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第7回 企業戦略としての『設計思想』から見た高収益分野(1)

概要

日本企業の売上高営業利益率は、一貫して低下し続けている。その原因はどこにあるのか。本連載ではそれをITとの関連で追跡する。「品質の良さは世界一ながら、肝心の利益が出ない」という悩みの根本は、バランスを欠いた経営手法にある。視野を広げ見る角度をかえれば、今まで見えなかったものが見えてくる。その点を強調したいと思う。

日本企業にとって現在は、「経営パラダイムの大転換」時期に当たる。終戦後、日本が財閥解体に遭遇したと同様なショックが与えられているのだ。過去の「成功体験」をすべて白紙に戻して、それこそ「ゼロベース」で取り組まなければならない時期である。こうした認識をどれだけの企業が持っているか疑問としても、明らかに時代の舞台は反転した。
日本企業の製品が「高品質」でありながら、利益低迷に泣いてきた理由は、状況変化に対応した戦略をとれなかったことに尽きる。具体的には、製品の「設計思想」に硬直性が見られて、それを手直しする認識に欠けていたためである。
 
「設計思想」とは、工業製品の製造プロセスにおける基本的考え方を指している。日本とヨーロッパに特有であるのは「インテグラル型」(「擦り合わせ型」)である。最近では、インドがこの分野の「設計思想」を共有していることが明らかになってきた。「インテグラル型」の対極にある「設計思想」は、「モジュラー型」(「寄せ集め型」)である。これには、アメリカ、韓国、中国などが分類されている。
 
「インテグラル型」製品は、各部品の段階から設計を擦り合わせて造っていく。例えば同じ自動車であっても、乗り心地が良いとか数値には表れにくい、独特の感じをユーザーに与えるとされている。「モジュラー型」では、部品を買い集めそれを組み立てれば完成品になるので、独特の「風合い」が出にくいというマイナス面が指摘されている。
 
「インテグラル型」と「モジュラー型」の違いは、多分に国民性の違いを示している。アメリカはヨーロッパからの移民国でありながら、ヨーロッパの「インテグラル型」を継承しなかった。その理由は、工業化当時に熟練工が不足していた結果、部品かき集め型の「モジュラー型」にならざるをえなかったのである。要するに「設計思想」とは、国民性(民族性)の違いを表わす工業製品の製法と考えれば、日本は今後とも「インテグラル型」を踏襲して行くことは間違いない。
 
「メイド・イン・ジャパン」が高品質の代名詞になっているのは、「インテグラル型」製法を守ってきた成果であるが、この手法を今後とも墨守していけば 自ずと道が開かれるというものではない。時代が変わったのである。先進国が世界を動かす時代から、発展途上国を含めて世界という舞台の仕掛けが大きく変わってしまった。具体的には、「G7」から「G20」へと世界政治・経済の仕組みが変わったことに端的に示されている。
 
日本企業が戦後の廃墟から立ち上がり、「高度成長」を実現できた背景に何があったか。それをここで改めて考えておきたい。 
第1は、「世界の景気循環」(「コンドラチエフ循環」、約60年弱で上昇・下降を含めたワン・サイクル)が、第2次世界大戦後に上昇局面へ入ったことだ。原子力・TV・コンピュータが世界経済を主導し、日本経済はそれに合わせた製品を、「インテグラル型」でつくり出し、「高品質・低価格」を武器に、世界市場(先進国市場)を半ば独占してきた。
 
第2は、日本の人口構成が有利に働いた点だ。労働力人口が高齢人口と幼年人口の合計を上回り、社会保障費も少なくて済むという「人口ボーナス期」にあった。そんな恵まれた時代は1990年で終わっている。今はこれが逆転して「人口オーナス期」に入り、社会保障費が重くのしかかっている。
 
日本経済の「成功体験」を支えた理由は上記の2点に帰着するが、日本企業はこれらのメリットを存分に享受して、高成長を実現できたのにすぎない。いわば「神風」が吹いていたのにも等しかった。この「神風」が止んで、現在は「逆風」になっている。日本が上得意としてきた先進国市場に途上国が参入している。一方、途上国へは素材などを輸出するに止まり、途上国向けの「現地規格」製品の開発では、完全に出遅れてしまった。この面では韓国製品が、日本からの素材と技術を使い、途上国市場の開拓に成功している。
 
ここまで指摘してくると、過去の「成功体験」がもはや、再び生かされる局面にないわけである。「新規まき直し」で取り組まなければならない。現在は、それを実現する最もふさわしい時期でもある。「世界の景気循環」の下降局面が終わり、昨年から新たな上昇局面入りした可能性が強い。具体的には、「脱化石燃料時代」という言葉に示されているごとく、「低炭素社会」への移行期に入った。その環境・省エネ技術のほとんどは、我が日本企業の保有するところであり、「独壇場」であるといってよい。だが、これらの技術は単独では効果を発揮しない。ITと関わることによって、十分に威力を示すものである。ことほど左様に、ITは経営戦略として不可欠になっている。
 
もう一度要約すると、次のようになるのだ。「世界の景気循環」が新たな上昇局面(約40年間程度)入りした。その原動力は「低炭素社会」への転換をもたらす「イノベーション」の現実化である。こうした時代認識を明確に持つならば、過去の「成功体験」をすべて振り捨て、次の2つの戦略の採用が前提になろう。
 
第1は、「先進国市場」中心のマーケッティングを止めて、途上国をも睨んだ「両面作戦」の展開である。 
第2は、「設計思想」の組み替えによる高収益体質への転換である。「インテグラル型」の特色を生かしつつ、これを製品や部品としても幅広く世界市場に売り込む戦略展開である。
 
まず、第1の途上国を睨んだ「両面作戦」について考え、それにふさわしい具体例を上げておこう。それはオランダのフィリップスである。フィリップスでは、1930年からインドでの事業を展開しており、インドについては熟知してきた。1日2ドル以下で生活している人々がインド総人口の8割もいる。その層にラジオを買ってもらうべく、電気が引かれていない地方市場向けに5ドルの手回し式ラジオを売り出した。さらに、低汚染の薪ストーブも売り出した。これら製品で利益がそれほど出るわけがない。それでもフィリップスが低所得層向けの製品発売に踏み切った理由はどこにあるのか。それはインドが、2015年には世界5位の消費市場に発展するという見込みがあるからである。
 
インドのお金(購買力)の大半は、「所得ピラミッドの底辺にある」(BOP:Bottom of Pyramid)とされている。インドや中国で獲得できる膨大な数の潜在顧客を認識すれば、「ピラミッドの底辺に製品を売ることがグローバルビジネスの将来像」(C・K・プラハラド『ネクスト・マーケッティング』)とされている理由が、ここにあるのだ。フィリップスの経営戦略は一見、慈善事業の感なきにしもあらずだが、確かな将来へのソロバンを外さない戦略といえる。
 
これまでの日本企業は、すべて先進国市場のみをマーケッティング対照にしてきた。発展途上国は対象外であった。しかし、先進国市場10億人に対して、新興国市場は40億人と見積もられている。日本企業が新興国市場40億人に対してアプローチすれば、市場は一挙に5倍に拡大する。この「宝の山」を見過ごすことは余りにも惜しい話である。企業戦略さえ切り替えれば、宝の山へ近づけるのである。
 
宝の山へのアプローチには、「メイド・イン・ジャパン」の本質である「製品の高品質」を外したものであってはならない。せっかく築いた日本製品への信用を傷つけるようなことは論外だが、これと低価格をどのように両立させるかである。具体的には、必要最低限の機能に絞り込んだ製品が求められる。間違っても「ガラパゴス化」などと揶揄される製品づくりは御法度である。フィリップスの手回しラジオは一つの見本であろう。フィリップスでは「ブランド」を守り、なおかつ「利便性」を追求した製品提供であるからだ。
 
フィリップスの「手回しラジオ」に見るケースは、日本企業の向かうべきモデルになろう。これについては稿を改めて論じたい。
 
次回は最終回であり、 「企業戦略としての『設計思想』から見た高収益分野(2)」。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回 にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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