概要
これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。
今回は、人材育成に関する力量の中でも、より具体的な育成機会に利用するスキルフレームワーク、スキルマトリクスを中心にお話を進めてまいります。
幸福度を向上させるサービスマネジメントに欠くことのできない要員の力量に関する取り組みを進めるうえで、図1.サービスマネジメントの人材面における力量の体系イメージを示させていただきました。その中核になる部分にスキルフレームワークが位置しています。このスキルフレームワークはメンバーがサービスマネジメントの活動に必要なスキルを定義しています。そのサービスマネジメント活動に必要なスキルをメンバーそれぞれが測定し、現状の力量を可視化します。力量を可視化して、不足となるスキルが存在している場合には、その項目が育成必要点になり、多数な場合には優先順位を適切につけながら、人材育成の具体的な取り組みにつなげていきます。
図1.サービスマネジメントの人材面における力量の体系イメージにあるとおり、「人材像定義」、「人材像スキルセット」、「標準的な人材像キャリアパス」をインプットにして、具体的な育成施策につながる重要なポイントとなります。
図1. サービスマネジメントの人材面における力量の体系イメージ
- 目次
- 1.スキルフレームワークに必要性と構成について
- 2.能力開発を支援するスキルマトリクス・育成の実践について
- 3.スキルフレームワークとスキルマトリクスを用いた人材育成:組織の競争力強化への道とは
1.スキルフレームワークに必要性と構成について
幸福度を向上させるサービスマネジメントにおけるスキルフレームワークは、組織全体の能力向上と、個々のメンバーの成長を促進するために不可欠なツールとなります。組織が事業を遂行する上で必要となる知識やスキルをサービス提供のための一枚の表のようなもので、必要なスキルを体系的に整理し、レベル分けすることで、メンバーの今の状況を的確に把握し、スキル開発を促進して、組織全体の幸福度を向上させるためのサービスマネジメント能力の向上を図ることにつながります。
(1)スキルフレームワークの必要性について
まずはスキルフレームワークの必要性から見ていきましょう。現代の社会環境を支えるITサービスは、かつてないほど複雑化し、高度化しています。生成AIをはじめクラウドやサイバーセキュリティなど、常に新しい技術やサービスが登場し、その変化のスピードも速くなっています。このような状況下では、従来の経験や知識だけでは対応が難しく、組織全体で知識のアップデート、適切なスキルアップを図ることが求められます。
このスキルフレームワークは、組織が必要とするスキルを動的に変化させながら、今の時代に合ったスキルを明確化し、メンバーのスキルレベルを可視化することで、人材育成上の有益な効果を生み出すことができます。
[人材育成上の有益な効果]
①人材育成の効率化につながります
必要なスキルを明確にすることで、無駄な研修やトレーニングの機会を削減し、効率的に人材育成を進めること
ができます。例えば、組織全体でサイバーセキュリティスキルが不足していることが判明した場合、サイバーに関
する研修を重点的に用意し実施することで、効率的な人材育成が可能になります。
②適切な人材配置の助けになります
メンバーのスキルレベルを把握することで、適切な人材を適切な業務や組織に配属するための意思決定のための重要な情報となります。例えば、高度な技術スキルを持つメンバーを、高度でミッションクリティカルなITサービスを提供する組織のキーマンに配置することで、品質の向上を促し、ビジネスに貢献するサービスマネジメントを実践する成功率を高めることができます。
③キャリアパス設計に役立ちます
メンバーのスキル開発の目標を明確にすることで、キャリアパスの設計を支援することができます。例えば、メンバーが将来にむけて特定の専門分野のスペシャリストを目指したいと考えている場合、スキルフレームワークに基づいて、必要なスキルを修得するための具体的なロードマップを作成することができます。
④組織全体の能力向上に寄与します
メンバーのスキルレベルを向上させることで、組織全体の能力を高めることにつながり、競争力の強化に寄与します。例えば、組織全体で顧客対応スキルを向上させることで、顧客満足度を高めることができて、顧客との良好な関係構築を促進することができます。
(2)スキルフレームワークの構成について
スキルフレームワークは、一般的に以下の要素で構成されます。
①スキルカテゴリー
サービスマネジメントに必要なスキルを、共通のカテゴリーに分類します。例えば、技術スキル、コミュニケーションスキル、マネジメントスキル、ビジネススキルなどです。技術スキルには、プロダクト類が該当し、ハードウェアやソフトウェア、ネットワーク、セキュリティ、クラウドコンピューティングなど、サービスに必要なプロダクト群の様々な分野が含まれます。コミュニケーションスキルには、プレゼンテーション、交渉力、顧客対応など、ヒューマンに関係する様々なスキルが含まれます。マネジメントスキルには、プロジェクト管理、チームワーク、サーバントを代表とするリーダーシップなど、様々なスキルが含まれます。ビジネススキルには、幸福度を向上させるための顧客や社会に貢献するための業務など、様々なスキルが含まれます。
②スキルレベル
各スキルのカテゴリーを、基礎レベル、応用レベル、専門レベルなど、組織の実状に合った形で複数のレベルに分けます。レベル分けは、スキル修得の段階や難易度、業務への貢献度などを考慮することが望ましいと考えます。例えば、サービスマネジメントスキルであれば、基礎レベルではサービスマネジメントの基本的な知識や運営の基本を理解していること、応用レベルではサービスマネジメントの改善や直接的な運営の推進者として活躍できること、専門レベルではサービスマネジメントの設計や構築、マネジメントレビューや内部監査などの主要イベントを管理できることを指します。
③スキル二次元テーブル
各スキルカテゴリーとレベルを関連性に基づいて二次元(縦・横)のテーブル上に配置します。これによりスキル間のつながりを可視化することが可能となり、どのスキルを修得すれば、より高度なスキルを身につけることができるのかを理解することができます。
④スキル定義
各スキルについて、具体的な内容や求められる能力を明確に定義します。これにより、スキル修得の目標を明確化し、育成内容を具体的に把握することができます。例えば、サービスマネジメントスキルであれば、基礎レベルではサービスマネジメントの基本的な知識や運営の基本スキル、応用レベルではサービスマネジメントの改善や直接的な運営の推進者として役割が遂行できるスキル、専門レベルではサービスマネジメントの設計や構築、マネジメントレビューや内部監査などの主要イベントを管理・運営できるスキルを具体的に定義します。
⑤評価基準
各スキルレベルを評価するための基準を設けることが望ましいと考えます。スキルを定義しても育成後の評価ができないからです。この基準により育成で重要なスキル修得の進捗状況を客観的に評価することができます。
(3)スキルフレームワークの活用方法
スキルフレームワークは、以下の目的で活用することが可能となります。
①自己理解とキャリアプランニングの機会として
メンバーは、スキルフレームワークを活用することで、自分のスキルレベルを客観的に把握し、不足しているスキルを明確に理解することができます。また、将来どんなスキルを身につけるべきか計画を立て、キャリアアップのための育成目標を明確に設定することができます。例えば、メンバーが自分のスキルレベルが基礎レベルであることを認識し、応用レベルのスキルを修得したいと考えている場合、スキルフレームワークを活用して、応用レベルのスキルを修得するための具体的な育成計画を立てることができます。
②スキル開発を効率化する機会として
必要なスキルを明確に把握することで、無駄な育成を避け、効率的にスキルアップを図ることができます。また、スキルテーブルを活用することで、関連するスキルを体系的に育成し、より深い理解を得ることができます。
③組織全体の能力向上の機会として
スキルフレームワークの必要性にも記させていただきましたが、組織がスキルフレームワークを活用することで、人材育成の効率化、適切な人材配置、メンバーのモチベーション向上といった効果が期待できます。例えば、組織全体でサービスマネジメントスキルを向上させるために、スキルフレームワークに基づいて、サービスマネジメントの必要なスキルを身に付けるための育成の機会である研修プログラムを開発し、メンバーに提供することができます。
スキルフレームワークは、組織全体の能力向上と、個々のメンバーの成長を促進するための重要なツールとなるものです。適切なスキルフレームワークを導入・運用することで、サービスマネジメントの質を高め、顧客満足度向上に貢献することが大いに期待できるのです。
2. 能力開発を支援するスキルマトリクス・育成の実践について
図2. スキルマトリクスによる計画的な人材育成の例
スキルフレームワークをスキル定義とするならば、スキルマトリクスによる人材育成は実践フェーズということなります。個人別プロファイル/人材育成スキルマトリクスによる計画的な人材育成スタイルは、個々のメンバーの能力を最大限に引き出し、組織全体の目標達成に貢献する効果的な方法です。
個人別育成プロファイル/人材育成スキルマトリクスとは、個人別「成長」の記録とキャリアデザイン・パスとキャリア別の能力開発目標(育成必要点)を設定し、個人別の育成計画・実施・評価・フォローするためのツールとなります。
内容的には、以下のとおりです。
・職務経歴の記録
○担当職務経歴の洗い出し、何の業務をどのレベルで担当・遂行した記録です。
・職務(役割)要件の細分化
○サービス仕様・職務を構成する知識・技能の細分化⇒育成目標の具体化を実現するものです。
・育成目標の優先付け
○育成順序・優先順位・達成時期等の設定 ⇒育成の効率化・適正化を実現するものです。
・達成度のレベル化
○知識・技能の修得レベルの細分化 ⇒育成必要点を明示するものです。
この個人別育成プロファイル/人材育成スキルマトリクスの実践方法を以下に示します。
(1)個人別プロファイルを作成しましょう
人材育成の対象メンバーの個人別プロファイルを用意しましょう。
①対象者の情報を収集します
1on1の面談や個別のアンケート、保有能力の確認テスト、過去の評価記録、自己申告、希望するキャリアパスなどを通じて、対象メンバーの能力、スキル、経験、目標、強みや弱み、興味や関心ごとなどを収集します。
②情報を分析します
収集した情報を分析し、メンバーの現状を把握します。例えば、強みと弱みを分析し、伸ばすべきスキルや克服すべき課題などを明確にします。
③プロファイルを作成します
分析結果に基づいて、メンバー一人ひとりの個人別プロファイルを作成します。プロファイルには、氏名、職種、所属部署、スキルレベル、経験、目標、強み、弱み、興味や関心ごと、これからのキャリアパスなどを記載します。言わば、カルテのような存在となります。
(2)個人別の育成計画を策定しましょう
①スキルギャップを分析します
個人別プロファイルとスキルフレームワークから導き出された人材育成スキルマトリクスを照らし合わせ、メンバーのスキルレベルと組織が必要とするスキルレベルのギャップを分析します。
②育成目標を設定します
スキルギャップ分析に基づいて、メンバー一人ひとりの育成目標を設定します。目標は、SMART(Specific、Measurable、Achievable、Relevant、Time-bound)に設定することが重要です。SMARTとは、Specific(具体性), Measurable(測定可能), Achievable(達成可能), Relevant(関連性), Time-based(期限)の頭文字をとったものです。
③育成プログラムを選定します
育成目標達成のために、適切な育成プログラムを選択し、研修、OJT、ジョブローテーション、資格取得支援など、様々な方法を組み合わせます。
④育成計画書を作成します
育成目標、育成プログラム、スケジュール、評価方法などを盛り込んだ育成計画書を作成します。
(3)育成の実施と結果を評価します
①育成プログラムを実施します
計画に基づいて、育成プログラムを実施します。進捗状況の確認: 定期的に育成の進捗状況を確認し、必要に応じて計画を修正します。
②評価を実施します
育成終了後、目標達成度やスキル修得状況を評価します。評価方法は、試験ができれば望ましい姿です。知識や実技の試験、育成担当者や上長の評価、自己評価など、様々な方法を組み合わせることが多面的で望ましい姿です。
③フィードバックを提供します
評価結果に基づいて、メンバーに育成結果をフィードバックします。フィードバックは、具体的な事例を挙げながら、改善点や今後の目標などを明確に伝えることが重要です。
(4)定着のための継続的な見直しと改善です
定期的に個人別プロファイル、人材育成スキルマトリクス、育成計画を見直し、必要に応じて修正します。メンバーからのフィードバックを収集し、育成プログラムの改善に役立てることが重要です。また、最新技術や市場動向への対応について常に把握し、育成プログラムに反映します。
(5)計画的な人材育成スタイルのメリット
個人別プロファイル/人材育成スキルマトリクスによる計画的な人材育成スタイルは、以下のメリットがあります。
個々のメンバーの強みと弱みを理解し、適切な育成プログラムを提供することで、メンバーの能力開発を促進します。また、必要なスキルを持った人材を育成することで、組織全体の目標達成に貢献します。そして幸福度を向上させるためには、メンバー一人ひとりの目標設定と育成計画により、メンバーのモチベーション向上に対して徹底的にこだわりましょう。そして、計画的な人材育成により、無駄な研修やトレーニングを削減し、人材育成の効率化を図ります。この方法を実践することで、メンバーの能力開発を促進し、組織全体の競争力強化に貢献することが可能となりますね。
3.スキルフレームワークとスキルマトリクスを用いた人材育成:組織の競争力強化への道とは
現代社会において、企業・組織は競争力を維持し、持続的な成長を遂げるために、人材育成に力を入れることが不可欠です。特に、変化の激しいIT分野、ITサービス分野においては、個々のメンバーの潜在能力を最大限に引き出し、育成していくことが重要となります。スキルフレームワークとスキルマトリクスを用いた人材育成は、この課題解決に有効な手段と考えています。
スキルフレームワークは、組織が必要とするスキルを体系的に整理し、レベル分けすることで、人材育成の方向性を明確にします。一方、スキルマトリクスは、メンバーのスキルレベルを可視化し、育成目標を設定するためのツールです。これらのツールを活用することで、組織は人材育成の戦略を明確化し、メンバーの能力開発を促進することができるのです。
そして、スキルフレームワークとスキルマトリクスを用いた人材育成は、以下の効果をもたらすことができます。
①組織全体の力量を向上させます
必要なスキルを持った人材を育成することで、組織全体の力量を高め、安定したITサービスの提供に寄与して競争力を強化します。
②人材育成を効率化します
必要なスキルを明確にすることで、無駄な研修やトレーニングを削減し、人材育成の効率化を図ることができます。時間も費用も限られた資源です。無駄遣いはできません。
③メンバーのモチベーションが向上します
メンバー一人ひとりの目標設定と育成計画により、メンバーのモチベーション向上に繋がります。
④人材の定着率の向上が期待できます
メンバーの能力開発を促進し、キャリアパスを明確にすることで、メンバーの定着率の向上に貢献します。
スキルフレームワークとスキルマトリクスは、単独で機能するものではなく、相互に連携することで、より効果を発揮するものです。これらのツールを活用することで、組織は人材育成の戦略を明確化し、メンバーの能力開発を促進することで、持続的な成長を実現することができると考えます。そして幸福度を向上させるサービスマネジメント活動をけん引する力量を有し、常に発揮できる力を持つことができるのです。
次回も箇条6.SMSの支援の中から、コミュニケーション/文書化について話を進めてまいります。
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筆者紹介

SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。
【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/
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