幸福度を向上させるサービスマネジメント ~ISO/IEC 20000-1:2018 の国際規格について~

第八回 ISO/IEC 20000-1:2018の箇条構成_4組織の状況について【後編】

概要

これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。

幸福度を向上させるサービスマネジメント-第7回に続いて、箇条4の組織の状況が、パーパスや企業の戦略や事業目標とどのように関係しているか、変化・変革に正しく向き合うことの大切さを確認しながら、その攻略的な面も含めて確認してまいりましょう。

目次
1.箇条4の攻略は、変化・変革と正しく向き合うこと
2.箇条4 組織の状況のまとめ

1.箇条4の攻略は、変化・変革と正しく向き合うこと

 箇条4は、適用範囲の組織、顧客を含むステークホルダーの状況、要請やニーズ・期待など、マネジメントシステムの意図した成果を得るためのスコープと適用する範囲を決定する重要な箇条です。
 そのためには組織や顧客、ステークホルダーを取り巻く環境変化を確実に捉えることが必要です。


図1. 変化・変革に正しく向き合うためのサービスマネジメント

 図2の変化・変革に正しく向き合うためのサービスマネジメントにあるように、今は先が見通せない時代と言われて久しいのですが、皆様の取り巻く環境はいかがでしょうか。
 VUCAの時代と言われて久しいですが、VUCAは一言でいうと「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」を意味します。元々は1990年代後半の軍事用語で用いられた言葉ですが、2010年代に入ると、昨今の変化が激しくて先行き不透明な社会情勢を指して、日本におけるビジネス環境においても急速に使われるようになりました。ご存じの方も多いと思いますが、VUCAとは、4つの単語の頭文字をとった造語であり、
  V(Volatility:変動性)
  U(Uncertainty:不確実性)
  C(Complexity:複雑性)
  A(Ambiguity:曖昧性)
 となります。
 社会経済や顧客のビジネスそのものの変化・変革の中にあって、将来の予測が困難な状態にあります。
例えば、世界的にも、さまざまな国の政治や政策の先行きは不透明になっており、今までの当たり前や標準と言われたものが変化していたりして、通用しないこともあります。さらに先行きが見えない要因として、新型コロナウイルスの流行や地球温暖化に伴う気候変動や異常気象、大型化する台風や爆弾低気圧、線状降水帯の発生といった災害が挙げられており、予測が困難な事象も次々と起こっています。日本においては少子高齢化も深刻な問題として取り上げられていますし、企業や組織にとっても働き方の側面で人材の流動化も高まっています。ただ、雇用流動化が促進されると、知識・経験・スキルが豊富な人材やカルチャーフィットする人材を確保できる可能性が高くなりますので、一概に脅威となるものだけではありません。しかしながら、これらの事象が今後の企業や社会、組織にどう影響を及ぼしていくのか・・・、すべてを見通すことは本当に難しいですね。
 このような予測困難な状況な中で、企業は生き残りをかけて、社会や顧客の期待やニーズ、要請などを掘り起こし、事業の改善とともにDXのように事業そのものを変化・変革させています。まさに顧客が望む多様な商品やサービスを開発し、社会や顧客、利用者に価値を提供するという形で貢献しています。この顧客が望む商品やサービスの価値を表す代表的な手段として、UXとCXがあります。
 UXとは「User Experience(ユーザーエクスペリエンス)」を略したもので、ユーザーが得られる体験のことを指しています。「Experience」は「体験・経験」といった意味を有するため、「ユーザー体験」とか、「ユーザー経験」とも訳されています。UXは、あらゆる製品やサービスを通して、ユーザーが使いやすさを感じたり、良い印象や感動といった体験をしたりしたことを指しながら、一定の価値の尺度として有用なものとなっています。
 CX(カスタマーエクスペリエンス)とは、「顧客体験」という意味になり、事業会社におけるビジネスの局面を表すものとして幅広く利用されています。CXは、顧客が企業やサービス提供者と接触するすべての段階で感じる総合的な体験のことで、主にサービス全般の品質、企業・組織の接点であるカスタマーサービス、サービスの購入や利用時の心地よさなど、すべてのフェーズで感じる総合的な体験を指しています。顧客満足度やロイヤルティなどの価値に直接的に影響するものとなります。
 VUCAのような予測困難の中でも、企業や組織は顧客や利用者に寄り添いながら、その距離を縮めて、その存在価値を見出しています。そのために常に変化・変革に正しく向き合うことのできるサービスマネジメントシステムであるISO/IEC20000-1の活用によって、その価値と幸福度を高めることができるのです。


図2.箇条4 組織の状況におけるパーパスの役割

 このようにサービスマネジメントであるISO/IEC20000-1を実践することで「顧客への価値」と常に向き合う環境が整うことになります。そして、この箇条4 組織の状況では、すべてのステークホルダーを明確に定義することが要求されています。ステークホルダーの役割や責任に則り、自らの仕事を通じて社会とつながっていることを明確にしていくことが大切です。それぞれの役割を有する組織が自らの担当する仕事が社会に貢献していることを常に実感していける小世界を創ることができれば、自信と誇りをもってサービスマネジメント活動に邁進できるのです。
 そして箇条4 組織の状況で大切にしてほしいものにパーパスがあります。
 「パーパス(Purpose)」は、一般的に「目的、意図」と訳され、「存在意義」の意味として用いられています。これは企業の経営戦略やブランディングのキーワードとして、企業や個人が「何のために存在するのか」を明確に表現するメッセージとなっています。社会情勢や取り巻く環境が大きく変化する中で、パーパスは「私たちのあるべき姿、今やるべきこと」をしっかりと見定めるために有効です。会社は何のために存在するのか、その組織のメンバーは何を目的として働いているのか。企業や組織、それに属するメンバーは、その存在意義を理解し、十分に意識して活動あるいは行動することで、やりがいや生きがいを感じて充実した人生が送れるのではないかと考えています。それこそが箇条4の組織の状況に活かされてきます。
 図2.箇条4 組織の状況におけるパーパスの役割から、企業の理念やビジョン・ミッション・経営戦略などとの関係性をさらに確認してみましょう。
 企業や組織の「理念」とは、企業や組織が最も大切にしている基本的な考え方や価値観のことを表しています。「ビジョン」は企業・組織として実現したい未来を描いています。そして「ミッション」は、企業・組織として日々の活動で果たすべき使命を明確に表すものです。このパーパスに基軸を置いた経営のことを「パーパス経営」と呼び、パーパスを重視した企業活動を行うことで、社会への参画と貢献を確実なものにしていくことを目的としています。そして、組織や個人のすべての意思決定や私たち一人ひとりの行動がパーパスを軸に方向を見定めていることをパーパス・ドリブンと言っています。ドリブンはdriveの過去分詞で「突き動かされた・・・」などの意味を有していますが、パーパス・ドリブンは、「すべての活動や行動がパーパスを軸として活性化された状態」であると捉えています。
 さて、幸福度を向上させるためにパーパスは存在意義を明確に示すために有効な手段であるということを確認しましたが、図2で示しているように「MYパーパス」も箇条4 組織の状況を構成するために重要な要素です。
 皆さんがよくご存じの持続可能な開発目標(SDGs)は2030年までに「持続可能で”よりよい世界を目指す”国際目標」です。SDGsを構成する「17の目標」のうち目標8に「働きがいも経済成長も」が定義されています。めざすべきところは「すべての人が働きがいを感じる人間らしい仕事に就ける」こと。この目標8のターゲットは12項目から成っていて、その8.5に、この「働きがい」を高めていくことが必要であると記されています。この部分の達成には、企業や組織のパーパスやミッション・ビジョンをもとに、より良い働き方を追求していき、メンバーの満足度を向上させることがとても重要です。この働きがいを感じることで仕事のパフォーマンスが向上するとともに、この働きがいを感じているメンバーが多い企業や組織ほど、ISO規格でいう意図した成果を得られやすいと考えています。この働きがいの感度を高めるために自らが宣言する「MYパーパス」が有効です。私自身もメンバーも、企業や組織の一員であるとともに、地域社会の一員でもあります。自らの存在価値を自らの言葉で言い表すことも大切だし、企業や組織のパーパスで得られる達成感、社会に貢献していることを感じることもとても重要です。パーパスは、企業や組織にとって重要な「道標」とも言える存在です。箇条4 組織の状況もサービスマネジメントシステムの「道標」です。パーパスが社内に浸透し、MYパーパスでメンバー一人ひとりの存在意義も体現できれば、企業や組織、メンバーのさらなる成長が期待できるはずです。

 

2.箇条4 組織の状況のまとめ

 サービスマネジメントは、多くの利害関係で成り立つマネジメントシステムです。このため自社、自組織以外にも多くのステークホルダーの存在とそれぞれの役割、また、それぞれが期待や要請事項を有しています。まずはこれらを明らかにしておかないと「顧客のビジネスについて、高品質かつ適正なコストによるITサービスの提供を通じて、社会に貢献する」という志のあるサービスマネジメントには程遠いものになってしまいます。このあたりの懸念を払拭して、サービスマネジメントシステム=ISO/IEC 20000-1の基礎を築いてくれる重要な箇条です。ポイントはサービスを提供する組織を取り巻く内外の課題を発見し、ステークホルダーの期待や要請事項を特定して、サービスマネジメントシステムの適用範囲を決定し、サービスマネジメントシステムの構築を宣言することになります。
 ここで大切なのは、組織やサービスマネジメントシステムの活動に、企業や組織のパーパス、顧客のビジネスの成功や価値を見いだすための戦略的な方向性を示すことが重要です。社内外を問わずに課題を洗い出す貴重な機会として活かすことも有効な取り組みにつながります。それらを曖昧にしないためサービスマネジメントシステムの適用範囲を決めることも大切なステップです。顧客やサービス利用者、コミュニティ、外部供給者、規制当局や団体、公共、NPO、被雇用者を含めたステークホルダーの特定とそのステークホルダーの役割や要請事項も洗い出しておけば、それぞれの立場に応じた活動の参加を促し、サービスマネジメントシステムにおける価値の共創に資する取り組みを進めることも容易になります。これは立場の異なるステークホルダーから観ても、関係性が整理されるので、とても有益なものになります。まさに信頼関係の構築の第一歩です。ステークホルダーのニーズ及び期待の理解とその中身についても「運営要領」にその方法を記載しておくことでマネジメントシステムの円滑なサイクルが確立できます。サービスマネジメントシステムのステークホルダーは、関係者がいつでも確認できるように最新版を文章化しておくことも肝要です。さらに関連する法令・ガイドラインも活動を円滑に進めるために重要な要素です。関係する法令・規制・ガイドラインについては、「法令等リスク調査票」なる文書で特定し、関係者に開示しています。顧客との契約も組織の状況としては重要な要素です。これは契約上の義務の存在です。具体的に各サービスに固有の義務を発生させるか、あるいは⼀般的な義務(サービスレベルの⽬標の達成、情報セキュリティの遵守など)として定義しているのか。このあたりは契約で明記されていることが多いので、まずは契約内容を確認しておくことも組織の状況の活動には必要です。
 顧客である事業会社とサービス提供会社間の契約は包括的なものであっても、サービスマネジメントシステムとして提供する場合は、そのサービス単位に、一般的な義務として情報セキュリティを含むサービスレベルを定義し、提供するサービスの保証という観点で可視化して合意形成を執ることが望ましい姿です。(但し、サービスレベルは箇条8のサービスマネジメントの運用で詳細を定義します)

 次回は、箇条5のリーダーシップについて確認してまいりましょう。

連載一覧

コメント

筆者紹介

岸 正之(きし まさゆき)
SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。

【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/

バックナンバー