幸福度を向上させるサービスマネジメント ~ISO/IEC 20000-1:2018 の国際規格について~

第二回 サービスマネジメント(SMS)の幸福度とは何か

概要

これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。

 今回は、サービスマネジメントの求める幸福度に関与する企業価値や“企業や組織、そして個人の存在意義=パーパス“ について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。サービスマネジメントの仕組みを中心に考えてしまいがちですが、幸福度を追求するためには、マネジメントシステム自体を動かしていく”人“のフォーカスすることも重要です。
 仕事の目的や向き合い方によって、使命感に変化が生じて、その変化は達成感の充実につながることを前回にお話ししてきました。人それぞれの考え方で、幸福度の感度の強弱や中身の濃淡が明確な差として現れるのです。人には寿命があって限られた人生なのですから、“やらされ感”や“義務感”ではなく、自らの意志で行動することにより、意図した成果を得たり、それによって企業や組織の一員として存在が認められ、社会と共生しながら貢献できたらとても幸せですよね。


図1.サービスマネジメントの幸福度は社会との共生から

 その前提として、「自らの仕事が人々の未来や人生につながっている」という幸福感に包まれる瞬間として、私たちの仕事は、どんな業種であれ、社会との共生の上に成り立っていることを前回のコラムでお話ししました。
常にやりがいや働くことへの喜びを感じることができることこそ、サービスマネジメントに重要な要素であるエンゲージメントを高めていくことにつながります。その例として石工の逸話を用いて、自らの存在意義を明確にすることが必要なことと、その有用・有益な手段の一つとしてパーパスがあります。
 このパーパスの追求こそが使命感の達成による「幸福感・幸福度の向上」につながると考えています。このサービスマネジメントの求める幸福度に直接に関係する「社会との共生」、“企業や組織、そして個人の存在意義=パーパス“ について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

目次
1.なぜエンゲージメントなのか。企業価値とCSとESとは
2.そしてエンゲージメントへ。
3.パーパスの登場とMYパーパスの必要性

1.なぜエンゲージメントなのか。企業価値とCSとESとは

 企業価値を高めるということは何か・・・システム管理者の皆さんも日頃の実務を精力的にこなしながらも、一方でその実務は企業価値を高めることに直接的につながっていることを忘れてはいけません。この企業価値が高いと、一般的に市場からも高く評価され、さらなる投資意欲を駆り立て、企業を含めた社会の活性化につながります。その結果として、企業の経営基盤、社会そのものが安定するという好影響・好循環をもたらすことは言うまでもありません。但し、ここで申し上げた企業価値は、一般的に「収益力」であったり、「ROI=投資収益率」など、稼ぐ力を好転させることにより、企業の財務状況を改善することに貢献するものです。これも大切な企業価値ですが、今の時代にあって大切な企業価値の要素に「エンゲージメント」もあるのです。
 ここでエンゲージメントと聞いて、従業員満足(=ES)との違いは何だろうと思う浮かべる方もいらっしゃると思います。私も過去に担当したシステム運用管理システムのスキームにCS/ESを組み入れて取り組んだことがあります。このあたりについて過去を振り返りながら整理してみましょう。
 私はサービスマネジメントの国際規格であるISO/IEC20000-1を適用する以前にITIL®v2ベースによる公共性の高い保険ビジネス向けのシステム運用管理部門を担当したことがあります。まさにサービスマネジメントの登竜門に位置する取り組みでした。このシステム運用管理システムのスキームの方針として大切にしていたことが、CSとESの向上です。既にご存知の方も多いと思いますが、CSとは、Customer Satisfactionの略で「顧客満足」、ESとは、Employee Satisfactionの略で「従業員満足」のことです。私が導入した初期のシステム運用管理システムは、システムの安定的な提供に関する品質向上は手段として、このシステムが提供するサービスの利用者の満足度の向上とシステムの安定化に参加するメンバーの満足度を上げることを目的としていました。特にこだわった点は、顧客満足となるCSの向上には、従業員満足=ESなくして成立しないと考え、メンバー一人ひとりの満足度を向上させたい一心でした。でも、今考えると、この”満足”のために実施したことは、プロダクト系の整備や充実、働きやすい環境の改善、人間関係への配慮など、システムサービスの提供という実務に対して、直接的に関与するものではありませんでした。私の解釈したESは、従業員としての満足であり、”人間の本質的な心の満足”には遠く及ばないもので、一方的な”満足”の押し付けになっていたのではないかと反省しています。

 

2.そしてエンゲージメントへ。

 エンゲージメント(engagement)とは、私の手元にある辞書で引くと「契約」とか「約束」、「誓約」などを意味する言葉が出てきます。さらに、組織に対する「強い愛着」であるとか、「深い思い入れ」などの意味でも使われています。エンゲージメントとは、満足度の向上に留まらずに自発的な貢献意欲が高まることにより、自らの能力を発揮しながら、その役割を能動的に果たしていくものです。従業員の満足がGOALではなく、自らが能動的な活動により成果を収め、その成果が企業価値を高めることに繋がり、社会に貢献していることを自分自身が確実に感じることができると考えています。このことは、単なる満足に留まることなく、自らの存在価値を明確にしながら人間本来の欲求に応えていくものと言うことができます。けっしてESを否定するわけではありませんし、CSとESの関係性を追求し、組織運営あるいは企業経営のなかで、その使命を立派に果たしているものもあると思います。しかしながら、サービスマネジメントを実装し実践するためには、自発的な貢献意欲が必要ですので、エンゲージメントの存在は極めて重要ですし、エンゲージメントそのものを向上させることは必要不可欠と考えています。

 

3.パーパスの登場とMYパーパスの必要性

 「パーパス(Purpose)」は、一般に「目的、意図」と訳される言葉です。皆さんも最近は耳にする機会が増えていると思います。経営戦略やブランディングのキーワードとして用いられることが多いのですが、「存在意義」のことを意味しており、企業や組織、個人が何のために存在するのかを示しています。自分自身や属する企業や組織が「何のために存在しているのか」という極めて重要なことに対して、システム管理者という尊いお仕事に就いていらっしゃる皆さんだからこそ、ここは自信をもって自らの言葉で語れるようにしていただきたいと思います。


図2.パーパスとMYパーパス、組織の方針・戦略との関連

 このパーパスを考えるうえで重要なことは、企業や組織にはパーパス=存在意義が必ず存在するとともに、その企業や組織に属するメンバー一人ひとりにもパーパスが存在していること。そしてメンバー一人ひとりが、その企業や組織のパーパスを実現する主役であるとともに自分の人生あるいは働く意義である「MYパーパス(=自らの存在価値)」に真摯に向き合うが大切です。そのうえで、メンバー一人ひとりが自身の「MYパーパス」と「企業や組織のパーパス」の重なりについて考え、外部からの刺激ではなく、内部から自然と起こるさまをいう内発的な動機に基づき、エンゲージメント高く働くことが、結果として、企業や組織のパーパス実現に繋がっていくのです。
 次にMYパーパスの作成・定義について考えていきましょう。MYパーパスとは、自分自身はどのような人間なのか、自分にとっての幸せとは何か、自分自身が人生において成し遂げたいことは何か、といった「自分自身の人生の意義や目的」あるいは「働く意義」を指しています。
MYパーパスを考える上で、まずは自分自身の人生・キャリアを「WANT(内発的動機)」、「MUST(社会的責務)」、「CAN(保有能力)」の3つの観点で見つめていただき、それらの重なりを見つけながら「MYパーパス」を考える方法が一般的です。

 この3つの観点のポイントは図3にもあるように、


図3.MYパーパスの成り立ち

①WANT(~したい!)とは
これまでの人生や仕事において、もっとも自分の心が動く(ワクワク感や夢中になれること、
やりがいや楽しい)瞬間の事柄をまとめてみる。
②MUST(~すべき!)
これまでの人生や仕事の経験、ニュースの中で悔しかったこと、怒りを覚えたこと、憤りを
感じたこと、悲しかったことなどをまとめてみる。
③CAN(~できる!)
これまでの人生や仕事の経験の中で運命が与えた能力は何か?これまでの経験値は”できる財産”として 
まとめてみる。

 これらの3つの観点をまとめて、その重なりを【MYパーパス】とします。MYパーパスの一つの例として、お示しすると、
『保険ビジネスを通じて社会や個人の暮らしの安心・安全に貢献するとともに、関係する組織やメンバーの成長を優しく後押しできる人格を有し、地域の社会的な課題に対しても率先して解決に関わることで、時代の記憶に残る、誇りある人としての生き方を追求します。』
このような感じです。このMYパーパスは仕事の実現だけを目標としているわけではありません。私たちは仕事に携わっている時間以外は、社会や地域の一員としての役割もあります。まさに人としての生き方に通じるものであり、内発的動機付けにつながるものです。

 幸福度の向上を実現するサービスマネジメントの主役は、参加するメンバー一人ひとりです。人そのものなのです。
企業や組織の存在価値であるパーパスを実現するための手段のひとつとして、サービスマネジメントは存在しています。そしてサービスマネジメントに参加するすべてのメンバーが「MYパーパス」と「企業・組織のパーパス」を重ね合わせて働くことで、内発的な動機に基づき、日々チャレンジしながらエンゲージメント高く働くことができるのです。さらに多様なMYパーパスをもつ個性が集うことで、新たなイノベーションが生み出され、「企業・組織のパーパス」の実現につながっていくと考えています。

 次回は、いよいよサービスマネジメントの国際規格であるISO/IEC20000の成り立ちとともにISO=国際規格について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

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筆者紹介

岸 正之(きし まさゆき)
SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。

【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/

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