品川海外システム運用研究会

第3回 「エンタープライズ・モバイル」が動き出す時

概要

海外のビジネス市場でどのようなITシステムがトレンドとなっては廃れていくのか

第1回 コラムの「業務システムのクライアントはいつまでPCなのか」において、業務システムをデスクトップPCからモバイル端末に展開する動きがあることについて紹介した。業務運用を変えることとなるこの大きな波は決してメインストリームに入っているとは言いがたいが、ベンダー側をみると、少しずつ現れているその利点をもとに、いつでも提案できるように準備する姿が次第に現れはじめている模様だ。

目次
デバイスの改善、市場の回復で動き出すベンダー
「モバイル」の前に出現した「クラウド」
勝者の鍵はデバイス互換性か?

デバイスの改善、市場の回復で動き出すベンダー

 市場調査会社 Aberdeen Group 社がBI(Business Inteligence)ベンダーに対して行った2年前の調査によると、モバイル端末へのBIシステムの展開を始めていた企業はまだ17%でありながら、78%の企業においてもモバイル端末への展開に興味を持っているという回答が得られた。この当時よりベンダー側においてモバイルへの展開を視野に入れた動きはあったものの、大きな動きには結びつかなかったことについて、同社のアナリストであるDavid Hatchは「リーマンショックに直面したばかりの当時の状況では開発投資が進まず、またシステムを提供する魅力的なモバイル端末が存在しなかったことがその背景にある」と説明している。

 2年経過した2010年の調査では、モバイル端末へのBIツールの展開を始めた企業は23%と大きな伸びこそ無いが、次年度までに新たなモバイルサービス開始すると回答した企業が31%に上るなど、にわかにこの市場への投資が進み、活性化する兆しが見られている。この傾向を同氏は「近年相次いで発表されたApple社のiPhone、iPadや、Google社が開発環境を提供するAndroidなどの高機能なモバイル端末が、BI独自の複雑な機能の搭載や、ダッシュボードなどのグラフ表示に十分耐えうるようになったことが背景にある」と説明する。

 

「モバイル」の前に出現した「クラウド」

 これらベンダー側が取り組んでいるモバイルシステムは、単にモバイル端末上で操作できるシステムの提供を進めているわけではない。顧客企業からみれば、PC端末でのシステムの操作は従来どおり必要であり、また社内の別のシステムとの連携や、顧客側に必要とされる機能のカスタマイズを迫られるケースもある。要件はあくまでも従来の企業向けシステムにおける基本的な機能を満たしている中で、モバイル端末との連携性をその中の一部として提供することにある。この要件と、モバイル端末によるWeb接続が可能となったという技術的な進歩が重なり、最近「クラウドコンピューティング」を利用してモバイル端末へのシステム搭載を取り込んだソリューションが展開し始めている。

 例えば独SAP AGのパートナーであり、シリコンバレーのスタートアップ企業であるLeapfactor(2009年創業)では、9月にクラウド型のモバイル・アプリケーション・サービス「Leapfactor Mobile Enterprise Platform」を発表した。SAP のERPによる会計や顧客サポートなどの既存アプリケーションを簡単にモバイル環境で利用できるようになるこの製品は、1ユーザ当たり月額9.99ドルで提供され、Android、BlackBerry、iOSプラットフォームから業務アプリケーションを利用することが可能である。同社のモバイルインターフェースは無料で提供されており、例えばiPhone対応のアプリケーションはApple社のApp Storeから取得することが可能である。同社によると、既に累計3,000件以上がダウンロードされているという。

勝者の鍵はデバイス互換性か?

 モバイルの市場を狙うソフトウェアベンダーは、前述のとおりクラウドコンピューティングによるソリューション提供を指向しているため、比較的中小規模の企業でも参入しやすい環境が整いつつある。しかし大手ベンダーにおいては、従来型のシステム提供による市場拡大が目的ではなく、エンタープライズ・モバイルの世界で「プラットフォームビジネス」を確立させることが重要な課題であり、既にクラウド事業者として大きな存在を示しているGoogle、Amazon、Salesforceなどが、Microsoft、SAP、Oracleなどの企業向けシステムに大きな強みを持つ企業と如何に連携するかが、市場の将来を握っていると見られている。

 この同業者内の連携よりも大きな鍵となるのは、これまでの企業向けソフトウェア業界と重なることが多くなかった携帯端末事業者との連携である。現在顧客企業側が法人契約を結んでいる携帯端末が、同じ会社や組織の中でもバラバラであることも珍しくなく、そのような状況下で、Android、BlackBerry、iOS、Microsoft Windows Mobileの各プラットフォームに互換するソフトウェアの提供をするならば、システムを提供するベンダー側に大きな負担がかかり続けることは明白である。

 

 「パソコンを一人一台に」を合言葉に、PCが大量に導入され、企業の業務の文化が大きく変わりはじめた時代、デスクトップパソコンは最終的にMicrosoft社の Windowsに占有された。これに対しモバイル端末は既に新興国でも浸透しているため、米国基準を一律に世界展開する戦略を取ることは難しいと考えられる。それでも大規模なベンダーがせめぎあう現在、企業モバイルの世界でも覇権を握ったベンダーがそのプラットフォームを占有する時代が来るのであろうか?

 

参考:

Business
intelligence goes mobile
http://www.computerworld.com/s/article/9179090/Business_intelligence_goes_mobile?taxonomyId=9&pageNumber=1
SAP partner
launches cloud-based mobile app service
http://www.computerworld.com/s/article/9183898/SAP_partner_launches_cloud_based_mobile_app_service?taxonomyId=9

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・K谷リーダ
わが研究会の頼れるリーダ。
NYでの営業経験を持つ技術者。もうすぐ2歳になる息子にぞっこん。
・K玉
お客様のシステムを支えるサポート技術者。
スペイン留学時に学んだパエリア作りをメンバに教えてくれるなど、社内にスペインの風を運ぶ。
・U田
大学・院と情報システムを専攻した生粋の技術者。
在学時と就職後に海外プレゼン経験あり。
研究会での的確なアドバイスはさすがとメンバをうならせる。
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アメリカ留学での語学を活かし、海外営業担当に。
興味深い記事や面白いニュースを研究会に持ってきてくれる。
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・N村
サポートから転部した新米マーケティング担当。
小さい頃から観ていたSound Of Music のビデオのおかげで発音だけはいいが、英語の記事を読むのにいつも一苦労。

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