CIOへの招待席

第1回 CIOはIT経営の「羅針盤」

概要

ミクロ的な視点から、ITを軸とする今後の企業経営のあるべき姿を実証的に論じていきます。

IT戦略に失敗している企業には、共通して次のような特色がある。
 
      1. トップがITに関して無関心であり、IT部門に対して「丸投げ」している。
        このケースでは、対外的な「見栄」が先行して、企業実体と不釣り合いなIT投資を行う。

      2. 中期的な導入計画を明示しない。
        IT投資や運用費用をその都度計上する。

      3. IT導入体制に合わせた社内意識の改革をしない。
        IT投資にはそれにふさわしい体制に組み替えなければならないが、そうした準備を整えない。

      4. 業務改革をしないでIT投資を行う。
        IT投資には当然、それに見合った業務プロセスの改革が不可欠だが、それを怠っている。
 
ここで上げた4つの特色は、いかに企業トップがIT投資に無関心かを示している。社内体制が不備のままで、IT投資を行っても効果を期待する方が無理というべきである。デジタル組織へと変革せずに「木に竹を接ぐ」ことでは、最初から成功は望むべくもない。しかもこんな状態で、CIOを設けている場合、IT投資の失敗はすべてCIOの責任に帰せられる。CIOこそとんだ「濡れ衣」を着せられた被害者であるが、世間ではそうは見ない。「無能なCIO」という評判を呼んでしまうのである。
日本にある数多の社長で、これまでIT関連の知識をどの程度持っているか、疑問である。かつて言われたことは、欧米の経営トップが海外出張しても、帰りの機内で自らパソコンを打ち報告書をまとめ、空港到着時にはできあがっている。一方の日本企業は、社に返ってから秘書が報告書をまとめるので、約1週間から10日の遅れを見ておかねばならぬ、と。日本のトップはパソコンに不慣れであることを、あたかも自分が高等な仕事をしてきた証のごとく考えている節がある。これはとんだ考え違いであり、パソコンの一つも操作できぬ社長は、今日のIT経営時代に資格がないと言ってよかろう。世の中はそれだけ「進化」しているわけだ。
 
(表1)CIOの設置状況の推移(単位:%)
【出典】経済産業省「平成18年 情報処理実態調査結果報告書」
 
(表1)は企業でのCIO設置状況を示したものである。平成17年で専任が8%、兼任32.5%、全くCIOがいないが約6割である。その理由は、平成17年で、「検討中」4.0%、「対応できていない」43.4%、「必要ない」44.6%、「社外コンサルタントを活用」8.1%である。「対応できていない」と「必要ない」は、合計で約8割にも達している。これらのデータが示す点は、日本の企業が口先ではIT戦略を云々しながら、社内体制はかくもお寒い限りであることを示している。
 
日本の経営者が「IT不感症」であるのは、欧米がタイプライター、日本は筆という歴史的な習慣の違いがあることも認めねばならない。タイプを使い慣れていればITに取り組むのは簡単であるが、「筆」派には難儀である。さらに、学校教育で「情報」関連授業が全くなかったことも影響している。平成15年春から高校で「情報A・B・C」のいずれかが必修科目となったものの、今の経営者には無縁の話である。まず現役経営者は、こうした教育を受けていなかったという、厳しい時代認識を持つべきである。
 
過去に得た知識(100%と仮定)が50%のレベルにまで落ちる期間は、義務教育50年、大学13年、ビジネス5年、IT3年とされている。高校を義務教育の延長と見れば、「情報教育」を最初から受けたことのない人間には、ITへの認識を持つことは相当のハンディがあるはずである。そのことの認識を欠いて、IT時代の経営者が務まるはずがないであろう。
 
CIOへの正しい認識といえば、その役割は何かを明確にしておく必要がある。これが曖昧であるから、「盲腸」といったとんだ暴論が出てくる背景がある。つぎの定義はカール・D・シューベルトによる。「CIOは『イネーブラー:実現する人』として働く。組織内でITサービスを提供する人々はもちろん、そのITサービスを利用する組織内ユーザーを成功させることである。サービスの提供とこれを利用する両者は互いに依存関係にあり、その関係を有効に『イネーブル』するのがCIOである」という。
 
この定義は簡にして要を得たもので、CIOをして組織内でのITに関する「イネーブラー」という認識である。そして彼は、次のように言葉を続ける。「CIOはCEO(最高経営責任者)やCFO(最高財務責任者)などに期待される『三つの業績』で企業の成功に貢献する。すなわち、『戦略のパート-ナー』・『戦術の実行者』・『ニーズに応える支援者』の三つである」。IT経営の戦略を展開する上で、CIOの重要な位置を示している。
 
シューベルトの指摘を繰り返すと、CIOはCEOやCFOと協力して、企業戦略策定のパートナーであり、その戦術を実行し、かつ、社内での種々のIT関連ニーズに応える支援者でもある。CIOに、CEOやCFOと並んで、なぜ”C”が着いているかといえば、現代の企業経営に不可欠であることを物語っているからだ。
 
こうしたCIOの持つ役割に対して、日本ではどこまで対応しているかである。(1)企業戦略を決定するときにIT部門がそれに参加しているか。(2)戦術実行に当たりIT部門は主役になっているか。(3)日々の経営過程で生まれるニーズに対して、IT部門は的確に対応しているかである。これら三つに参加していないCIOであれば、お気の毒だが「名ばかりCIO」である。
 
CIOに求められる能力は、次の三つである。
(1)技術のスキル、(2)ビジネスの能力、(3)経営の専門知識である。この三つを並列すると、一体、CIOは「経営」か「技術」かのどちらかという疑問が出てくるであろうが、結論は「経営」であり。しかも、「技術の分かる経営」という複層的なものである。
 
「CIOに向く適性はどんなものか」を、独立行政法人情報処理推進機構が示している。ここに参考までに上げておく。
 
      1. 「心配性である」。常に何事にも問題意識を持つ。
      2. 「人とのネットワーク、人間が好きである」。意見を言ってもらえる環境を作る。
      3. 「コンピュータに対して興味と期待を持っている」。率先して行わなければならない立場であることを理解している。
      4. 「変化を好む人、保守的な人は難しい」。半分可能性があればやってみることが重要。
      5. 「ケチであること。もったいないと思うことが大切」。コストパホーマンスが必須。
      6. 「将来設計が描けること」。自分がどうしたいということより、会社をどうしたいかという意識が必要である。
      7. 「親近感を持たれるコミュニケーション能力を持つ」。従業員が親近感を感じないCIOには、何も言ってくれない。自分から従業員に声をかけるべきである。
 
これら7項目を子細に見ると、CIOには格別の能力を要求されているわけでない。どの職場でもリーダーになるには不可欠な要件ばかりである。あえて言えば、IT技術を理解しており、かつマネジメント能力があれば、CIOは誰にも務まるということである。平成17年にCIOを設置していない理由として「対応できていない」が4割強もあった。これは「社内にIT人材がいない」という意味だが、企業の口実と見られる。CEOがCIOを設置する気持ちがないことを、問わず語りに示しているに過ぎない。
 
(表2)CIOが統括する業務
【出典】独立行政法人 情報処理推進機構(2006年)
 
先に示した、シューベルトのCIOに期待される三つの業績である、「戦略のパートナー」、「戦術の実行者」、「ニーズに応える支援者」は、(表2)によると、次のようになろう。「戦略のパートナー」は、(1)、(2)が該当。「戦術の実行者」は、(1)、(4)、(5)、(7)、(8)、(9)が該当。「ニーズに応える」は、(3)、(6)が該当するであろう。このように当てはめてみると、CIOの統括する業務は、シューベルトの要約する「三つの業績」に収斂することが分かる。
 
本連載は、次のような内容になる。
 
      1. CIOはIT経営の「羅針盤」
      2. IT文明とCIOの役割
      3. IT先進企業にみるCIOの役割
      4. 企業の時価総額と「CIO力」
      5. CIOのIT投資戦略
      6. CIOのインタンジブル・アセット戦略
      7. CIOと内部統制政策
      8. CIOが左右する日本経済

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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