ITの経営学

第5回 IT化時代を乗り切る中小企業の知恵

概要

日本企業全体にとってもちろんのこと、とくに中小企業の生産性を上げるには、ITの活用が不可欠である。 しかし、ITを企業戦略に取り入れるについて、ほとんどの中小企業が「それは大企業の話」とか、「ITは金食い虫」といった程度の認識に止まっているのが現実だ。そのなかで、従業員数人といった程度のところが、社長の高いIT意識に支えられて業績を伸ばしている例を今回は紹介したい。

日本の企業数のうち99%は中小企業である。中小企業といえば、「ヒト・モノ・カネ」に不足して大企業の下請け虐めに遭っているというのが、一般的なイメージであろう。たしかにそういった面は否定しがたいが、それは多分にこれまでの「工業化時代」に見られた話である。今でも大企業の過酷な下請け虐めに苦しんでいる中小企業があるとすれば、それは中小企業経営者の「勉強不足」、つまりそこから脱しようとする努力が不足していた結果でもあろう。時代はすでに脱工業化であり、「高度情報化時代」に移行している。このことの認識を持つならば、「情報技術」つまりITを駆使した経営によって、「ヒト・モノ・カネ」の三重苦から逃れられるのである。
 
私は、これまで再三再四、「高度情報化時代」の経営について議論してきたが、「工業化時代」と「高度情報化時代」の相違点をもう一度、示したいと思う。次に示す表は「ITと経営」の2回目の連載(07年7月11日)で使った表を再度、掲げることにする。
 
(表1)工業化から高度情報化への移行とその特色
【出典】勝又壽良作成
 
この表が意味する点は、高度情報化時代において中小企業が生きられる時代環境になってきたことにある。大量生産時代から多品種適量生産時代へ、ITを活用することによって資本金不足を補えること、これによって中小企業やベンチャー企業にも勝機が訪れる、という大きな時代転換が起こっているのである。こういった時代認識を欠いて、いつまでも大企業の下請けで呻吟しているのは、中小企業経営者に「知恵」がないに等しいからだ。耳を澄まし、眼を見開いて、時代の変化を肌で捉えていただきたいと切に思う。
 
ここで一つの例を取り上げたい。それはこの3月いっぱい、『日本経済新聞』朝刊の「私の履歴書」に連載された潮田健次郎・住生活グループ前会長の経営苦闘記である。町工場から年間売り上げ1兆2000億円台の企業グループに育て上げた潮田氏の履歴書は、中小企業経営者にとって生きた経営の教科書でもあろう。私は『週刊東洋経済』編集長時代に、潮田氏に一度お目にかかっている。
 
当時のトーヨーサッシは二部上場前で、氏が東洋経済に訪ねてこられたことがあった。その時の記憶は今も鮮やかであるのは、直感で「この人は並の経営者ではない」ということだった。「自分は健康上の理由で小学校卒であるが、一流経営者の書いた本を精読している」と何の衒いもなく話された。氏の「履歴書」にも出てくるが、川上嘉市氏の書いた『事業と経営』を駅のホームのベンチで熟読していて、何本も電車を見過ごしていたと苦笑混じりで話されていた。この書名を私が覚えていたのは、『事業と経営』が戦後、東洋経済からの出版であったからである。
 
潮田氏の強みは、徹底的にオーソドックスな経営書を読破していたことだ。それが経営の重要な判断を要するときに生きていたのである。私がここで強調したいことは、中小企業経営者は潮田氏に倣って、正確な時代認識を持ちそれを経営の指針にすべきであるという一点である。中小企業経営者は、大企業とは異なり相談相手にも恵まれず、一人での判断を迫られるケースが多いであろう。その時、確固たる指針を持たずして、何をよりどころに経営の決断を下しているのか。ただ、大企業の下請けに甘んじて、いつまでも工賃切り下げに泣き寝入りするしか方法がないのか。
 
「ヒト・モノ・カネ」といわれる経営に不可欠な「三要素」は、今も変わらず重要である。だが、中小企業では何よりも、従業員に「一人何役」もの役割を分担してもらわなければならない。そうしなければ経営が成り立たないからである。その場合に重要なことは、社内すべてに情報を周知させておくことである。外部から問い合わせがあっても、「ただいま担当者が席を外しておりますので、後ほどこちらからご連絡申し上げます」では、営業の機会を失うのである。
 
社内で情報を共有していれば、瞬時に外部からの問い合わせにも答えられるはずである。こうして「ヒト・モノ・カネ」は、ITの利用によって、具体的にはグループウエアの導入で「ヒト・情報・企業戦略」へと進化して行く。情報が従業員を動かし、それが企業戦略として実を結び、好業績が実現できるという好循環を描けるのである。ITの活用は企業戦略の基幹を担っており、これなくしては今後の企業経営を語れない段階に来ている。
 
「ヒト・モノ・カネ」が限られている中小企業にとって、IT活用は絶対に欠かせない。人件費は経費の中で最大の支出項目である。限られた陣容でいかに効率的な経営をするのかは、中小企業共通の課題である。その場合、戦力になるのがHP(ホームページ)の活用である。ここで留意すべきなのは、①HPを手作りにすること。②可能な限り情報を開示することである。一般には、「これ以上の情報を出すとライバル企業に出し抜かれる」との危惧を持つようだが、ユーザー側から見ると、きわめて魅力的な情報になるのである。つまり、全く相手のことを知らないユーザーにとって、この「情報の非対称性」を解消するには、親切・丁寧なHPこそが最大の武器になる。
 
魅力あるHPは、何人かの優秀なセールスマンの役割を果たす。 HPを見て問い合わせのあったところにセールスを掛ければよいわけで、「無駄な鉄砲」を打たずに済む。効率的な経営が可能になるため、これによって業績が飛躍的に伸びたというケースが出ている。なかには、これまでならば考えられなかったような大企業からの問い合わせも来ており、商談にこぎつけている例もある。
 
グループウエアの導入やHPの開設の程度で、中小企業のIT戦略が完成するのでないことはいうまでもない。これは糸口であり、ITの「情報系システム」である市場分析・顧客開発・経営戦略サポートなど「後方支援」が本命として登場してくる。ただ、こうした本格的なITシステムになると、中小企業は一様にある種のアレルギーを見せる。
 
そのアレルギーとは、「昔、オフコンを入れたものの値段が高いだけで有効活用されていない」という苦い経験があるからだ。当時、数千万円もしたオフコンが、今ではそれと同じ機能を持ったパッケージソフトを100万円以下で買える時代になっている。ITの進化は機能・価格の両面で予想以上の速度で進んでいる。この事実を忘れてIT投資を怠ると、 同業他社から大きく遅れを取ることになりかねない。次の表は、IT投資を効率的に行っている中小企業の例である。
 
(表2) 効率的なIT投資の中小企業例(単位:百万円、%、人)
【出典】上村孝樹『経営革命者』(2007)より抜粋。売上高経常利益率、従業員1人当IT費用は勝又が算出。社名は省略した。
 
ここに取り上げた中小企業は経済産業省の「IT経営百選」に選ばれた、いわゆる「IT使い上手」な経営者が率いる会社である。このデータからは多くの示唆が得られる。 第1は、売上高経常利益率が10%を上回る企業は4社もあり、これに近い1社を加えると、半数が大企業顔負けの効率経営を展開している。 第2は、従業員1人当たりIT経費が100万円以上である社は4社であり、他は100万円未満が圧倒的である。つまり、中小企業にとって身丈のあったIT投資をしている。
 
これら中小企業は、「高度情報化時代」の到来を睨んだ知恵のある経営を行っているが、「ヒト・モノ・カネ」不足をIT戦略によって見事に跳ね返している実例である。大企業の下請けに呻吟しているよりも、時代の趨勢を読んで一歩踏み出せば、ここに取り上げたような経営が可能になることを、天下に示しているのだ。
 
次回は本連載の最終回であり、「元気を出す中小企業のIT戦略」を取り上げる。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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