夜 バス置き去り事件で悩む管理者の夜

概要

変化を体言するキーワードが、「ニューノーマル」。珍常態を、システム管理者目線でゆるーく語っ ていこうと思います。

目次
静岡県での真夏の悪夢
昨年(2021年)にも発生していたバス車内放置事件
侃々諤々(*2)な記者会見
乗車時の点検と降車時の点検
忘れ物の注意は大人の身だしなみ
アプリの導入だけではIT化/デジタル化できない
経過チェックとインシデント対応
謝罪会見での不手際
謝罪マネジメントが必要な時代

静岡県での真夏の悪夢

今回も時事ネタ(*1)になってしまいます。いつも通り他のネタを書いている途中での変更です。今回はバス置き去り事件。そう、静岡県牧之原市の認定こども園で、3歳の園児が送迎バスに置き去りにされ死亡した事案です。認定こども園「川崎幼稚園」での事案ですが、場所を明確に書かないと神奈川県川崎市の幼稚園と間違えます。今回も、単に事件を見るのではなく、IT業界的な斬り方/観点でのコラムにしたいと思います。

昨年(2021年)にも発生していたバス車内放置事件

2022年の9月に発生したバス置き去り事件。実は、2021年にも同様な事件が発生していたことを覚えていますでしょうか。2021年7月に福岡県中間市の双葉保育園で発生した事案です。園長がバスから園児全員を降ろしたか確認せずに、降車してドアに施錠。さらに、出欠確認のカードも回収せず、などの管理不十分で捜査された事案です。

【参考】文春オンライン:元園長ら起訴〉福岡5歳児バス置き去り死“20人の園児閉じ込め発覚”に保護者が激怒した園長の言い分
https://bunshun.jp/articles/-/53292

さらに遡ると、2017年9月にはさいたま市の私立幼稚園で5時間車内置き去り事件がありました。問題化する前に発見されて騒ぎになっていないものも含めると、各地で頻発しているケースといえるでしょう。

侃々諤々(*2)な記者会見

さて、本題の事案に戻ります。川崎幼稚園が行った9月7日午後3時の会見では事故に至った原因について、以下の4つのミスがあったことを、理事長兼園長が説明しています。

① バス下車時に乗車名簿と下車する子どもをチェックしていない。
② 園児がバスに取り残されていないかチェックしていない。
③ (園にいる)クラス補助が登園情報を確認できていなかった
④ 登園するはずの園児がいなかったにも関わらず、保護者に問い合わせしていない。


<図表24-1 4つのミス 某ワイドショー画面から>

ツッコミどころ満載なミスなのですが、このミスをベースに以下、話を進めます。

乗車時の点検と降車時の点検

まず、今回の問題のポイントとしてよく挙がるのは、「なぜ降車時に気づかなかったのか?」です。図表24-1や上述の①にもありますが、乗車時にチェックして、降車時にチェックしない、惰性でチェックリスト(この場合はアプリ)にチェック、などのオペレーションが問題です。
これは、IT業界のシステム開発でいいますと、「納品のチェックはするが、出荷のチェック(*3)はしない」です。開発下請け会社からの納品物のチェック、例えばソースの一覧や現物、その品質を確認するテスト結果の報告、さらには自分たちでの試験などは実施します。しかし、そのソース/システムを実際にユーザーの提供、サービス開始する際に、再度「確実に動くかどうか」「商用として満足できるものか」などの観点で再度チェックが必要です。

忘れ物の注意は大人の身だしなみ

②の「バスに誰もいなかったかどうか」のチェックもよくありますね。有名なマンガでもネタとされていましたが、手術室で手術完了後にメスが足りなかったり(*4)、プラモデルを組み立てていて最後に部品が余ったりなど。設計書通りに作っていても、なんか余ったり足りなくなったりするケースは、頻繁にあります。旅行に行って、アクセサリーを忘れたり、なんてよくあることです。最後に「忘れ物がないか」をチェックすることは忘れっぽい種族人間として当たり前のことです。

アプリの導入だけではIT化/デジタル化できない

この事案の報道で出てきた登園時の登録アプリ、かなり気になっています。今回は、乗るときには補助の職員が個別に園児のチェックを行い、降りるときのチェックは行わず、登園したときにiPadのアプリを使って出席を管理。そして、乗車したときの名簿をもとに6人分を登録。
静岡県こども未来課のヒアリング曰く「乗車に関して、紙ベースで名簿確認をしている。それをもとに、アプリについては、乗務員がまとめて園児6人分の入力をしたと聞いている」らしいです。やってはいけないパターンですが、よくあるパターンです。チェックリストを一個一個チェックするのではなく、まとめて最後にチェックを書いてしまうパターンです。出欠確認で、個々に点呼せずいきなり「全員出席」してしまうパターンです。
紙からアプリへのデジタルランスフォーメーション(DX)(*5)しても、オペレーション自体がコレだと全く意味がありません。紙かiPadかの問題ではなく、人の問題です。せっかく導入したiPadアプリが泣いています。
さらに、川崎幼稚園ではバスで登園する園児は園側、保護者が送り迎えする園児は保護者が、登園・降園を入力するルールとしています。しかし、あるとき保護者が迎えに行くと、すでに「降園」となっていた事例がありました。「バスで帰ると思い事前にまとめて降園に入力した」と園が説明。まったく意味がないです。どんな素晴らしいシステムも、使われ方がゴミだと、産業廃棄物以下になってしまいます。かといって、顔認証を付けたり、GPSなんかと連動したりしたら、コストオーバー。難しいところです。安い非接触型カードなどと、バス/校舎に配置する認証装置などと連動させるのも手だと思いますが、どうなんでしょうか。
最近ではバスに監視カメラを装備するケースが多くなっています。また、三洋貿易では、乗用車用とバス用の「子ども置き去り検知センサー」を日本市場に導入することを2022年6月に発表しています。ルクセンブルクのIEE社製です。今回の事案を契機に、問い合わせが殺到しています。
【参考】自動車内装材を取扱う複合型専門商社の三洋貿易、子どもの熱中症事故防止のため置き去り検知センサーを日本市場に導入
https://www.sanyo-trading.co.jp/uploads/sensor_pr2.pdf

さらに、埼玉県越川市の認定こども園に勤めるソニーの元エンジニア男性が、バス置き去り対策のシステムを自作したニュースもあります。こちらは、バス後部に設置した「MESHボタン」(*6)のON/OFFと職員室に設置した電球を連動させる仕組み(想定される経路: MESHボタン- MESHアプリ- IFTTT- (職員室内の)Switchbotプラグ(*7)-電球)になります。でも、ON/OFFをするのは運転手(ヒューマンオペレーション)なので何も考えずにボタンをポチっとすると意味ないですが。でも安価で簡単です。応用もできます。
【参考】元ソニーエンジニアが自作した「バス置き去り防止装置」こども園に導入、その思いとは?
(https://www.buzzfeed.com/jp/keitaaimoto/arakawa-kodomoen?utm_source=headtopics&utm_medium=news&utm_campaign=2022-09-20)

経過チェックとインシデント対応

③④は、バス降車後の対応の話になります。園児たちの状況確認の不足、及びインシデント発生時の問い合わせ対応の不足です。そもそも、定期的に登園した園児の人数チェックや体調チェックをしないのでしょうか。図表24-2に、該当幼稚園での日々のイベントを記載しましたが、朝の会、昼食時などで人数確認が可能な気もします。
これもシステム導入後の初日の経過監視、一カ月の監視、日々のアラーム監視などと同じです。問題の発生をチェックするというより、「問題が発生していないことを複数の観点からチェックする」ことが大事です。さらに、④のインシデント発生時のオペレーション、緊急連絡体制の不備も重要です。今回は、そもそも「人数が足りない。おかしい」と気づいていなかったので、ミスといいきれないのですが、問題発生時に問い合わせるルート/プロセスが明確に決められていないのは、かなりまずいことです。

<図表24-2 幼稚園での日々のイベント>

謝罪会見での不手際

そして、謝罪会見。その前に呼吸困難者が続出した謎の保護者説明会(*8)もありました。しかし「人手が足りない」と言い訳したり、最後に「廃園になるかもしれないね」とつぶやいた記者会見(*9)などを見ると、謝罪会見/記者会見のルールというかプロセスが未成熟なんだな、と感じます。
近々でいえば、au通信障害の会見(*10)はIT屋さん的には、理路整然として聞きやすかったと思います。どうでしょう。ただ謝るだけでなく、原因とその対策、課題、いつまでに何をやらないといけないのか、などをしっかり説明すべきでしょう。また、人身事故、死亡事故の場合は関係者も殺気立っていますので、土下座は必須かもしれません。


<図表24-3 関東土下座組組長の土下座 「笑う犬の生活」(*11)から>

謝罪マネジメントが必要な時代

今回も時事ネタ/事件ネタになってしまいました。単なるワイドショー的なコラムでは意味ないので、IT業界での類似パターンやITでの解決もとりまぜてみました。
今回のコラムの結論は2点。「ヒューマンミスはITでは救えない」。どんな素晴らしいIT機器やシステムも、アホな使われ方をされればまったく役に立ちません。次に「謝罪はしっかりと考えましょう」。システムトラブル時には、システム復旧だけでなく、顧客対応、エンドユーザー対応、マスコミ対応も必要です。単にシステムを直せばいい、では済みません。しっかり謝罪、説明、課題に対する対処期限を決めることが大事です。まさに、それらを包含した謝罪マネジメントが必要な時代となっています。
では良き眠りを(合掌)。

「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね」by 本間丈太郎(ブラック・ジャック「ときには真珠のように」から)

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*1 2022年3月に「第拾八夜 ロシアのウクライナ侵攻で悩む管理者の夜」、2022年7月に「第弐拾ニ夜 au通信障害で悩む管理者の夜」、そして前月8月は「第弐拾三夜 ワンオペで悩む管理者の夜」でした。

*2 侃々諤々(かんかんがくがく)は、多くの人が集まってうるさく議論するという意味。

*3 出荷チェックは、物流業界などで、倉庫からピッキングして梱包する前に商品をチェックする作業のこと。注文書などと比較し、数量やサイズが間違っていないかを確認する。ソフト開発でも最終的な品質チェックのことを出荷前チェックなどということが多いです。

*4 「ブラック・ジャック」のエピソード「ときには真珠のように」。手術中に病人(ブラックジャックこと間黒男)の体内に置き忘れたメスを、体内のカルシウムが包んで内臓を守っていた。初出:少年チャンピオン1974年7月1日号。

*5 DXについては、「第五夜 DXレポートで悩む管理者の夜」で語っております。DX=レガシーシステムの置き換えではないし、iPadアプリ導入でもないんですよね。

*6 ソニーのMESHボタン。「誰でも発明家になれる」をキャッチコピーにするスマートDIYキット「MESH」の1つ。「MESH」は消しゴムサイズのブロック「電子タグ(=MESHタグ)」と、MESHタグの挙動を決定するiPad用アプリ「MESHキャンバス」を組み合わせて、「ハードウェアをハッキング」できるアイテム。MESHタグは動きを検出する「Move」、ボタンを備えた「Button」、さまざまな色に光る「LED」など。MESHタグの間はBluetoothで接続される。

*7 Switchbotプラグは、スイッチとボタンを機械的に制御するIoTロボット。スマホからの遠隔操作で、壁スイッチや家電のスイッチを物理的に押下、様々な設備をネットを通じて操作することができる小型の高性能ロボット。基本、工事不要ですし、安価です。

*8 謝罪会見と同日の9月7日10時に保護者を集めて開かれた説明会。その中では、呼吸困難になる人が相次ぎ、保護者と職員合わせて13人が救急車で搬送される事態となりました。

*9 事件発生から2日後に開かれた謝罪会見。その時の理事長兼園長(兼バスを運転していた当事者)の無責任発言の酷さに、上級国民の飯塚被告(2019年東池袋自動車暴走事故で「車に異常があった」とコメント)との類似性を挙げる人も多い。

*10 au通信障害については、「第弐拾ニ夜 au通信障害で悩む管理者の夜」で語りました。

*11 「笑う犬の生活」(放送1998年~) に放送されていたコント番組。小須田部長、トシとサチ、関東土下座組、ミル姉さんなどの名作コントがあります。出演者は内村光良、ネプチューン、女優の遠山景織子、オセロの中島知子。「笑う犬」シリーズとして~2000年代までシリーズ化しています。

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筆者紹介

司馬紅太郎(しば こうたろう)
大手IT会社に所属するPM兼SE兼何でも屋。趣味で執筆も行う。
代表作は「空想プロジェクトマネジメント読本」(技術評論社、2005年)、「ニッポンエンジニア転職図鑑』(幻冬舎メディアコンサルティング、2009年)など。2019年発売した「IT業界の病理学」(技術評論社)は2019年11月にAmazonでカテゴリー別ランキング3部門1位、総合150位まで獲得した迷書。

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