主流であるクラウドの内側で働くエンジニアの声

あるクラウドエンジニアからの私信 第五便

概要

クラウドの内側では、どのようなことが繰り広げられているのかという点をわかりやすく説明することで、ITエンジニア同士の架け橋となることをテーマとして掲げております。

「日本人のお客様からの要望って細かいですよね。」
チームリーダーのみならず、他のエンジニアからも同様の意見を聞いた。
作業完了時にメールで「今回の対応はいかがでしたか?」という評価をお願いするメールが担当者に届く仕組みは、クラウドサービス提供をしている我々だけではなく、色々な業種業界にあるのである。
例えば、携帯電話会社に問い合わせした後には、必ずその評価についての問い合わせがやってくるように。
世界中に提供しているクラウドに対して、低評価をすることが多いのは日本だと聞いた。
しっかりとしたサービス提供をした際に高評価をしてくれることは稀で、ちょっとした表現の違い、理解のすれ違い等があった際には、それだけで低評価をしてくる。
少し話は前後するが、ロシアのウクライナ侵攻におけるクラウドサービスの影響度についての質問を、ある日本企業の顧客から受け取ったエンジニアがいた。
もちろん、そこまでのレベルになってしまうと少しの私情を挟むことなく会社から言われた内容を半ばコピーアンドペーストで回答していた。
内容も妥当であり、顧客からも「わかりました。」という返信を最後に貰っていた。
しかし、その評価は最低点だった。
さすがに社内エンジニアからも「それはひどすぎないか?」という声が上がった。
日本人からの評価は厳しい。
「お客様は神様です」という”あの”セリフが脳裏をよぎる。


そして、何の前触れもなく筆者にも初めて日本語対応をする日がきた。
英語が苦手な筆者にとってはありがたい話でもある(英語は英語でこれまた難しい)。
日本語対応の難しさを事前に聞いていたが、いずれはやってくる日本語対応だと自分に言い聞かせた。
そして、割り当てられた日本語対応の内容を読み始めてみた。
面白いことに「お世話になっております。○○会社の××と申します。」といった、長ったらしい決まり文句はそこにはなかった。
要点をまとめた内容でもあり、「これはこの日本語対応を既にこなしてきているな」という依頼内容でもあった。
そこに書かれている日本語の単語をキーワードに、内部で働いているエンジニアがよく使う過去の類似事例を探してみる。
その過去の類似事例を読んでも、意外にフランクな日本語で顧客から依頼がきているのは意外だった。
そうこうしていると少し寄り道をしたくなってみた。
自分に割り当てられた日本語対応案件以外の、その他の日本語対応の内容はどういうものなのだろうかという好奇心が生まれ始めてしまった。
そして、それなりの日本語キーワードを使って今までの日本語対応についての過去の類似事例を10分ほど時間を割いて調べてみた。
ふむふむ、と読み進めていくうちに他のキーワードも入力してしまっている。
そんな中で一番ビックリしたのは「早く私が理解できるようにしてください」という一文のみのメッセージだった。
「?」が頭の上に何個も乗ってしまっている。
しかし、このまま好奇心に素直に従ってしまうと、割り当てられた初めての日本語対応の作業がおざなりになってしまう。
たとえ頭の上に「?」が沢山、浮かびあがってもそこで停止させないと、とブラックホールに陥る前に脱出をした。


初めての日本語対応は運良く、過去の類似事例を使ってもよい内容でもあった。
その類似事例を基に今回対応の日本語依頼の内容を書き上げていく。
まだ、顧客に出す前にはチームリーダーのレビューがある。
そのレビューの際には技術的な裏打ちが必要でもある。
あらためて自分なりの理論武装を、技術的武装をしないとと思いながらも、そのレビューに応えるだけの理解も同時にしなければならない。
そんなことを思いながら、初めての日本語対応の内容を書き上げた。
問題なくレビューを経て、初めて日本の顧客へその内容を送信する、その送信ボタンをクリックしようとした際、さっきの好奇心で調査した今までの日本語対応の内容が脳裏をよぎった。
どうか、何事もないことを、と祈りを込めて送信ボタンを確実に押した。


この記事を書いている現時点でもそうなのだが、時折、「この件、お客さんのほうが詳しいんじゃない?」と思いながら調査をすることがある。
当たり前だが「すみません、去年入社した新人な者で」とは言えない。
過去事例を調査してそれに合った回答、返信内容が見つかれば、それはそれでラッキーだ。
しかし、過去事例でもなかった場合、ドキュメントを読むなり、自分でテスト環境を作るなり、他のエンジニアに協力をお願いするといった、何かしら行動を模索する。
一方、ゴールに向かうまでは顧客の協力がどうしても不可欠だ。
お金をいただいている以上、顧客本位という気持ちは確かに必要だ。
だからこそ、タッグを組んでほしい。
その場しのぎのタッグだったとしても、この要請に応えるために。


日本語対応が少しずつ増え、それなりに裁いている中で、ある日本語対応の内容を受け取った。
既に公開されている公式ドキュメントの中では「その事象は既知のことであり、問題ない」という内容が書かれているにもかかわらず、その事象を直したいという要望だった。
「すでにその事象は問題がないとドキュメントに書かれている、それでも直したいとは?」と思いながら、顧客へ提出する内容を書き上げてみる。
念のためと過去事例を探してはみたが、さすがに英語も含めて、類似事例はなかった。
それなりに書きあげて、チームリーダーにレビューをお願いした。
百戦錬磨のチームリーダーも苦笑いをしながら、顧客からの要請とそれに対しての返答内容を読んでくれた。
そこでチームリーダーは二つの提案をしてきた。
一つは顧客へ、この要請の背景についての質問と、もう一度ゴールの再確認の内容を書いてほしいと。
もう一つは、弊社内の上位エンジニアへ質問をする、その質問を英語で書いてほしいと。
顧客への内容は直ぐにでも書けそうだが、弊社内の上位エンジニアへの質問内容は初めてだっただけに、少し緊張が押し寄せた
なぜなら、上位エンジニアへの質問は、その質問内容が悪いと低評価を受けてしまう。
つまり、顧客からだけではなく、弊社内の上位エンジニアからもその質問内容を評価されてしまうとなれば、合理的にわかりやすく書かなければならない。
幸いなことに、上位エンジニアへの質問内容もチームリーダーがレビューをしてくれるとのことで多少なりとも不安は取り除かれた。
顧客への返信後、上位エンジニアへの質問内容を書き上げている最中に、直ぐに顧客からの返信がやってきた。
顧客曰く「まったくもってその事象の問題がないと判断された理由が述べられていない」と。
少しずつ怖くなってきた。
運用に全く問題がない事象に、そこまで拘るその労力に。
その顧客が希望している内容も上位エンジニアへの質問内容に書き上げ、チームリーダーのレビューを経て、正式に質問をした。
次の日、上位エンジニアからの回答があったので、読んでみたところ「ドキュメントに書かれているとおりその事象に問題のないことを伝えてください。問題がないと判断した理由は社内機密となるため顧客へはその機密を言わないでください。」とのことだった。
その内容と読み、理解し、そして顧客への回答を書き上げた。
今までと同じようにチームリーダーのレビューを経る間、チームリーダーより、上位エンジニアからの回答内容についての説明があった。
曰く「これはですね、上位エンジニアはその問題のない事象が起こらないようにできるのであれば、とっくの昔に直していると言いたいわけです。」と。
もちろん、当たり障りのない内容、「…ということで、本件につきましては社内機密事項にあたり、その判断の理由をお伝えすることができません。何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします」という感じの当然顧客へは低頭な内容となる返信を書き、送信した。


その日本語対応要請はそれで終わった。
そして、一番低い評価を受け取った。


2022年6月吉日

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筆者紹介

藤原隆幸(ふじわら たかゆき)
1971 年生まれ。秋田県出身。
新卒後、商社、情報処理会社を経て、2000 年9月 都内SES会社に入社し、主に法律事務所、金融、商社をメイン顧客にSLA を厳守したIT ソリューションの導入・構築・運用等で業務実績を有する。
現在、某大手クラウド運用会社の基盤側でサポート業務に従事。

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