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第4回 ITで伸びる企業の「現場力」

概要

日本企業の売上高営業利益率は、一貫して低下し続けている。その原因はどこにあるのか。本連載ではそれをITとの関連で追跡する。「品質の良さは世界一ながら、肝心の利益が出ない」という悩みの根本は、バランスを欠いた経営手法にある。視野を広げ見る角度をかえれば、今まで見えなかったものが見えてくる。その点を強調したいと思う。

IT活用による利益向上を図る上で、積極的なIT投資だけでは不十分である。ITを活用できるような社内の「組織感情」が、生き生きとして存在することが条件になる。これまで、その点についての認識が足りなかった。これを「企業文化」として捉えているが、「現場力」という言葉を使ってもよい。「現場力」こそ、いま見直さなければならない重要な視点だ。
 
ITで伸びる企業の「現場力」 
 
私は、「ITの経営学」第2回(2008年1月16日)で、「脚光浴びるインタンジブル・アセット」を掲載した。詳細は、その記事を見ていただくとしても、要約すれば、次の点を指摘している。つまり、インタンジブル・アセット(無形資産)といっても、①人的資本(戦略的プロセスを実行するために必要な人材)、②情報資本(戦略を実行するためのデーターベースや情報システムなどのITインフラやアプリケーションなど)、そして、③組織資本(企業文化やリーダーシップ、チームワークなど)の三つの点である。
 
このうち、③の組織資本が「現場力」に該当する。インタンジブル・アセットであるから、なかなか見えにくいという特性を持つが、次のように理解すれば納得を得られるであろう。 
「見えざる資産のみが、競争上の優位性の真の源泉であり、事業環境の変化への対応力の源泉である」(伊丹敬之・軽部大編著『見えざる資産の戦略と論理』)という事実である。「企業は人なり」という言葉はこれを指しているわけで、具体的には次の三つの内容を持つものとしている。 
①カネを出しても容易に買えず、自社で作るしかない。 
②作るのには時間がかかる。 
③いったん作ると同時多重利用ができる。
 
「現場力」とは、カネを出して簡単に外部から購入できず、自社で時間をかけて作り上げるしか方法がない。いったんできあがると、多方面の利用が可能な性格を持っている。まさしく「企業文化」そのものであるが、発展している企業はどこでも「現場力」が優れている。それでは、良い職場とはどんな職場を指しているのか。高橋克徳氏は近著(『職場は感情で変わる』)で、こう言っている。 
①一人ひとりの高い意識と能力。 
②みんなで何かに向かっていく一体感。 
③お互いの力を引き出し合う関係。 
④お互いを支え合う関係。 
⑤心の支えになる場。 
⑥誇りが持てる職場。
 
一目瞭然、夢のような職場である。こうした職場であれば、ストレスも存在しないだろうし、精神疾患を病む怖れもないはずである。現実はここからほど遠いが、こうした雰囲気の職場に一歩でも近づけられれば、企業業績も向上するという「好循環」コースに乗れるのである。そのための努力は、会社全体で取り組むしかない。だが、簡単にできる事柄が一つある。それは、出社したら「お早うございます」。帰社するときは「お先に失礼します」の二言である。まずは、ここから始まるのだ。
 
これはかつて会社勤務していた私が、雑誌社の編集局での新入社員当時に、誰に教わったことでもなく出てきた言葉である。意外にこれが、「今年配属された新人は礼儀を知っている」という評価になったと後で聞かされた。閑話休題。先の「良い職場の六訓」は抽象的であるが、これを具体的に取り上げて見たい(河野豊弘『変革の企業文化』)。
 
 活力ある企業文化 
 
一般的特徴:革新に価値、新しいアイデアを出す。 
メンバーの信ずる価値観:①運命共同体と見る、個性も尊重。②革新指向。 
経営理念・目標の受け取り方・問題発見:①経営理念と目標をよく知っている。②長期的視野に立ち、自発的に目標を設定する。 
情報収集とコミュニケーション:①十分に情報を集めて決定する。実験主義も使い分ける。②外部指向の情報収集。③上下左右のコミュニケーションがよい。 
アイデアと行動の自発性:①自発的にカイゼンアイデアを出す。②上役・仲間に対立意見を出す。 
リスクを冒すか:①失敗を恐れず行動する。自信を持っている。 
組織構造と協力についての考え方:①上下の距離は小さい。②チームワークがよい。しかし、部門間の競争もある。 
組織に対する忠誠心:①二極分化。 
動機付けの態様:①仕事への責任感は強い。②熱気がある。 
業績:①革新多い。②製品・仕事の質が高い。 
実例:やや若い企業。
 
上記に見る河野豊弘氏の指摘は、1980年代後半の日本企業のケースから導かれた結論である。しかしそのエッセンスは、現在もそのまま当てはまるといえよう。なぜなら、「企業文化」は、時代を超えて存在し続けるもので、「成長・発展する企業」パターは変わらないからである。この「活力ある企業文化」と、前述の「職場は感情で変わる」の6訓(以下、「6訓」と略称)を比較検討していただきたい。ほとんど両者は重なり合っていることに気づかれたことと思われる。「真実は一つ」なのである。
 
河野豊弘氏の「活力ある企業文化」を例にして、個別的はケースを検討しておきたい。まず、「一般的特徴」では、「革新に価値、新しいアイデアを出す」となっている。「カイゼン活動」はさしずめこの例である。「メンバーの信ずる価値観」では、「①運命共同体と見る、個性も尊重。②革新指向」である。これは「6訓」の「みんなで何かに向かっていく一体感」、「お互いの力を出し合う関係」に当てはまる。価値観が共通であれば、当然にこうした「連帯感」が生まれてくるはずである。
 
「情報収集とコミュニケーション」では、「①十分に情報を集めて決定する。実験主義も使い分ける。②外部指向の情報収集。③上下左右のコミュニケーションがよい」となっている。また、「アイデアと行動の自発性」では、「①自発的にカイゼンアイデアを出す。②上役・仲間に対立意見を出す」となっている。この両項目を要約すると、「十分に情報を集め、それを社内の上下関係に煩わされずに議論する。その過程が同時に、社内コミュニケーションを形成する場になる」という貴重な指摘である。
 
高度情報化社会では、企業組織は「ピラミッド型」ではなく、「円環型」に移行するとされている。その主旨は、「上意下達」では社内での経営参加意識を育てられず、「上下関係なく議論する」ことの重要性を示唆している。もし、従来型の「上意下達」式ならば、それだけで、その企業の限界が見えたのも同然であろう。ある大手商船会社において「円環型」の情報収集を行い、業績が飛躍的な発展を見せている実例が存在している。計画策定に社内の若手も参加させている企業では、社員に「責任感」を植え付ける効果を期待できるのだ。「6訓」での、「お互いを支え合う関係」や「心の支えになる場」、「誇りが持てる職場」を形成することになろう。
 
「リスクを冒すか」では、「①失敗を恐れず行動する。自信を持っている」。「組織構造と協力についての考え方」では、「①上下の距離は小さい。②チームワークがよい。しかし、部門間の競争もある」。これは「6訓」での「一人ひとりの高い意識と能力」に該当する。「協調はするが、部門間競争もする」のである。
 
「活力ある企業文化」と「良い職場6訓」は、ほぼ同じ点を指摘している。さて、あなたの会社はどうであろうか。職場が活性化されず、相変わらず上司の顔色を窺いながらの仕事では、オリジナリティのある仕事はできないであろう。そこでは絶えず「前例踏襲」主義がはびこっているに違いない。こうしたところにIT投資を行っても、それに見合う効果が期待できるかと言えば、「期待薄」としか言いようがない。死にカネも同然であろう。
 
冒頭に戻れば、インタンジブル・アセットを形成する3本柱の一つが、「組織資本」である。それは「企業文化」であり「現場力」である。「現場力」を活性化する努力がどうしても必要なのである。
 
次回(第5回)は、「ITを使いこなせない企業の『現場力』」である。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回 にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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