DX時代のアジャイルITSM変革アプローチ

第8回:アジャイルITSM変革アプローチ パート4

概要

デジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流の中、デジタル化の真の目的である「顧客への新たな価値創造」を効果的かつ効率的に実現するためには、ITサービスマネジメントをDXに合わせてリ・デザイン(再設計)する必要があります。 そこで、このコラムでは、今年の2月にリリースされた最新版のITIL® 4の概要と、ITIL® 4を活用してITサービスマネジメントをリ・デザインするための、デザイン思考を用いたアジャイルITSM変革アプローチをご紹介します。 これまで、ITIL® v3/2011 editionのプロセスを適用してきた組織において、進化したITIL® 4をどのように活用できるのか、具体的な実践方法を含めてお伝えしたいと思います。

最終回は、ITIL4のコンセプトをベースにした「アジャイルITSM変革アプローチ パート4」と題して、ITIL4のコンセプトに基づく実践的なツールとして、ITIL4のサービスバリューシステムをデザインするためのツールをご紹介します。前回ご紹介した「デザイン思考の6つのステップによるITSM変革」で使用する具体的な手法の続編です。

図23 サービスバリューシステム全体構成イメージ(独自に作成)

 

図23がサービスバリューシステムの全体構成イメージですが、これをロジカル思考によりデザインすると、構造化された膨大な量のドキュメントを作成することになり、アジャイルに変革することはできません。

 

そこで、デザイン思考により、各組織のミッションやビジネス戦略に沿って、サービスバリューシステムの構成要素の要約を1枚の紙あるいはホワイトボードにまとめ可視化するためのツールである、「サービスバリューシステムキャンバス©」を作成することをお勧めします。

図24 サービスバリューシステムキャンバス© (SVSキャンバス©)

 

サービスバリューシステムキャンバス©は、ある1つのバリューチェーンに関して、需要・機会を提供価値に変換するためのビジネスモデルをデザインすることを目的に作成します。

 

サービスバリューシステムキャンバス©は、デザイン思考のアプローチを使って上部から下部に書き進めますが、下部に行くに従い数字を用いてロジカルに計画の実効性を検証する必要がありますので、第6回でご紹介した「イノベーションに必要な構造的で混沌とした思考方法(structured chaos)」により、デザイン思考とロジカル思考の両方を意識して使い分けることが重要です。

 

また、上部から下部に書き進める理由は、組織の目的と目標を、サービスによる価値提供に必要となるプラクティスやバリューストリームの活動に落とし込むことで(ゴールカスケード)、確実にその目的と目標を達成させるためです。

各パートの記述方法は以下の通りです。

 

ミッションステートメント
顧客への新たな価値創造は、組織の経営理念や存在意義、目的、価値観、カルチャー、行動理念などに基づいて実現する必要がありますので、それらを要約した文書(ミッションステートメント)として記述します。
そして、下部のパートを記述する際に、ミッションステートメントを参照し、そこから逸脱することがないようにすることが重要です。

 

ビジネス戦略
ビジネス戦略とは、マーケットにおいて競争優位性のある自社の強みや価値を含めた戦略であり、ミッションステートメントを実行するための道筋を記述します。

 

需要・機会
当該サービスバリューチェーンの起点となる、特定のマーケットや顧客からの需要や、異業種のM&Aなどによる新たなマーケットの機会などを記述します。

 

提供価値
当該サービスバリューチェーンの終点となる、ターゲットに対する最終的な提供価値を記述します。

 

プラクティス
当該サービスバリューチェーンを通じて最終的な提供価値を創造するために必要となる、組織のリソースやケイパビリティを、3つのカテゴリ(「ビジネスマネジメントプラクティス」、「サービスマネジメントプラクティス」、「テクニカルマネジメントプラクティス」)に分類された、ITIL4のプラクティスから選び出して記述します。
サービスバリューシステムキャンバス©上では、サービスバリューシステム全体を俯瞰して全体構想をラフにデザインすることが目的なので、プラクティスの活動内容まで記述するのではなく、ITIL4のプラクティス名を列記する程度にします。

 

ガバナンス
ITIL 4の「ガバナンス」で重要なことは、COBIT 2019の「エンタープライズ・ガバナンス」としての目的である「リスクの最適化」「リソースの最適化」「価値の実現」の3つの観点で、組織内に整備した「サービスバリューシステム」が、組織の戦略やポートフォリオなどと整合性が取れているかを評価し、必要な方向付け(意思決定)を行い、「サービスバリューチェーン」と、その中で実行される「プラクティス」と「バリューストリーム」が、デザインした通りに機能し、期待する価値を出しているかを継続的にモニタリングし、必要なコントロールを実施することです。
サービスバリューシステムキャンバス©上では、これらの観点で当該サービスバリューチェーンに関係するガバナンス要件を記述します。

 

継続的改善
サービスバリューシステムキャンバス©上に記述した、当該サービスバリューチェーンに関するエコシステム全体を、継続的に改善するために必要となる仕組みを記述します。

 

指針となる原則
ITIL4の指針となる原則は、以下の7つがあります。
・ 価値にフォーカスする
・ 現在あるものから始める
・ 短期間のフィードバックを繰り返し進める
・ コラボレーションと可視化を推進する
・ 全体的な視点で考え行動する
・ シンプルで実践的であること
・ 最適化と自動化を推進する

サービスバリューシステムキャンバス©上には、あらかじめ7つの指針となる原則のポイントが記述されていますので、当該サービスバリューチェーンの実現において、特に関連する重要な原則をハイライトさせます(例:対象となる原則に〇をつける)

 

バリューストリーム・プロセス
当該サービスバリューチェーンに必要となる、バリューチェーンまたはプロセスの活動や機能を端的に示すタイトルを記述します。
例えば、ITサービスのサポートを行うサービスに関するサービスバリューチェーンの場合は、以下の3つのバリューストリームを記述します。
・問い合わせ対応
・リクエスト対応
・インシデント対応

ここからは、ITIL4の6つの外的要因に関する部分です。

 

政治的・社会的・環境的要因
当該サービスバリューチェーンを実現するにあたり、想定されるリスク(脅威および機会の両方)を以下の観点で分析して、考慮すべきポイントを記述します。
・政治的観点
・社会的観点
・環境的観点

 

経済的・法的・技術的要因
当該サービスバリューチェーンを実現するにあたり、想定されるリスク(脅威および機会の両方)を以下の観点で分析して、考慮すべきポイントを記述します。
・経済的観点
・法的観点
・技術的観点

ここからは、ITIL4の4つ側面に関する部分です。

 

情報と技術
当該サービスバリューチェーンを実現するにあたり、バリューストリームあるいはプロセスの中で、どのようなデータと情報が必要で、どのように取り扱うべきか、またどのような技術やシステムを用いて処理し管理すべきかを記述します。

 

組織・人材・パートナー・サプライヤ
当該サービスバリューチェーンを実現するにあたり、どのようなスキルや知識を持った人材が必要であるか、またその人材が社内に存在しない場合は、どのようなソーシング戦略が必要であるか(例えば、外部サプライヤへのアウトソーシングやパートナーとの協業)、どのような組織や体制が必要であるかを記述します。

以上のような流れで、デザイン思考によりサービスバリューシステムキャンバス©を作成しますが、一度作って完成ではありません。
具体的にサービスバリューチェーンを組織内に実装するためには、ロジカル思考によりビジネスモデルキャンバスを作成してビジネスモデルとして成立するかを検証し、再度サービスバリューシステムキャンバス©に手を加える、ということを繰り返しながら完成させていきます。

 

図25は、「ITサポートサービス」に関する、サービスバリューシステムキャンバス©の記述例です。

図25 ITサポートサービスに関するサービスバリューシステムキャンバス© の記述例

 

今回、ITIL4のコンセプトを、デザイン思考を用いて実践する具体的なアプローチの一部をご紹介しましたが、今後リリースされるITIL4のコアブックを使い、さらに具体的で実践的でアプローチとツールを開発したいと考えております。

 

これまで8回にわたり、「DX時代のアジャイルITSM変革アプローチ」をご紹介してきましたが、多少なりとも皆さまの組織における変革のきっかけになれば幸いです。
もし疑問に感じていることや、変革にあたっての課題などをお持ちでしたら、何でも結構ですので、ご連絡いただきたいと思います。

 

【連絡先】support@join-inc.com

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筆者紹介

株式会社JOIN 
代表取締役社長
小渕 淳二

国内大手電機メーカ、外資系ICTサービスプロバイダ、国内コンサルティングファームを経て、2018年にITコンサルティング会社を創立。

ITIL®やTIPA®、IT4IT™、COBIT®、VeriSM™、SIAM®、IT-CMF™、TOGAF®などのフレームワークと、ドラッカーやポーターのマネジメント理論、「7つの習慣」の普遍的な原則などのベストプラクティスを組み合わせた、革新的で実践的なマネジメントアプローチとデザイン思考による組織変革やイノベーション創生を得意とする。

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