DX時代のアジャイルITSM変革アプローチ

第7回:アジャイルITSM変革アプローチ パート3

概要

デジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流の中、デジタル化の真の目的である「顧客への新たな価値創造」を効果的かつ効率的に実現するためには、ITサービスマネジメントをDXに合わせてリ・デザイン(再設計)する必要があります。 そこで、このコラムでは、今年の2月にリリースされた最新版のITIL® 4の概要と、ITIL® 4を活用してITサービスマネジメントをリ・デザインするための、デザイン思考を用いたアジャイルITSM変革アプローチをご紹介します。 これまで、ITIL® v3/2011 editionのプロセスを適用してきた組織において、進化したITIL® 4をどのように活用できるのか、具体的な実践方法を含めてお伝えしたいと思います。

今回は、ITIL4のコンセプトをベースにした「アジャイルITSM変革アプローチ パート3」として、前回ご紹介しました図20で示した「デザイン思考の6つのステップによるITSM変革」で使用する具体的な手法を2つご紹介したいと思います。

図20 デザイン思考の6つのステップによるITSM変革(例)

目次
1.エンタープライズアーキテクチャ
2.バリューストリームマッピング

1.エンタープライズアーキテクチャ

まず、6つのステップの中の「課題定義」のステップで使用する「エンタープライズアーキテクチャ」についてご紹介します。

 

「エンタープライズアーキテクチャ」は、組織全体をシステムとしてとらえたモデルで、TOGAF®標準では、ビジネス・アーキテクチャ(BA)、データ・アーキテクチャ(DA)、アプリケーション・アーキテクチャ(AA)、テクノロジー・アーキテクチャ(TA)の4つの階層で組織全体の構造を網羅的にデザインします。
<TOGAF®標準はThe Open Groupの登録商標です>

 

「エンタープライズアーキテクチャ」の特徴は、組織のビジョンやミッション、事業戦略に基づいて、ビジネス要件と必要となる情報やデータを特定し、そこからアプリケーションに必要となる要件とテクノロジー要素に落とし込むことで、効率的かつ確実に組織のゴールを達成することにあります。

 

よって、組織で最適化された「エンタープライズアーキテクチャ」を、ITサービスマネジメント変革の「課題定義」ステップで参照することで、組織レベルの視点で本質的課題を特定することができるのです。

 

TOGAF®標準をベースとして、ITIL®やTIPA®、IT4IT™、COBIT®、VeriSM™、SIAM®、IT-CMF™などと統合し、DXに対応するよう独自にモデル化したものが、図21の「データ駆動型エンタープライズアーキテクチャ」です。

図21 データ駆動型エンタープライズアーキテクチャ

 

「データ駆動型エンタープライズアーキテクチャ」は、階層の上から順番に「ミッション」「戦略」「戦術」「ケイパビリティ」「イネーブラー」を配置し、各階層は上層を支えるデザインになっています。
そして、アーキテクチャ全体のバランスを保つ重心に「エンタープライズデータモデル」を置くことが肝となります。なぜならGAFAに代表されるデジタルの力で成功している組織がそうであるように、データを制することこそがDX成功のカギだからです。

 

「データ駆動型エンタープライズアーキテクチャ」の各階層の構成要素は、以下の通りです。

 

ミッション層
組織の存在意義や、目的、価値観、カルチャー、行動理念など総合してまとめた「ミッションステートメント」で構成されます。

 

戦略層
競合との戦いに勝つための戦略をまとめた「ビジネス戦略」で構成されます。

 

戦術層
TOGAF®のビジネス・アーキテクチャ(BA)に該当する「ビジネスモデル」と「IT戦略」で構成されます。

 

ケイパビリティ層
ITサービスマネジメントとITガバナンスで必要となる「運用最適化(QCD)」と「アジリティ&イノベーション」のケイパビリティと、TOGAF®のデータ・アーキテクチャ(DA)に該当する「エンタープライズデータモデル」で構成されます。

 

イネーブラー層
TOGAF®のアプリケーション・アーキテクチャ(AA)に該当する、守りのITに必要な「SoR(モード1)」のアプリケーションと、攻めのITに必要な「SoE(モード2)」のアプリケーションで構成されます。
更に、TOGAF®のテクノロジー・アーキテクチャ(TA)に該当する、「ITインフラストラクチャ」と「組織・人材・パートナー」のリソースで構成されます。

 

このように、組織全体の構造と仕組みを、データと情報を中心に置いた「データ駆動型エンタープライズアーキテクチャ」として可視化することは、DXにおける本質的課題を特定するうえで有効です。

 

2.バリューストリームマッピング

次に、6つのステップの中の「課題定義」と「アイディア創出」のステップで使用する「バリューストリームマッピング」についてご紹介します。

 

バリューストリームマッピングとは、リーン生産方式の概念を取り入れ、ソフトウェア開発や製造など、さまざまな工程や業務プロセスをEnd-to-Endで可視化し、ムダを排除して工程を最適化するための手法です。
バリューストリームマッピングは、変革の対象となる工程に関わるステークホルダーを集めて、図22のようにホワイトボードのような大きなスペースに、現在の工程の流れをスタートからゴールまで描きます。

図22 バリューストリームマッピングの例
<出典:クリエーションライン株式会社 体験ワークショップ資料>

 

図22上のピンク色の箱がタスクであり、各タスクの下に書いてあるLTはリードタイム(そのタスクが始まってから次のタスクに移るまでの時間)で、PTはプロセスタイム(実際にタスクの作業を行った時間)を表します。

 

また、図22上の青枠で囲まれた「企画」「開発」「リリース」は、工程のフェーズであり、タスクがどのフェーズに属しているか分かります。
このように、工程全体のタスクの流れを可視化すると、どのフェーズの、どのタスクにリードタイムとプロセスタイムのムダが存在するか把握することができます。

 

一般的には、多くのケースで承認を行うタスクでムダが見つかることがあるようです。また、現場のメンバーはムダであると分かっていても、「会社で決まっていることだから」や、「ルールだから」などの理由で、そのムダが潜在化しているケースが多いようです。

 

そこで、バリューストリームマッピングを作成する場に、承認権限を持つ経営層のステークホルダーも参加することで、権限移譲をするなどの意思決定を行い、ムダなタスクを排除することができるのです。
そして、現在の工程でのムダが明確になったら、どのように改善すべきかをディスカッションし、参加者のコンセンサスを得たうえでバリューストリームマッピングに修正を加えます。

 

このように、バリューストリームマッピングで全ての行程と作業を可視化することで、実際の業務の流れとムダな作業に関して、ステークホルダー全員の理解と共感、および改善とゴールイメージに対するコンセンサスを得ることができるのが特徴で、BizDevOpsを組織に実装するうえでの突破口にもなる、デザイン思考に基づく価値共創のための手法です。

 

<バリューストリームマッピング実施上のポイント>

対象となる工程や業務プロセスに関わる全てのステークホルダーが参加する
業務プロセスやリソース計画の変更に関する意思決定権限を持つ経営層も参加する
バリューストリームマッピングを行う目的をステークホルダーで共有し合意を得る
本音でディスカッションできる雰囲気を作る
ムダは組織の問題であると認識し、特定の人の責任として非難しない
上記全てを実践できるファシリテーターをアサインする(育成する)

 

次回は最終回ですが、ITIL4のコンセプトをベースにした「アジャイルITSM変革アプローチ パート4」として、今回ご紹介した「デザイン思考の6つのステップによるITSM変革」で使用する具体的な手法の続編として、ITIL4の概念に基づく手法をご紹介したいと思います。

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筆者紹介

株式会社JOIN 
代表取締役社長
小渕 淳二

国内大手電機メーカ、外資系ICTサービスプロバイダ、国内コンサルティングファームを経て、2018年にITコンサルティング会社を創立。

ITIL®やTIPA®、IT4IT™、COBIT®、VeriSM™、SIAM®、IT-CMF™、TOGAF®などのフレームワークと、ドラッカーやポーターのマネジメント理論、「7つの習慣」の普遍的な原則などのベストプラクティスを組み合わせた、革新的で実践的なマネジメントアプローチとデザイン思考による組織変革やイノベーション創生を得意とする。

【連絡先】
support@join-inc.com

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