CIOへの招待席

第5回 CIOのIT投資戦略

概要

ミクロ的な視点から、ITを軸とする今後の企業経営のあるべき姿を実証的に論じていきます。

CIOはIT投資戦略に関わる主役の一人である。それはCEOとの二人三脚によって、初めてその役割を果たせる。この当たり前のことが、どうして日本ではなかなか浸透しないのか。今回はその原因を探りながら、CIOが立派に業務を果たしている場合、業績にどのような効果が出るのかを取り上げた。
 
「CIOとCEOが二人三脚」であることは、IT投資が経営戦略と深く関わっている事実からも肯ける。もし「二人三脚」でなければ、そのIT投資はスタートから目標を失ったのも同然である。IT部門の責任者は、「IT機器」の管理保全業務に堕しているといっても言い過ぎではない。これでは、CIOを名乗るもおこがましくなる。
 
IT投資ではよく、「部分最適」と「全体最適」という言葉が使わる。これはコンピュータ関連投資だけの狭い範囲内だけで議論されるべき性格のものではない。IT投資が、企業戦略との関係で論じられるとき、「部分最適」と「全体最適」が本来のテーマになる。
 
IT投資は、企業全体のステークホルダー(経営者・業務部門・IT部門)の関わりにおいて議論される場合、それは「全体最適」という視点が確立していると見なされる。こうなっとき「IT部門管理責任者」は、CIOに昇格するわけだ。「部分最適」では企業戦略とは無縁の存在であるから、CIOであっても名ばかりになる。
 
『バカの壁』の著者である養老孟司氏は、同書のなかで実にうまいことを言っているので拝借したい。「バカとは、自分の築いた壁の内側だけの世界に安住して、壁の向こう側が見えない。見ようとしない」。これを次の方程式(脳内の一次方程式)に示している。
 
Y=aX(aは感情係数)
 
Y=aX(aは感情係数)がそれである。aがゼロならば行動(Y)に影響が出ない。つまり「バカ」という分類に属する。aが無限大ならば、それは原理主義者である。むやみやたらにIT投資を拡大する。aが適切ならば環境適応型であり、これが養老氏のいう「常識」の分類に属しており、「IT投資戦略」は立派に機能する。
 
「IT投資戦略」はaが弾力的であり、IT部門だけの立場から離れて「壁の向こう側」をみている証拠である。企業戦略全体の最適性を考慮した、「全体最適」が実現している。言葉を換えると、「ITガバナンス」が確立している企業という分類に入る。さて、あなたの会社では「ITガバナンス」は確立していますか。
 
「IT投資戦略」はaが弾力的であり、IT部門だけの立場から離れて「壁の向こう側」をみている証拠である。企業戦略全体の最適性を考慮した、「全体最適」が実現している。言葉を換えると、「ITガバナンス」が確立している企業という分類に入る。さて、あなたの会社では「ITガバナンス」は確立していますか。
 
IT投資は、企業内関係者と打ち合わせを行い合意に基づいた「全体最適」がベストの選択になる。日本企業ではどの程度まで事前の合意に従って、IT投資をしているのかをデータで検証したい。
 
(表1)企業内で合意のとれたIT戦略の策定状況(単位:%)
【出展】NTTデータ経営研究所編『CIOのITマネジメント』(2007年)
(備考)成功企業、失敗企業はアンケート調査で、IT投資への主観的な満足度を用いている。その結果、成功企業は34%、失敗企業は18%、平均的企業は48%の分布である。
 
(表1)を見て気づくのは「IT投資戦略」、つまりITマネジメントの確立していない企業が実に多い点である。「力を入れて実施している」と「実施している」合計が、成功企業は73.0%であるのに対し、失敗企業は14.3%しかない。平均的企業は48.6%である。成功企業と失敗企業は実に好対照である。その原因はどこにあるのか、である。
 
この調査では、その原因まで追究していない。多分、IT部門にあると見て良いであろう。経営者も業務担当者もIT戦略まで気が回らなかったのではないか。とすれば、IT部門責任者が関係者を集めて合意を得る、あるいは理解してもらうという、「根回し」を怠っていると見られる。CIOに不可欠な「コミュニケーション能力」不足である。
 
あるいは、経営者が一方的にIT予算を決める「あてがいぶち」であろうか。そうとすれば、それに唯々諾々として従い、「CIO」を名乗っているのであれば、内心忸怩たるものがあろう。それはそれで、同情を禁じ得ない。サラリーマンの悲哀であるからだ。
 
いずれにしても、IT部門から何らかの反応・意見を出すべきである。「IT投資戦略」とは、本来こういう性格を持っているのである。再三繰り返しているように、「IT投資」時代はこれが許されたが、「IT投資戦略」においては看過できないのである。
 
一般にCIOを設置している企業では、売上高に占めるIT支出(IT投資とIT経費の合計)の比率(「IT支出強度」)が高い傾向を示している。これはCIOを設置している企業だけに「IT投資戦略」の位置づけが明確化されている結果であろう。そこで先ず、製造業、小売業、金融・保険業の3業種(1542社で2003年度データ)の平均「IT支出強度」をみると、(表2)のようになっている。
 
(表2)IT支出強度(単位:%)
【出典】須藤修他編『CIO学』(2007年)
 
(表2)に示すように、平均値は2.05%である。全体の約85%の企業において、「IT支出強度」は3%未満であることを示している。前回の本連載では、製造業の売上高に占めるIT経費の割合を国際比較(日・米・韓)しているが、これによると日本では3%未満が71%であった。(表2)では、製造業の他に小売業、金融・保険業を加えているから、IT支出強度の3%未満が85%であるのは、ほぼ実態を示していると見てよかろう。下記のように金融・保険業の「IT投資強度」が高い結果である。
 
上記3業種別の「IT支出強度」の平均値は次のようになっている。製造業が1.4%、小売業が1.1%、金融・保険業が6.2%である。金融・保険業が高い比率を占めるのは当然であって、IT投資がなくては日常業務が進まないという業務特性を持っている。問題は、製造業や小売業の「IT投資強度」の平均値が1%台と低いことである。これは「IT投資戦略」が未熟である証拠でもあろう。
 
「IT支出強度」3%未満の企業群では、CIOが売上高経常利益率の向上に貢献しているという結果が出ている。さらに製造業、金融・保険業では、CIOを設置している企業の売上高経常利益率が高い点が明らかになっている。
 
試みに、貴社での売上高経常利益率を同業他社と比較されることをお勧めしたい。同業であれば、CIOが設置されているかどうかも、手に取るように把握しているはずである。「論より証拠」である。他社との比較において、CIOが企業業績向上へいかに貢献しているかを実感できるに相違ない。
 
アメリカのサブプライム問題に端を発する欧米中心の金融混乱は、欧米に止まらず世界中に拡散されている。今問われているのは、日本企業がこれにどう対応をするかである。数少なくなったビジネス・チャンスを、企業内部の人材とデータの活用によって、いかに利益へ結びつけるかという視点が問われている。IT経営戦略の優劣が明らかになる時期でもある。
 
社内に膨大なデータを保持するIT部門は、今やリアルタイム経営に徹して、迅速な戦略確定の一役を担う出番が与えられている。この事実に気づくべきであろう。CIOの力量が問われる機会が到来したともいえる。松下電器の元会長、高橋荒太郎氏は「問題意識を持ったら、半分は解決したのも同じ」と口癖にされていたという。CIOは単なるIT部門の保全管理責任者ではない。経営戦略の問題意識を持たねばならない理由がここにある。
 
次回は、「世界不況とCIOのインタンジブルアセット管理」について取り上げる。これは今回の「CIOとIT投資戦略」と不可分の関係にある。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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