IT部門におけるプロジェクト・マネジメント

第9回 大規模プロジェクトの体験を通して(その4:リーダー能力育成と組織能力育成)

概要

IT部門におけるプロジェクト・マネジメントについて、大規模プロジェクトの実体験を基に、実際に有効な手法や方法論、重要な仕組みおよび配慮すべき事項等を具体的に展開していくとともに、筆者のプロジェクト・マネジメントに関する考え方を述べていきます。

今年の春の選抜校野球は、常葉菊川高校が初優勝しました。甲子園に来てから試合を重ねる毎にチームが強くなり、全員野球で優勝の栄冠を勝ち得た代表例です。ビジネス界でも、こうしたスポーツ・チームの事例を研究したりあるいは著名な監督の講和を拝聴して、会社や組織能力育成やマネジメントの参考にした方が多いと思います。しかし、その手法の真似をすれば必ず成功するわけではないようです。リーダー能力育成や組織能力育成はもっと奥が深く、長い下積みの努力や体験から知り得たその人やその組織独特のノウハウが必要なようです。それは筆舌しがたいもので、実際に同じような体験をした人しか理解できないようなノウハウのようです。しかも、各人の個性の違いによって、効果に差があるようです。プロジェクト・マネジントも同様であり、同じような手法を実行しても人によって結果が異なります。リーダーの人間的側面(性格、人格など)および考え方(生き方、思想など)がリーダーシップに大きく関わっているようです。組織能力も同様であり、長く染み付いてきた組織の風土や習慣によって手法の効果に大きな差があるようです。つまり、同じ手法でも、リーダーのリーダーシップおよび組織風土によって結果に大きな差が出るのです。さらには、プロジェクトの様々な局面(攻めの場面、守りの場面など)によって、リーダーが発揮する能力に差があり、よく言われる「攻めに強いリーダー」と「守りに強いリーダー」というようなリーダーにタイプが出来るのです。

以上のことから、筆者はリーダーに必要な能力は下記のような要素に大きく分類できると考えます。

マネジメント手法の知識(進捗管理手法、コミュニケーション手法など)
リーダーシップ能力(人間性/人格、思想/生き方など)
プロジェクトの多様な種局面での体験(攻める場面/守る場面、平穏な場面/火急の場面など)
筆者の経験から言うと、マネジメントにとっては、手法の知識よりもリーダーシップ能力が重要なのです。そしてリーダーの個性やプロジェクトの局面によって、用いる手法を使い分ける経験が必要なのです。マネジメントの各種手法は多くのノウハウ本に整理されていますので、ここでは割愛します。

リーダーシップ能力は、「何なのか、どうすれば身に付くのか」について述べてみたいと思います。 筆者は、マネジメントの手本を歴史書に求め、歴史書(十八史略、三国志、歴史上の人物伝など)を何回も読みました。そこに登場する人物の考え方や行動を、実際のプロジェクトで試しながら学習していきました。日本や中国の歴史書に登場する有名な人物が、様々な局面で決断する時の考え方や生き様を参考にして、実際プロジェクト・マネジメントに応用してみました。重要な決断の場面では、その人物が決断に至った背景や人生観を、自分なりに納得するまで何回も何回も読み直しました。読み直しているうちに、現実のプロジェクトと類似した局面に出会います。歴史人物の決断場面での考え方、生き様、信念、こだわり等はそれぞれ異なっています。背景や人生観までを厳密に考えると、歴史書に書かれた類似の場面は意外と少ないものです。実際の個々のプロジェクトも、お客様、プロジェクト・メンバ、環境、規模、スケジュールなどがそれぞれ違っています。表面的な現象だけを見ると似ていても、背景や関係者の心理状態は微妙に異なるので全く同じ場面は殆ど皆無なのです。従って決断すべき拠り所を何にするのかが問題になります。筆者はその拠り所を「その局面における手法・行動」ではなく、「リーダーの人間性や人生観」に求めました。どんなに素晴らしい人物の真似をしようとしても、その素晴らしい人物の人間性や生き方を自分は真似が出来ないので、結局自分で責任が持てなくなるからです。

しかし、出来るだけ自分の人間性(性格)や人生観に近い歴史上の人物の判断を参考にします。迷いに迷った末に、「これが自分の生き方(人生観)だから悔いは無い」と開き直って判断をすることが多いのです。結果が上手くいった場合も失敗した場合もありましたが、必ず自己反省をして、次の判断にフィードバックしました。間違った判断をしたと反省するケースは、必ず「私心(功名心等)」が強い心理状態の時の判断にありました。そういう時は、「純粋にプロジェクト目標達成のため」という気持ちで判断をしていないのです。何か不純な気持が働いていたことに気が付き、そのことを後悔しました。「純粋にプロジェクト目標達成のため」という心が強い時の判断は、一時的に思わしくない状態になっても、最終的には自分が納得する結果になりました。こうした体験が筆者の「生き方や人生観」を形成したような気がします。もし筆者にリーダーシップの原点があるならば、これが筆者のリーダーシップの原点だと思っています。

人間性(性格)の訓練としては、次のような経験をしました。筆者は幼年時代から「短気で激しい気性」と言われ、幾つか失敗を重ましたから、自分で自覚していました。中学校時代の先生から、「穏和な性格に変えるには、人の話を相手の立場になってじっくり聞いてから考える訓練が重要だ」と助言され、今でも出来る限りに実践しています。人の話をじっくり聞けるようになるのには長い年月が掛かりました。今でも未だ「気が短い」と自省すること時々があります。人の話をじっくり聞くようになるにつれ、人はそれぞれ長所を持っていることが分かり、それぞれの人の長所を組織やチームの中で生かすことを考えるようになりました。この経験から、リーダーシップや人間性は、日常の生活における様々な訓練や努力で育成されるものであり、それだけを対象にして向上する手法やノウハウはないと思います。

この章の冒頭で話題にした高校野球の優勝チームのように、組織能力はどうしたら急速に向上するのでしょうか、監督の能力なのか、選手の能力なのか、両方の能力なのかは良く分かりませんが、監督の能力、選手の能力、全体のシナジー効果などが最高の状態で上手く噛合った結果であることは間違いないでしょう。常葉菊川高校は、前評判では優勝候補に全く挙がっていなかったので、目立った能力は無かったようです。甲子園で試合をする度にチーム力が向上し、幸運にも恵まれながら勝ち抜いたようです。このチームのチーム力が強くなった要因は何でしょうか?

筆者はこのように考えます。チームへの貢献を第一義に考え、メンバ同士が長所短所を理解して相互補完し、緊張する場面でも普段通りに行動できたことだと思います。非常に重要なことは、試合を重ねる度に学習効果が強力に効いて、急速に大きな組織能力を身に付けていったことだと思います。更には、幸運を掴むことも重要な要素だと思います。一度掴んだ幸運を謙虚な心で大切にしていたからだと思います。この組織能力が急に向上した要因は、方法論、技術論、標準手順などでは説明がつかず、このチーム特有の心の鍛錬や心の交流などが大きく関わった結果でしょう。我々は、自己のチームで鍛錬や経験を重ねて自己のチーム特有の組織能力を体得するしかないと思います。それは、様々な局面を想定し、その局面に対応するテーマを持って、実際のプロジェクトで体験・学習を積むしかないと考えます。これが、「学習する組織」だと思います。数年前から先進企業(トヨタ、IBMなど)が「学習する組織」の構築に取り組んでいます。特に、非常事態の局面における心の鍛錬、心の交流および体験は、リーダー能力育成および組織能力育成にとって重要だと思います。

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筆者紹介

佐野詔一(さのしょういち)
1945年生まれ。
富士通㈱(OSの開発&大規模ITシステム構築に従事)および(株)アイネット(大規模ITシステム構築&ITシステム運用に従事)において、大規模ITシステム構築&大規模ITシステム運用経験を経て、現在はITプロジェクト・マネジメント関係を専門とするITコンサルタント。産業能率大学の非常勤講師(ITプロジェクト・マネジメント関係)を兼任。

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