CIOへの招待席

第4回 企業価値を左右する「CIO力」

概要

ミクロ的な視点から、ITを軸とする今後の企業経営のあるべき姿を実証的に論じていきます。

CIOが企業において果たす理念は、これまで3回にわたる連載でほぼ言い尽くした。今回は具体的にCIOが行動した場合、どのような経済効果をもたらすのかについて、考えたい。お題目ばかり唱えていても、CIOが実際に産み出す「果実」を提示しないかぎり、納得はしていただけないと思うからである。
 
最近、「企業価値」という言葉がいろんなところで言われるようになった。これの意味するところは、次のようなものである。「会社全体の経済的価値」。これはすぐに理解できる。企業活動が慈善行為でなく、いかに多くの経済価値を生み出すかにかかっている。それでは具体的にどんな内容なのか。企業が将来にわたって生み出す、キャッシュフローの現在価値(将来発生するキャッシュが現時点でどのくらいの価値があるかを判断する指標)が、「企業価値」である。
 
この説明ではわかりにくければ、こういう意味である。企業が将来産み出すキャッシュフローを予想して、それを現在価値に換算したものが、企業価値ということになる。メーカーを例に取ると、普通は、研究開発・製造・営業の三部門が企業内で重視されるが、ここで重要になるのは、CIOがしっかりと、それぞれの部門で定位置を占めるのはもちろん、さらに会社全体の生産性を引き上げる役割を果たす点である。
 
ここで再度問われることは、単なる「IT技術者」が各部門に配置されて、コンピューターが正常に動いているか否かをチェックしている監視役程度では、CIOとは呼ばないのである。そうではなくて、企業の「IT戦略」がしっかりと「経営戦略」に組み込まれ、企業トップの”C”(CEOなどと共に)の役割をする限り、そのIT部門の責任者をCIOと呼ぶ。この点を明確にしておきたい。
 
余談はさておいて、本来のCIOが企業価値を左右する「縁の下」的な役割を担っている。建物と一緒で「土台」がしっかりしていなければ、その建造物の安定性は維持できない。CIOは、企業価値を高めるべく次のような役割が課されている。つまり、IT投資とそれを効率的に運用するための「デジタル組織」が備わっているか、というチェック機能である。
 
いくらIT投資を行っても、それだけでは企業価値が高まらない厳然たる事実が、アメリカの最新研究で確認されている。CIOが企業価値向上にとって「水先案内人」としての見識を持っているか、どうかである。上記の事実を、もう一度、「方程式」に示すとこういうことである。
 
「企業価値の向上」=「IT投資」×「デジタル組織」
 
「IT投資」については日本・アメリカ・韓国三カ国の国際比較があるので示しておきたい。ただ、このデータではIT経費額を売上高で割って、その比率を算出している。理論的には、従業員一人あたりのIT経費額でないと意味がない。その理由は、従業員一人あたりのIT経費額が「IT装備費」として産業を超えた、有意義な比較が可能になるためである。
 
(表1)製造業のIT経費額の売上高に対する比率(単位:%)
【資料】独立行政法人 経済産業研究所
「IT戦略と企業パフォーマンスに関する日米韓の国際比較」(2007年3月)
 
(表1)を見ると、アメリカのIT投資に対する積極さがよく現われている。日本は韓国をわずかに上回っている程度であり、アメリカとの差は歴然としている。3%未満以下を合計してIT投資に対する「消極性」を見ると、日本は71%、アメリカ53%、韓国79%である。逆に「積極性」を5%以上(10%以上を含む)で見ると、日本11%、アメリカ25%、韓国6%である。
 
「量は質に転化する」という言葉がある。量が増えると質的変化をするという意味であるが、事実、アメリカでは経営組織を従来の「アナログ組織」から「デジタル組織」へと進化させている。「アナログ組織」とは、ピラミッド状態の階梯式の組織を指すが、今日のIT経営時代では、「デジタル組織」に転換しなければ、IT投資効果が期待できぬ時代になっている。「新しい酒は新しい革袋に詰めよ」という言葉どおりである。
 
「デジタル組織」とは何を指しているのか。これには「七つの原則」があって、エリック・ブリニョルソンにより次のように説明されている。
 
    1. 最低限必要な条件は、アナログからデジタルへの業務プロセスの移行である。
    2. 意思決定責任とその決定権を分散する。
    3. 社内の情報共有は必須条件である。
    4. 年功序列でなく個人の業績に基づいた報奨制度とリンクさせる。
    5. 利益の源泉にならない製品ラインを廃止し、少数の主力製品に事業を絞り込む。いわゆる「選択と集中」である。
    6. 最高の人材を採用する。
    7. 社員教育や研修にもっと費用をかける。
 
これら七項目を「デジタル組織」というのだが、一瞥して、「この程度ならばわが社にも可能」という印象を持たれたのではあるまいか。
 
1.の「最低限必要な条件は、アナログからデジタルへの業務プロセスへ移行させる」は、今どきピラミッド方式を採用している企業が存在しているのであろうか。もしもそういう企業だとすれば、「企業価値」向上は全く通用しないことになる。この場合は、先ず企業組織の大手術が先行する。
 
次は、2.の「意思決定責任とその決定権を分散することである」が、これは意外と実行されていないようである。完全なデジタル組織であれば、2.の実現はそれほど難しくはあるまいが、中途半端であると、社員への権限分散化は困難になる。意思決定責任とその決定権分散は、社員に「やる気」を起こさせて、自己を「企業の歯車」意識から脱却させる原動力になる。「指示待ち社員」から「積極社員」への脱皮が可能になるのだ。
 
3.の「社内の情報共有は必須条件である」。これはIT戦略では基本中の基本である。「デジタル組織」がめざす目標の一つに加えられるのは当然である。4.の「年功序列でなく個人の業績に基づいた報奨制度とリンクさせる」ことも重要である。年功序列は「アナログ組織」の遺物である。これを見直して業績に基づく賃金体系は必要であろう。5.6.7.は現代経営において「常識」である。
 
結局、1.2.3が実現できれば、後は比較的容易に実現できるであろうが、問題は、CIOにこれらを実施する権限がないことである。CEOが実際の「仕切り役」になるが、これらを働きかけるような先見性のあるCIOでなければ、ただの「IT技術者」段階で止まってしまう。
 
IT部門として最大の意義を、日々のIT業務が円滑に故障もない進捗においているようでは、真のCIOとはいえない。それは「IT技術者」レベルの認識であり、絶対にあってはならぬことだ。あくまでもCIOしての役割の実現を最終目標にしなければ、「企業価値の最大化」は夢のまた夢となろう。
 
次の言葉は、ある日本企業の情報システム担当役員の述懐である。「社内を見渡すと、情報システムには膨大なデータが蓄積されている。実務プロセスが分かっていて、データとシステムを扱っている情報システム部門は経営(CEO)にインパクトを与える上で、最も近い部署である」。
 
「情報システム部門はたとえ名前はどうあろうとも経営の中に深く入り込んで、さらに経営自体と密着しなければ本来の役割を果たすことができない。膨大なデータを処理し蓄積している部門であるから、経営判断に不可欠な情報を事前に把握できる」。このデータを活かし、CEOに対して経営戦略の提言がなければ、宝の持ち腐れになる。
 
ここでの指摘は、CIOのあるべき姿を雄弁に物語っている。もはやこれ以上の説明は必要あるまい。
 
次回は、「CIOのIT投資戦略」について取り上げる。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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