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第6回 理想はCIO出身社長の実現

概要

日本企業の売上高営業利益率は、一貫して低下し続けている。その原因はどこにあるのか。本連載ではそれをITとの関連で追跡する。「品質の良さは世界一ながら、肝心の利益が出ない」という悩みの根本は、バランスを欠いた経営手法にある。視野を広げ見る角度をかえれば、今まで見えなかったものが見えてくる。その点を強調したいと思う。

「土砂降り」状態の景況に直面した日本企業も、ようやく愁眉を開きつつある。一時、オーバーシュートした円相場は正常化して、企業マインドに明るさが加わってきた。だが、日本企業の今後を左右するIT戦略において、ほとんど改善の跡は見られない。依然、経営戦略としてのIT化への取組みは道半ばである。
 
日本企業の悩みは、「部分最適」に止まっている点である。製造業に例を取れば、開発部門、製造部門、営業部門が縦割り状態のままであり、これを統合する「全体最適」という認識へとなかなか脱皮できないで、足踏みをしている。言うまでもなく「部分最適」はセクト主義である。自部門の利害関係を優先する結果、他部門との連携がうまくとれないという問題にはまりこむ。こうした弊害は、すでに各方面から繰り返し指摘されながら、一向に改善されない理由はどこにあるのか。「IT革命」という認識が不十分な結果だ。
 
「全体最適」という概念は、グローバル経済下において地球規模で展開され始めている。これに最も成功した企業が「勝ち組」になることも、多国籍先進企業では常識になりつつある。こうした時代に、一企業の枠内で「部分最適」のセクト主義に陥っているのは、なんとしても社内資源の無駄に通じる話であり、「もったいない」の一語に尽きるのだ。
 
(表1)企業の部署横断的な最適化阻害要因(単位:%)
【出典】経済産業省『平成20年度情報処理実態調査結果報告』(平成21年6月)
 
(表1)は最新調査に基づく「部分最適」に止まっている日本企業の「本音」部分を抽出したものである。「全体最適」を阻害している理由のトップは「コストが高い」であり、61.5%にも達している。これはベンダーとの関係において、IT導入企業自体が問題を抱えている結果だ。IT導入企業には次のような3つのタイプが存在している。①全くITを理解していない「お任せ型」。②一応、理解はしている様子でも指摘するポイントが外れた「ピンぼけ型」。③IT全般に通じており、ベンダーも真剣勝負になる「IT熟知型」である。
 
上記の3タイプのうち、①と②はITに関する知識が不十分であり、ベンダーとの交渉が上手く行かないケースである。事実、これを裏付けているデータが(表1)の3、5、8にはっきりと見られる。すなわち、「人材が不足」、「IT導入の推進役がいない」、「関係者の理解が得られない」等々である。これら理由と密接な関係があるのは、「業務プロセスが標準化されていない」(2)である。IT戦略にとって、「業務プロセスの標準化」は大前提である。いわば、IT戦略の前提になる「標準化」ができていない状況では、最初からIT化の目的を放棄しているにも等しいのである。
 
こうした状態で日本企業は、本格化するグローバル経済化に挑まなければならない。発展途上国の追い上げの中で、これをいかに振り切って行くかが至上課題になっている。多分、前記の①と②に分類される企業では、「自社技術」に自信を持っているのであろうが、「白兵戦」を素手で戦うようなものである。戦前の日本軍得意の肉薄戦は犠牲のみが大きくて、戦果は挙げられなかった。
 
これと同様、今日の日本企業が08年9月のリーマン・ショックで大被害を受けたのは、従来の円安を武器として、日本国内中心の大量生産に特化してきた結果である。生産基地を海外の需要地に近接させるという分散戦略がなかったのである。もはや日本国内で「自社技術」だけに閉じこもっている時代ではなくなった。世界中に生産基地を分散させ、現地の資源を活用し需要動向に即応する生産システムが要求されている。「部分最適」では生き延びられない時代に入った。
 
時代の趨勢は二重の意味で「全体最適」化を求めている。すなわち第一は企業内部での「全体最適」である。第二は、世界中を睨んでの「全体最適」も不可欠になっている。こうした二重の「全体最適」化を実現させる役割は、CIO(情報システム統括役員)にかかってくる。私はCIOについて、本サイトで8回にわたり「CIOへの招待席」(08年6月~09年1月)を連載した。詳細はその連載に譲るが、改めてCIOの役割の重要性を次のようにまとめたい。
 
CIOは全社的な業務プロセスの「全体最適」を図ることに責任を持っている。したがって、組織横断的な視点でIT化を考え、部門間調整ができるような権限と能力を持たなければならない。要するに、部門の利益代表になってはならない、という点である。次の例は、ある大手建設会社における「CIOへの役割期待」である。
 
「CIOは改革者でなければならない。特にIT化の上流部分にあたる、経営のビジョン→ミッション→ストラテジー(戦略)へと詳細化し、具体化するプロセスについて、CIOがITの観点から主導的に進める必要がある。それに対して、IT化の下流部分である、ストラテジー→アクションプラン(実施計画)→プラクティスのプロセス(実行過程)は、システム部門長の役割である」(福島桂樹編『IT投資マネジメント発展』)。
 
上記の引用は二つの部分から構成されている。第一は、IT化の「上流部分」である。ここではCIOが指導的役割を果たすべきだとしている。第二は、IT化の「下流部門」である。第一の流れを受けて実行する段階では、システム部門長が責任をもって行う。CIOは「無任所の副社長」的な役割を与えられている。ここまで、CIOの任務が明確化されると、業績への寄与が認められるはずである。
 
(表2)CIOの設置状況の推移(単位:%)
【出典】経済産業省『平成20年度情報処理実態調査結果報告』(平成21年6月)
 
(表2)で日本企業のCIO設置状況を見ておこう。これによると、「CIOがいる(専任・兼任を含む)」比率は、平成14年が35.9%であった。平成19年には38.1%へと増加したが、この5年間で2.2ポイントの増加に過ぎない。6割以上がCIO不在である。「IT経営戦略」がやかましく議論されているのに対して、企業レベルではこれをあざ笑うかのごとき冷淡な反応である。
 
冒頭に指摘したように企業はいまなお、「部分最適」に止まっている。だからCIOの必要性を感じないものであろう。そうではなくて「全体最適」こそ、現在求められているという現実認識に立つならば、「CIO不在」ですまされるはずがない。この点をいくら力説していても、「CIO不在」企業からの納得は得られない。そこで、「CIO設置」企業と、「CIO不在」企業の労働生産性(従業員1人当たり年間事業収入で代替)を比較しておく。
 
(表3)CIO設置の有無と従業員1人当たり年間事業収入比較(単位:%)
【出典】経済産業省『平成20年度情報処理実態調査結果報告』(平成21年6月)
 
(表3)によれば、従業員1人当たり年間事業収入が1億円以上の企業では、「専任CIO」のいる企業比率が20.6%で最も高くなっている。この事実から、専任CIOの存在が労働生産性向上に寄与している点は疑いを入れない。だが、「5千万~1億円」と「3千~5千万円」クラスになれば、「専任CIO」よりも「兼任CIO」の比率が高くなっている。「3千万円未満」では、「CIO不在」が最も高い比率である。
 
上記の事実から引き出せる結論は、労働生産性の向上にはCIO設置が不可欠という点である。IT投資に相当な資金を投じながら、肝心のITマネジメントの専門家を育てない現状は、「部分最適」の典型例であろう。理想的に言えば、CIO出身社長の出現が期待されるが、日本の上場企業ではまだ数例を数えるのみである。「IT経営戦略」のかけ声と裏腹に、現実はまだまだそこからほど遠いのだ。
 
次回テーマは、「企業戦略としての『設計思想』から見た高収益分野(1)」である。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回 にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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