品川海外システム運用研究会

第14回 『IT資産』という言葉が消える日 ―設備投資と情報システム―

概要

海外のビジネス市場でどのようなITシステムがトレンドとなっては廃れていくのか

 近年のクラウド・コンピューティングに関する市場の盛り上がりは、システム構築の新手法、ビジネスモデルの変革といった観点ばかりが注視されているわけではない。企業経営者、特に企業の頭脳ともいえる情報システムをつかさどるCIOにおいては、「ITシステムにかかる経費をどのように管理するのか」という永遠の課題を解決するために、クラウド・コンピューティングというコンセプトでどのように貢献できるかという点に注目している。オフショア開発などのアウトソーシング・サービスの利用、SaaSなどのサービス提供型アプリケーションの普及、システムインフラの課金型サービス提供など、「サービス」視点での利用が増え続ける中、近年米国の経営者の中では、IT関連予算についての考え方に変化が見られることが、ある調査によって明らかにされてきた。

「設備投資」から「運用コスト」へと変わるITシステム関連予算

 企業のITシステムは従来自社の独自開発、もしくはベンダーより購入したシステムの自社構築により、自社の「資産」という形で保有するのが一般的であった。その資産は単にハードウェア、ネットワークインフラなどの「形」になるものにとどまらず、その企業におけるシステムの運用標準、ビジネスのワークフローなどの「無形」のノウハウとなるものも含めたものを含め、自社のビジネスの仕組みを作る価値ある「IT資産」という見方がされてきた。ゆえに企業のITシステム部門は企業のあらゆるデータを管理し、業務の流れを定型化するなどの重要な役割を果たす「ITセンター」として企業活動の下支えをする立場であり、システム運用部門に従事するスタッフも時には厳しい業務に直面しながらも、その立場に共感し価値を見出し、誇りとしている人も多い。

 しかしInformationweek誌が201010月に企業のCIOクラスを対象に実施した、2011年度のIT関連予算に関する市場調査によると、企業側の考え方に変化が見られることに気づく。非常に特徴的なのは、IT関係予算は「設備投資(Capital Expense)」よりも「運用コスト(Operational Expense)」として目を向ける傾向が強くなっていることである。回答者全体の45%に相当する422人からは「2011年はIT関係予算が増額する」という回答が得られているが、その増額する予算の使い道は「システム」への投資ではなく、「ITを使ったビジネス」への投資と捉えていることにある。ある企業経営者の回答における「社内に技術関係のプロジェクトというものは存在しないが、『技術的要素を伴うビジネスプロジェクト』は存在する」という声に代表されるように、ITシステムはシステムそのものに価値があるのではなく、ビジネスとより強く結び付かなければならない、つまり「IT センター(System Centric)」から「ビジネス・センター(Business Centirc)」という考え方が定着しているということである。

ITシステム部門は業務部門へ吸収される?

 同報告におけるITシステム関連業務のアウトソーシングに関する調査結果によると、「ITシステム運用に関するオペレーション業務のうち、アウトソーシング・サービスの委託が占める割合は全体の20%以下に過ぎない」と回答した企業は66%に上り、米国企業においても依然として自社のITシステム部門を中心にオペレーション業務を実行している企業は多い。しかしこの回答者の中においても「IT関係の支出はもっと透明にしたい」「サービスレベルを把握したい」「予算を計画性のあるものにしたい」という声は大きく、そのための対策としてアウトソーシングへの利用を現在検討しているという意見は依然として多い。「ITシステム関係の今後の投資先にアウトソーシング・サービスを利用する割合は50%以上である」という回答をした企業は27%に上り、引き続きこの傾向は伸び続けると考えられる。

 その向かう先として、クラウド・コンピューティングは最も望まれる形であるという声も多い。CIO達はその効果として、「IT関係のコスト管理をActivity-Based-Costing(従量課金)という明確で説明しやすい形にできること」、「システムの利用状況の把握が容易であることから予算管理がしやすいこと」、「サービスインを素早く行うことができることにより必要なタイミングで導入可能であること」、などを挙げているが、実は組織の構成上非常に重要な要素が一つある。「ITシステムの技術に精通しなくても管理できる」というポイントである。

 現在すでに一部の企業では、ITシステム部門において一括で管理していたシステム関係の予算管理を、一部業務部門に独自に持たせることを始めている。システム管理に長けている技術者をシステム部門として集中させるよりも、各業務の部門において必要なITシステム関係のサービスを部門単位に調達して独自に運用させる方が、部門ごとの予算管理、すなわち管理会計の視点においては理にかなっており、それを実現させるための条件がクラウド・コンピューティングのビジネスモデルには備わっているというものである。

最適な組織、最適な人材

 ERPのように企業経営の中枢を担うシステムの存在や、企業全体のガバナンスという点を考慮すれば、全てのITシステム管理の業務を上述のように各部門単位でまかせてしまうのは現実的ではないかもしれない。企業全体のシステム管理を担う部門は、形を変えながら引き続きある一定の役割を担うと考えられる。しかしこのような「ビジネス・センター」への考え方の動きは、企業活動における様々な面へ影響を及ぼすと考えられる。

 一番大きな影響を受けるのは人材のあり方かもしれない。ITシステム関係に従事する技術者が将来備えるべきスキルとして、「システム以外にも業務に関連する知識がますます必要となる」、ということは長らく指摘され続けた予測である。しかし業務に関連する部署でPCのみを操作してきたスタッフにおいてもシステム管理が可能であるほど、クラウドをベースとしたシステム管理のソリューションはわかりやすくなりつつある。つまり「業務がわかる技術者」と「システムがわかる社員」の役割はかなり近づいているのである。となると、高度な技術を要する技術者はセキュリティ関係などの企業の重要な役割を担う業務に集中し、業務運用に関してはシステム関係の技術者がかかわる分野ではなくなるのかもしれない。

 企業が利潤を追求し公正さを求める組織である限りは会計の考え方に大きな影響をうけることは免れない。この大きな波に対して、社員はその最適化の過程であおりを受けるだけではなく、変化に柔軟に対応して次の道を見つけだす、自ら最適解を導き出すときなのかもしれない。

 

参考:

The Morphing Budget (Informationweek 16 Dec 20. 2010)



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わが研究会の頼れるリーダ。
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大学・院と情報システムを専攻した生粋の技術者。
在学時と就職後に海外プレゼン経験あり。
研究会での的確なアドバイスはさすがとメンバをうならせる。
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アメリカ留学での語学を活かし、海外営業担当に。
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サポートから転部した新米マーケティング担当。
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