現場から  オールドノーマルからニューノーマルへの転換 2020 年 - 2021 年

第5回 OneMoreThing

概要

ニューノーマルに変容していくこの時代を一緒に考えていこう

目次
OneMoreThing

OneMoreThing

 

One more thing… (Apple社がスペシャルイベントの最後に、新しい製品などを発表する際に利用しているフレーズ)

 

 

「もう一丁」と掛け声が聞こえてきた。
「もう一丁」が求められてきた。
「もう一丁」と意地でも言ってやった。

 

別のチームでのコミュニケーションの渦を巻く役割と、ボランティア活動への参加を自問自答する8月下旬の出来事だ。
この(お世話になっている)システム管理者の会様からコラム掲載をしませんか?というお誘いだった。
以前、答えたアンケートで「記事やインタビュー」の質問欄に「はい」と書いた記憶がある。
それを基にシステム管理者の会様が筆者へ声を掛けてきたのだ。
早速、メールで返信し、9月にTeamsを使った初めての会議が開催された。
正直に言うと、物珍しさのほうがあったというのが本音だった。
そんな感情を持ちながら、初めてシステム管理者の会様とのオンライン会議が始まった。
こちらが恐縮するくらい丁寧な説明と挨拶があり、これまた「場違いかな?」と思うくらいだった。
このシステム管理者の会様からの質問に「なぜ、そもそもこの会に参加をされたのですか?」という質問があった。
そして筆者はこう答えた
「ITエンジニアの社会的地位向上です。」

 

毎年7月最終金曜日はシステム管理者の日(System Administrator Appreciation Day)だということを知っている読者も多いだろう。
その活動を知ったのは2010年以前だったが、この2021年でも一般的認知はまだまだといったところだろうか。
例えば、テレビや映画の主人公がITエンジニアだったことはあっただろうか?
せいぜい、ニュースの芸能の欄で“IT”の会社経営の社長が有名人と結婚、そんな時にITという単語がほんの少しスポットライトを浴びるくらいだろう。
朝、そんなニュースの芸能の欄を見ながら身支度を整えて、向かったお客様先ではスパゲッティと化したLanケーブルを綺麗に這わす作業が現実的に行われている。
なにも被害者ヅラをしようと思うのではない、Lanケーブルを綺麗に這わすのも我々の使命だ。

感情的に怒鳴って、状況が変わればそんな簡単なことはない。
ITシステムがダウンし感情的に怒鳴っても、直らないことくらいは知っている。
ただ、ITをコスト部門、便利屋さんといった「上から見下す」のだけはやめてくれ、我々は“あなた”や“あなた方”と同等であると。
だからこそ我々ITエンジニアは謙虚に技術を習得し、最終的には会社の利益となり、最終的には自分の給与に反映させたい。

 

自分の会社も、他のチームのコミュニケーションの渦を作るという”ばくち”的な指示がされ、ボランティア活動という”ばくち”的なことがされ、そしてもう一つ「コラム執筆をしませんか」という、”ばくち”的な提案がシステム管理者の会様から筆者へされたのであった。
ちょっとは考えたが、「ITエンジニアの社会的地位向上」という軸で言えば、このコラムを書かせていただくことで、ほんの少しでも我々ITエンジニアの社会的地位向上がされたらなと思う。
そうした冒険心も手伝って、数回の会議を経てこのコラム執筆が開始された。

 

 

 

「ITのプロだって?」
学習支援ボランティアで新人として初日を迎えた9月下旬、先輩ボランティアスタッフからの最初の質問である。
先輩ボランティアスタッフそれぞれの経歴は面白い。
中でも、実際に元教師であったスタッフの経験は大きい。
何十年も生徒へ教えている経験は、3年生の算数くらいまでは教えることができるであろうという自分勝手なアイデアをあっという間に崩れ去らせた。
新人という立場である以上、借りている教室の机、席の設置や消毒の作業を率先して行う、というところから初めてみた。

 

小学生が学習支援の教室へ入ってくる
小学生の「新しいスタッフがいる」という視線を感じては「こんにちは」と挨拶をする。
あとで聞いた話だが、本来、学習支援ボランティアの新人スタッフ初日は、子ども達の前に立ち挨拶をするところから始まるのだが、なぜか筆者だけはそれがなかった。
なぜなら、小学生が学習支援の教室に全員揃う前に、理事長が「会議をする」という指示で、理事長、副理事長、区の担当者、そして筆者の4名で会議が急遽開始された。
会議の議題は「オンラインを使ったライブ授業」。
聞けば、都内の某高校の英語クラスの生徒が、学習支援の教室に通っている中学生を対象に英語の授業を行いたい、というアイデアがある、ということだった。
しかし、それまで誰もITのことも知らず、そのアイデアが実現できずに頓挫していたと。
偶然にも筆者が学習支援ボランティアとして門をたたき、筆者の背景を知り、この「オンラインを使ったライブ授業」を実現してほしいということだった。
そう、学習支援ボランティアでもITの技術を駆使してほしいと。
「もう一丁っていうこと?」と心の中でつぶやいた。
最初のきっかけでもあった「つかの間でもITから離れることができたら気分もリフレッシュできるであろう」という点は既に崩壊していたことを実感することでもあった。
「ここでも自分のITという技術を求められている」と少し心の中で苦笑いをしながら、腹をくくった。
学習支援ボランティアの先輩スタッフが実現できなかった「オンラインを使ったライブ授業」を実現しみよう。
教える高校生も、教えられる中学生もそれで最終的に笑ってくれるところを想像してみよう。
そして、求められたその「もう一丁」を駆使してみよう。

 

何回かこの学習支援の教室にスタッフとして通うと、だんだんと通ってくる小学生、中学生の子ども達のこともわかってきた。
ある日のことだった、小学生の男の子が泣いている。
ボランティアスタッフが泣いている子どもを諭している。
外にはその子のお母さんが怒って立っている。
ITエンジニアという経験では処理しきれない内容だなと、先輩ボランティアスタッフの動向を見ていたが、それもどうかと思い筆者はバックヤードに隠れてしまった。
隠れた筆者を見た副理事がバックヤードまでやってきて、説明をしてくれた。
「ここに通う子どもたちは、勉強をしたいというやる気があっても経済的事情で通えない子どもがやってくる。
だからこそ、勉強を教え、業者から差し入れされたお弁当を帰宅する際に子ども達に渡している。
そして、全員ではないが一部は家庭の事情が複雑だったり、親の教育に問題があったりする。
我々、教育者としても家庭の事情や親の問題になると対応が難しいものである」と。
そういう現実を見せつけられて「であれば、一体自分はここで何をしようか?やっぱりITという技術を駆使することで子ども達の勉強や成長に少しでも役立てたらなと」あらためて思いながらの帰宅だった。

 

「金を集めるのは俺が担当するから、そこは心配しないでほしい」という理事長。
「では、お言葉に甘えてオンラインを使ってのライブ授業に必要なものを購入したいと思います」と筆者。
ちゃんと管理はされていなかったが、使用に耐えられるPCは既に10台以上あった。
ハード面に関しては、マイクやスピーカー、プロジェクターもカメラも三脚も予算内で購入することを勧めていった。
ソフト面はZoomを使用したい、というところまでは決まっていたらしく、Zoomのインストールをまずは行った。
気づけば10月も終わりだった。

 

小学生達にはいつのまにか「パソコン先生」というあだ名がつけられていた。
そんなことを知った11月は個人的にセカンドのライダースを着るということを解禁する月でもある。
そのセカンドのライダースを着て、学習支援の教室へ通ったら「パソコン先生」から「ロックンロール先生」へとあだ名が変わっていた。
生徒の目に映る、PCを目の前に設定作業等を行う筆者の姿はステレオタイプなITスタイルだったと思う。
しかし「ロックンロール先生」というあだ名への変更は、ステレオタイプなITを打破した瞬間かなと、ちょっとだけITエンジニアの地位向上の一つ「かっこつけ部門」のポイントアップにはなったかも、と一人で満足していたことをここに告白したい。

 

個人的にこの学習支援ボランティアは基本的に1週間=168時間のうち3時間だけの活動と決めている。
しかしというか、やはりというか、ボランティア活動での自分の役割を満たすためには時間が足りない。
なんとかその時間的折り合いをつけ、英語クラスの先生と生徒への挨拶と打ち合わせに、都内の某高校へ同スタッフたちと向かった。
思い返してみれば、高校という校舎、敷地に入るのは地元の高校を卒業してからだな、と感慨深く校門をくぐり、校庭を歩き、彼らが待つ教室へと足を運んだ。
理事長と担当の先生との間で挨拶が交わされ、席に着いたとたんに理事長から「この会議を進めていってください」と丸投げ的指示があり、急遽、司会役兼学習支援ボランティアの代表として話を進めていった。
既に、高校生たちによる、我々学習支援ボランティアへのプレゼンテーション資料が作成されていた。
そのプレゼンテーション内のキーワードは主に

  • 日時は12月1日(火) 17:30から開始され、授業時間は1時間
  • 最初の30分は全体授業、残り30分は個別授業とする
  •  オンラインを活用した授業
  •  英語に慣れ親しむ
  • 学習意欲を向上させる

の5点に絞られたことを認識し、学習支援ボランティアの一員としてIT技術についてそれを実現する方法を簡単に説明し、かつ、それが実現できるよう約束をした。
その会議が終わり駅へと向かう途中、元教師をされていた先輩スタッフへこう話をした。 「びっくりしました。あんなに素直でやる気があって、すれていなくて。盗んだバイクで走りだして、夜中に校舎の窓ガラスを壊すという”かつて”の高校生のイメージとは真逆でした」。
そう、時代は変化する、これからも時代は形を変えていく。

 

11月下旬、胸元が大きく開くセカンドのライダースジャケットだけでは寒く、マフラーをしてシングルのライダースジャケットを着て学習支援の教室に到着した。
挨拶を済ませ、12月のオンラインのライブ授業の準備を開始しようとした際、理事長から思いもよらぬ連絡があった。
その12月のオンラインのライブ授業を某大手新聞社が取材するということだった。
聞けば、「子供食堂兼学習支援ボランティア団体が、高校生達とタッグを組んでオンラインでのライブ授業を行う」ということに興味をもったとのことだった。
ただでさえ、ITという技術を使ってのその授業を実現するというポイントで高校生や中学生をがっかりはさせたくはない、と思っていただけにたとえ裏方でも、表方の、”教える高校生”と”教えられる中学生”とのオンラインライブ授業を成功させないといけない。
あの某大手新聞社が取材にやってくるとなればなおさらだ。
再度、腹をくくった「この俺を必要とするのであれば、もう一丁やってやろう」。

 

日々の仕事をこなし、学習支援ボランティアとして限られた時間の中でオンラインでのライブ授業の準備をし、来るべき12月1日(火)を迎えた。

 

 

 

(次号に続く)

 
 

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筆者紹介

藤原隆幸(ふじわら たかゆき)
1971 年生まれ。秋田県出身。
新卒後商社、情報処理会社を経て、2000 年9 月 都内SES会社に入社し、IT エンジニアとしての基礎を習得。
その後、主に法律事務所、金融、商社をメイン顧客にSLA を厳守したIT ソリューションの導入・構築・運用等で業務実績を有する。
現在、主にWindows 系サーバーの提案、設計、構築、導入、運用、保守、破棄など一連のサポート業務を担当。

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