現場から  オールドノーマルからニューノーマルへの転換 2020 年 - 2021 年

第2回 コロナ禍とIT

概要

ニューノーマルに変容していくこの時代を一緒に考えていこう

目次
コロナ禍とIT

コロナ禍とIT

 

「叡智においては悲観主義、意志においては楽観主義」 アントニオ・グラムシ

 

(次号から)

 

「今のところは、考えていないですね」
どこのお客様もそれはあっけない返答だった。
2,3秒は経ってからだろうか、「かしこまりました」と条件反射で僕は応えていた。

その2,3秒の間、僕は15年以上前に担当していたお客様の事をいつも思い出していた。
それは炭疽菌事件が流行っていた頃、某国の政府機関のお客様関連施設に白い粉が郵送された事件だ。
僕はその時、会社の当時の副社長に「そこのお客様先へ行く時は、危険手当がでるのか?」と言ったことを覚えている。
当時の副社長は苦笑いをしながら、旅行土産のドリアンの飴をくれ、食べた僕がその風味に悶絶し彼はその姿に大笑いをしていた。
 
帰りの電車でBCPという観点から新型コロナウイルスに対しての具体的な対策やプランを一緒に考えましょうという、コンサルタントごっこ的な要素をお客様へアピールできただけでもましだった、と思うようにした。
ただ、その行動ができたことだけに満足する自分がいただけだった。
その時は、そう、その時だけは。
 
 
2月上旬 乗客の感染が確認されたクルーズ船が横浜港に入港
2月中旬 神奈川県に住む女性、国内で初めての感染者死亡
 
 
あの時は危険手当という単語で笑いがとれたが、今回の新型コロナウイルス騒動はどうも違う。
ニュースから流れてくる悲観的な内容、それに立ち向かう有志が作ったコロナウイルス感染者サイトから聞こえてくる現状への叫び、プライベートでもマスクやトイレットペーパーの品切れ、何かが仕事にも影響するであろうという感触は日に日に高まっていった。
金融系のお客様先ユーザーの一人が株価ボード、金融ニュースを見ながら「東京オリンピックが開催されないんじゃない?」と言いながらオフィスチェアに背伸びをしながら横たわった姿は、それまでのノーマルからニューノーマルへの幕開けがされていた証拠だったと、今にしては思う。
オフィスへ全従業員が出社をし、電話がなり、会話が、論議が、握手が、そんなオフィスの喧騒を五感で感じていたそれまでのノーマルは、あのユーザーの一言を皮切りに、一気にレガシーへと、そしてオールドノーマルへと変化する触媒だった。
 
 
2月27日(木) 安倍(前)首相 全国すべての小中高校に臨時休校要請の考えを公表
 
 
4年に一回の2月28日 金曜日18:30 都内お客様先のプロジェクト作業が終わり駅に向かっている途中に(年下の)マネージャーから電話が鳴った。
電話にでるなり開口一番、マネージャー曰く「これから、A社にいけますか?」と。
耳を疑った。
もう金曜日の夜、気分はThanks God、It is Friday! あとは帰宅するだけ。
コロナ禍ということがなかったとしても、1週間を乗り切ったサラリーマンがホッとしたあの一瞬を噛みしめている最中である。
 

マネージャー:「これから、A社にいけますか? 確かA社の近くでプロジェクト作業と聞いていたので」
僕:「そう、プロジェクト作業が終わって、駅に向かっているところだけど、どうしたの?」
マネージャー:「A社から電話があって、これから会社に来てくれと、そしてPCの購入と設定をしてくれと」
僕:「ん? 今から? 本当に今から?」
マネージャー:「コロナで在宅勤務環境を早く、とにかく整えたいと」
僕:「…」
マネージャー:「この金曜日の夜だっていうことは十分承知しています。このリクエストに対してA社にちゃんと請求しますし、残業代もちゃんと払います。とはいえ、ただただ申し訳ないのは百も承知です。そして、このコロナ禍で大変な状況だというのもわかったうえです。でも、もう”うち”として頼めるエンジニアはあなたしかいないんです。」

 

そのマネージャーがフォローを言う前に僕はすでに駅ではなくA社を目指して歩き始めていた。
風の強い夜だった。

 

マネージャー:「なんとか、A社へ行けませんか?」
僕:「わかった。A社の社長に、あと15分で御社に到着予定だとまずは伝えてほしい。正直、具体的に何をどうすればよいのかわかってはいない。だから到着したら簡単な意識合わせという打ち合わせの時間がほしいとも伝えてほしい。あとは大丈夫、俺がやる」
マネージャー:「本当にすみません、早速、A社へ電話します」

 

帰宅する人々とは反対に進みながらA社へ向かう。
風はますます強くなっている。

 

A社のオフィスへと向かう最中、お借りしているカードをかざして入館し、エレベーターに乗り、A社の扉を開けるまでにいろんなことを想定した。
「使用するPCのメーカーや型番が厳格に決まっているあのA社が、これから買う? どうやって? それとも何かしらの方法で既にポリシーに合ったPCを購入したとか?」
「じゃ、セットアップから? 今から?」
「いやいや『今のところは、考えていない』って言っていたよな。スタートはなんだ?まずは意識合わせだよな、そして、ゴールはなんだ? どこだ?」

 

A社の扉を開ける前に一呼吸を入れた。
これから起きることには動じない、むしろ楽観的にいこう、大丈夫だと。
A社の扉を開ける。いつものA社は既に従業員は帰宅し、その社長だけが机に座っていた。
机に座っていたというより、残っていた、残されていた、残っていなければならない、残ってこのコロナ禍の難局打破の第一歩を踏み出す、そんな雰囲気を社長から感じながら挨拶をした。

 

社長:「こんな金曜日の夜、お呼びしてすみません」
僕:「いえいえ、遅れて申し訳ありません。おりは後回しに受けるとして早速ですが、今回の作業の打ち合わせをさせてください」
社長:「これから一緒に自宅勤務用としてLaptop PCを買いに行きたいと思います。ただ、専門的なことがわからないので、まずは一緒に買いに行ってくれませんか?」
僕:「かしこまりました。ただ、御社のポリシーにメーカーや型番の指定はありますが、それは基本的に家電量販店では売っていないものです。御社のポリシーでは…」
社長:「今回はこういう状況ということで、そのポリシー違反は私のほうで本国IT部門と週明けに話し合います。この前、PCの取り合いといっていましたよね。とにかくLaptop PCを今のうちに買えるだけ買っておきたいのです」
僕:「かしこまりました。社長、行きましょう。時間がありません。あとは歩きながら打ち合わせをしましょう」

 

家電量販店へ向かうまでの打ち合わせでは、今夜作業のゴールは最低でもLaptop PCを買えるまで買い、セットアップ等来週早々でも問題がない、ということでお互いのゴールを一致させた。
家電量販店までもう少しというところ、会話が途切れないように努める自分がいた。
会話が途切れてしまうと、そこでこの意気込みが終わってしまうと感じていた。
それも社長自らLaptop PCを購入するということであれば、たとえ畏れ多いことだとしても社長を鼓舞する役割も担わなければならないと。

 

僕:「社長になれ、と本社から言われたとき、どうでしたか? 腹をくくる、という感じだったのですか?」
社長:「いやぁ、いきなり言われて あれよあれよという言う間に、でしたね」
思い出してみれば、その社長とこうした話をするのは初めてだった。

 

家電量販店でなんとかそのスペックに似合う4台のPCをやっとこさ手に入れた。
お互い2台のPCを持った帰り道、強風が我々を立ち塞ぐ。

 

社長:「すごい風ですね。斜めになっても後ろに倒れない」
僕:「社長、技術云々の前にこの風の中、一人で4台のLaptop PCを持って帰るのは無理でしたよ。今夜、僕を呼んで一緒に買いに行って正解ですよ」
社長:「本当にありがたいんです、しかし、この風が…」
僕:「社長、今年の御社の忘年会があったら僕をよんでくれませんか?そうしたらでっかい送風機を借りてきます。余興として今夜の強い風の中でのPCの買い出しがどれくらい大変だったのか、借りてきた送風機を全開にして従業員のみなさんへの出し物として二人で披露しましょうよ」
社長:「まったくです(苦笑)」

 

 

気づけば21:00過ぎ。
買ってきたLaptop PCを会議室の机に置き、この次の作業の簡単な打ち合わせを行い、その日の作業報告として社長とマネージャーにメールをして帰路についた。
帰宅直後にメールを受信した。
その社長からだった。
「同行、サポートいただきありがとうございました。」
そして2020年2月が終わった。

 

 

3月上旬 専門家会議「3密回避」を呼びかけ
3月24日 東京五輪・パラリンピック 1年延期
3月29日 新型コロナウイルスによる肺炎で タレント志村けんさん死去

 

 

2020年3月はいつにもなく忙しかった。
ますます、PCの取り合いが激しくなったのは言うまでもない。
「今のところは、考えていないですね」と言っていたお客様すべてが手のひらを返したごとく、新たに購入したLaptop PCの設定はもちろん、すべてのお客様の間で普通にVPNという単語が使われ、クラウドという単語も使われていた。
それらの単語の意味合いだけではない、それを実現したいのだが、どうすればよいのか?という問い合わせが殺到した。
できる限りの要請に応えつつ、誰もがコロナ禍に対して否が応でも対応していく、気づけばニューノーマルを具体化している最初のトライアルと言ってもよい時間だ。
そう、このニューノーマルという生活がこのコロナウイルスをトリガーにして確実に開始された。

 

勇気を出してここで言おう。
ニューノーマルへ変化できないITエンジニアには先がないと。
もっと言おう。
我々無名無数のITエンジニアが先頭に立ちこのニューノーマルへ立ち向かっていると。
かつての平和なITの時代という思い出に浸ることなく、この荒れ狂うコロナウイルスの脅威という現実を直視し、我々ITエンジニアがニューノーマルへ立ち向かう先兵になろう。
身に着けたそのITを武器にこのニューノーマルを具体化していこう。

 

 

4月7日 政府は新型コロナウイルス対策特措法に基づく「緊急事態」を宣言

 
(次号へ続く)

連載一覧

コメント

筆者紹介

藤原隆幸(ふじわら たかゆき)
1971 年生まれ。秋田県出身。
新卒後商社、情報処理会社を経て、2000 年9 月 都内SES会社に入社し、IT エンジニアとしての基礎を習得。
その後、主に法律事務所、金融、商社をメイン顧客にSLA を厳守したIT ソリューションの導入・構築・運用等で業務実績を有する。
現在、主にWindows 系サーバーの提案、設計、構築、導入、運用、保守、破棄など一連のサポート業務を担当。

バックナンバー