新・玄マンダラ

第15回 金融機関のシステム統合と消えた定期預金

概要

これまで一年半にわたり、「玄マンダラ」をお読みいただき感謝申し上げます。 平成21年7月から、装いを改め、「新・玄マンダラ」として、新しい玄マンダラをお届けすることになりました。 ITの世界に捕らわれず、日々に起きている事件や、問題や、話題の中から、小生なりの「気づき」を、随筆風のコラムにしてお届けします。 執筆の視点は、従来の玄マンダラの発想を継承し、現在及び将来、経営者として、リーダーとして、心がけて欲しい「発見」を綴ってみたいと思います。 引き続き、お付き合いを御願いします。 職場で、あるいは、ご家庭での話題の一つとしてお読みください。

巨大銀行のシステム統合は極めて困難であることはよく知られる。経営の統合が決まると、システムとしてはまずは複数の銀行の両方が使えるように形で運用が始まり段階的に長い時間をかけていずれかのシステムに統合が行われるのが普通である。その過程でバグが入り込む可能性は極めて高い。とりわけ危険なバグは、利用頻度の低い取引に於けるバグである。見逃すと長期間気付かないためである。例えば定期預金のようなケースである。満期になるまで確認することがなく過ぎる場合が殆どであろう。
 
 今回は、我が家に於けるU銀行(三大都市銀行の一つ)の体験談である。通帳の記入が暫く滞っていたので記帳するためのATMに足を運んだ。普通預金の口座の記帳を終えて、同じ通帳の定期預金の頁も記帳しようとしたら記帳できない。これまではATMで記帳ができてきたので不思議におもった。システムが変わったなと直感した。ATMからスリップが出てきて「エラーコード947」とプリントされている。無人のATMであったので備え付けの電話でコールセンターに電話してこのエラーコードの説明を求めた。コールセンター嬢はなにやらマニュアルかあるいはヘルプ機能を参照したのか少し時間をおいての説明では、このコードの意味は長期間記入していない場合のコードであり、窓口に出向いて欲しいという。普通口座は正常に記帳出来ているので、長期間という意味が分からない。定期預金の記帳であるので一年に一度しか記帳は発生しない、長期的とは一体何年を指すのかと質問するもコールセンターのマニュアルからは判らないという。翌日銀行に出向き、ATMのところに居る係員に声をかけて昨日の様子を説明しスリップを見せた。定期預金の項目は記帳できなくなったのかと質問すると、そんなことは無いはずである、出来るはずであるという。ではやってみて欲しいと頼むとやはり出来ない。エラーコードを係員に例に質問してみた、何を意味するのかと尋ねたが判らないという。結局は番号カードをとって窓口に並んで処理して欲しいと言われた。
 
 窓口の女性は通帳の磁気読み取り機を通して定期預金のところに未記入があるという、では記帳してくれというと磁気が読み取れないから出来ないという。未記入があると確認しているのだからどう言っていることがおかしい。未記入があると読み込めているのに読み取れないというのもおかしいのではないか、普通口座の記帳は出来ているし、彼女の読み取り機では読めているから未記入があると指摘しているではないかと指摘する。どこか好い加減さを感じた。窓口嬢は、そしてこの通帳は統合前の銀行の通帳(旧UFJ)であるので統合したU銀行の新しい通帳に繰越記帳することを進められた。ではそうしてくれと頼む、暫くまっていると新しい通帳ともとの通帳の2冊が渡された。
 
 普通口座の残額を確認すると新旧の繰越残高が一致しており問題はない。定期預金の口座を確認すると金額が会わない。口数も不足しているし、280万円に相当する定期預金が通帳から消えているのである。窓口の女性は機械的に通帳の切り換えをして内容も確認せずに小生に渡したということになる。システムを信じきって思考停止状態となり、機械的に処理をしている証拠である。今回窓口に足を運んだ理由は定期預金の記帳が出来ないという為であるので最低限でも定期預金の記帳の正確さを確認するのが基本動作であり常識というものである。それがまるで出来ていない。システムを盲信して思考停止状態で仕事が行われているということである。これはIT時代の最も危険な症状である。
 
 おそらく普通の人(?)は新たに記帳された2冊の通帳を貰ってそのまま帰宅してしまうであろう、よもや銀行のシステムで間違いがあると疑う顧客は居ない。間違っているのは自分のほうだと思うのが普通であろう。小生は、すかさず、窓口の女性に説明を求めた。お客様の同意のもとで最終結果を記帳した、通帳の切り換えが終えると古いデータは削除されてしまうので途中経過の状況の説明ができないという。説明するには削除されたデータをセンターから取り出す必要があり時間がかかるというのである。冗談ではない。預金された金額が消えているのである。銀行としてはもっとも危険なトラブルが起きているのである。その感覚がまるで窓口女性にはない。一体この無機質で鈍感な感覚はなんなのであろうか。「お金」が無くなっているという感覚が麻痺しているとしか思えない。数字がお金であるという意識が希薄なのであろう。すぐに確認して欲しいと要請すると小生の通帳をもって奥に入りなにやら相談しているようであった、しばらくして責任者(?)が出てきた。自己紹介し名刺交換をしたところ支店長代理のS氏で顧客サービス担当であるという。状況の深刻さはすぐに理解できたようである。銀行マンらしからぬ風情の人物である。そしてすぐにセンターで過去の記録を調査するのでやはり時間が欲しいという。もしシステムのバグで定期預金が消えたならば被害は大変なことになる。場合によっては社会的な問題にもなりかねない。U銀行は、これまでに三菱、東京、三和、東海などが統合して出来た巨大銀行であるのでそのシステムもかなり無理があることは容易に予想がつく。
 
 小生は経験的にシステムにはいつも不信感をもっている。その場で気付いたからよいようなものであるが、多くの人、とりわけ高齢者など方はそのまま受け取り、内容も確認せずに自宅に戻り保管してしまうであろう。定期であるので記帳は一年に一度である。しかも自動継続の場合には満期の連絡もない。毎年定期が満期のときに、自分で確認する必要があるということになる。高齢者にとっては満期の管理など出来ないであろう。つまり金額の不足を確認することなく時間が経過して場合によっては死亡するケースも起こりうる。そうなると、間違いのままで、今回のケースなら280万円が銀行に入り終わることになる。遺族も通帳以外に確認する術がないので記帳に間違いがあれば手の打ちようがないということになる。
 
 自宅へ戻って整理をしてみた。H19年から記録がおかしくなっていることが判った。H19年の途中から記帳が出来なくなっている。そして新たに記帳された通帳の最終結果は口数が2件、合計350万となっている。4つの口数と280万の金額が不明となり記帳されていない。従って、U銀行への要請は、H19-H22までの定期預金の出入りと金利を全て調査して説明して欲しいということになる。それが説明できれば、次は、なぜこの不都合が起きたのかその理由を説明して貰うことになる。小生はU銀行から毎月ステートメントを送ってもらっている。確認してみたところ、ステートメントでは定期預金の合計金額は正しく記載されている。従って原始データは正しいことが推測される、定期預金を記帳するシステムに不都合があることが推測される。金利を確認したかったがU銀行の記帳システムでは時間がある程度経過してトランザクションが貯まるとまとめて結果を一行で記帳するという安易なシステムとなっている。これでは記帳の意味を成さない。つまり金利が正しく振り込まれているのか確認が出来ないシステムである。これは極めてまずいシステムと言える。まとめて記帳された内容を知りたいケースも窓口で詳細データを要請する手続きが必要になるという。つまりセンターから取り寄せるということであろう。これではトラブルのときに迅速な顧客対応は出来ないであろう。大体、通帳の意味が無い。システムの手抜きで改悪である。トラブルのときに自分でトランザクションの経過を確認することができなくなる。
 
 こうして、通帳から消えた定期預金、その金利は正確に記入されているのか、お手並み拝見である。どの位の時間で問題が解明されるであろうか、そのとき問題の所在と原因と対策を確認してみたいと思っている。期せずしてU銀行の顧客対応とシステム分析の能力を試すことになった。
 
 そして、問題を指摘してから二日が経過した。原因が分かったと電話があった。自宅まで説明に来て欲しいと思ったが、それをこらえて二日後の朝一番にU銀行に行くので説明をして欲しいということにした。朝、開店と同時におとずれた。そのS氏の説明である。まことに申し訳ありませんでした。通帳に記入できたのは「マル優」対象の定期預金だけであり、それ以外の定期預金は別の定期預金専用の通帳に記入するというようにシステム統合のあと変更になったというのである。「マル優」を使う人は障害者しかいない、それを優先して記帳する理由は理解できないが、そのことを顧客サービス担当の支店長代理も窓口の女性も知らなかったというお粗末な失敗であった。推測であるこの駅前支店はかつてUFJ銀行であったが、これが新たにU銀行に統合された瞬間に親銀行のシステムに変更になったのであろう。そしてその変更が周知徹底されていなかったという初歩的な「チョンボ」であった。あきれて開いた口が塞がらないのであるが、かの支店は本店からおしかりを受けたに相違ない。統合記帳された出入りのトランザクションのログはプリントされて用意されていた。詳細記録入手の申請書にサインと押印をしてこれを入手し確認することができた。
 
 今回、時代遅れのマル優を解約することにし、すべてを分離課税に修正した。だとすれば一冊の通帳で定期預金も普通口座も記帳できるはずであるが、なぜか出来ないという。そして、マル優定期を廃止したのでかの消えた預金のある通帳をまた作り直すという。それをみると従来のマル優分が分離課税となって一冊に定期預金も記入できていた。2冊の通帳を用いる必要はないのである。それでも定期預金の通帳は別だという。まったく、不思議なシステムとなっている。結果的には、定期預金は二つの通帳に分割して記帳されることになった。実に管理が面倒となった。改悪である。システム変更は顧客の立場で行われていないという事例である。お年寄りは混乱となろう。
 
 今回の事件で学ぶことは、システムの統合が顧客本位でなく銀行本意であることと、システムの変更に対して顧客対応する運用や携わる人間が追従できていないことである。その結果、システムの盲信ということになり、思考停止現象が蔓延することになる。もっとも基本的な顧客の立場にたっての窓口での確認が疎かにされているのである。かつては通帳が総べてであった。その時代ならばこのような単純なミスは無かったであろう。巨大化するブラックボックスの時代に我々は生きている。思考停止の範囲はますます拡大する。高齢化の到来とともに様々な口座の管理は出来ないケースが増えるであろう。銀行の合従連衡がそれに複雑化を追加している。ますます疑って懸かるという訓練が必要な煩わしい時代に我々は生きている。顧客が一つずつ確認して納得しながらあらゆる手続きをしなければ何が起きるか判らないという時代にいきている。便利さはブラックボックス化を加速する、消費者はますます全てを疑って懸からなければならないという不思議な時代に入っている。U銀行のお詫びはティシュパーパ二箱であった。かつての銀行なら支店長が自宅へ菓子折の一つももってお詫びにきたものである。いまの銀行にはそのような気持さえなくなっている。銀行の権威も誇りも矜持もない時代に生きている。
 
 
以上

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筆者紹介

伊東 玄(いとう けん)

RITAコンサルティング・代表
1943年、福島県会津若松市生まれ。 1968年、日本ユニバック株式会社入社(現在の日本ユニシス株式会社) 技術部門、開発部門、商品企画部門、マーケティング部門、事業企画部門などを経験し2005年3月定年退社。同年、RITA(利他)コンサルティングを設立、IT関連のコンサルティングや経営層向けの情報発信をしている。 最近では、情報産業振興議員連盟における「日本情報産業国際競争力強化小委員会」の事務局を担当。

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