ICTが正す企業文化と倫理

第4回 企業不祥事をなくすために(1)

概要

「コーポレートガバナンスや内部統制について、その見直しや強化が叫ばれる昨今、競争と効率性の追求をその本質に秘めたままの企業社会はこれからどこに向うのだろうか」について連載シリーズとして掲載いたします。

前回までの論点整理によって、「企業不祥事は、トップも含めた実行者個人の善悪判断の不良や不注意などが原因で発生するが、企業としては、まず、そのような状況を引き起こす企業風土(職場環境)を問題にすべきであり、次に、コーポレートガバナンスとしてのチェックシステムの不備を正さなければならない」ということに気づきました。つまり、とつぜん監査制度や内部統制の強化の議論からはじめても、根本的な解決にはならないということでもあります。

そろそろ、J-SOX法の季節・・・

2008年4月以降の事業年度から、上場企業を対象にJ-SOX法(金融商品取引法)の適用が開始されます。2006年10月23日付け日経新聞朝刊(第二部)では、「内部統制とIT」についての特集が掲載されていました。政府関係者や有力な研究者の見解はたいへん参考になるものでした。

その記事のなかで、次の文章が目にとまりました。
「内部統制を考える上で重要なポイントは、長期的視点に立ち、前向きな姿勢で取り組むことである。日本版SOX法(企業改革法)への対応も、法律だからといって仕方なく取り組むのではなく、経営基盤を見直し、業務効率の向上や経営のスピード化を図る、絶好の機会ととらえて行うことが重要だ」。

この見解に異論はありませんが、ちょっと天邪鬼になって考えると、いかにも涙ぐましい発想ではありませんか。ご案内のように、エンロンやアーサー・アンダーセンなどの企業不祥事に端を発したアメリカのSOX法は、そんな前向きの趣旨で成立されたものではありません。そのうえ、現在でもアメリカ国内でさまざまな議論や反論がある法律です。

ところが、それに倣ったJ-SOX法が施行される以上は前向きに捉えようというのも、わが国の企業経営の基調が常にオプティミズムであり、かつグッド・ネイチャードな証左なのでしょう。そのうえ、「IT技術による業務の可視性や標準化によって、さらなる業務の効率化や改革が推進され、他企業とのフェアな競争も可能になる」(同紙)と続けられると、少し短絡的に過ぎるように感じます。

そもそも今回導入される規制は、わが国でも企業不祥事が多発する現状における「窮余の策」です。ビジネス現場における取引先との”阿吽の呼吸”や水面下のネゴシエーションという人間的な部分(ある意味で最も現代ビジネス的ともいえるかもしれません)をすべて白日の下に晒し、ガラス張り(透明)にすることが、直ちに企業改革に繋がるという発想には安易に与(くみ)することはできません。

こういう考え方を推し進めると、ハードのシステムの整備が何よりも重要であるという本末転倒の議論になる可能性があります。企業不祥事を根本的になくそうとすることと、その発生を防止(もしくは抑止)することは位置づけが大きく異なります。

もちろん、この際、政府や財界が一丸となって、現代資本主義における企業間競争のあり方や企業価値論そのものを抜本的に転換しようという”大きな試み”を実現しようとするなら別ですが、そこまでの覚悟なく、業務プロセスの細分化や記録化作業に没入しても、企業やそこに所属する人々は、いずれまた新しいやり方(抜け道)を見つけ出すことになるかもしれません。より深く静かに潜伏する病原菌もきっとどこかにあるはずです。

それではどうするか・・・

法律は守らなければなりません。これがコンプライアンスの精神です。しかし、最初に申し上げたとおり、企業不祥事をなくすには、そのようなことが容易に起こりうる企業風土(環境)の見直しと整備が必要です。そのためには、もう一度、原点に立ち返って企業理念や経営方針を再構築する作業(いわゆるCI=コーポレートアイデンティティの確立)が求められます。

前回、CSRについて論じてきたように、企業が社会の一員であるという認識を持って、倫理的にも正しいこと(善)を行うことが、これからの企業のあるべき姿(存在価値)であるということを経営トップが正しく認識し、企業内に「浸透」させなければなりません。いままでも、経営トップが新入社員の訓話等でしばしば口にしてきた、「企業人である前に優良な社会人であれ」ということの真意も当然ここに含まれています。

そのための有効な手段とは何でしょうか。ここにICTの新しい出番と位置づけがあるはずです。すなわち、キーワードはコミュニケーションです。最近、声高に叫ばれるICTによる内部統制の強化(「IT内部統制」という造語までできています)という切り口に惑わされ、コミュニケーションの充実という情報化の本来の価値(目的)をないがしろにしてはなりません。

企業内におけるトップ(経営者)と従業員、従業員同士の境目のない双方向コミュニケーション、各部署の垣根を越えた情報と智恵の交換、そして社内外の円滑なコミュニケーションが確実に確保されるとき、それをコーポレートガバナンスの目標達成といい、内部統制システムの整備と考えるべきなのです。

ICTによるコミュニケーションの充実

多くの企業でイントラネットが活用され、社内外で利用できる携帯電話や携帯端末が広く普及しています。それなのに、多くのビジネスパーソンがコミュニケーション不足や疎外感を感じています。ここ十数年のリニア(直線的)なICTの発展は、人的ネットワークを希薄にしてしまいました。

メールはコミュニケーションを非同期化して人間的なにおいを消し去りましたし、イントラネットに一斉に流される社内情報は、表面的で一方的な通達の域を逃れることはできません。これらの情報は、まるで飛行機からばら撒かれた宣伝広告ビラのようです。また、溢れんばかりの情報過多によって各個の情報バリューの判断が困難になりつつあります。

そこであらためて重要になってきたのは、組織の最小単位における人間関係の再構築だと考えています。バーチャル・コミュニティから、リアル・コミュニティへの一部回帰と言えるでしょう。人的リーダーシップの復活と言い換えてもよいかも知れません。そのことの欠如が人間疎外や暴走を引き起こしているのです。組織は熱い人間関係と強固な相互信頼に基づいて運営される血の通ったコミュニティであるべきです。その目標のためにICTを有効に使うという姿勢がポイントです。

これからのICTは、コンピュータ技術の信頼性向上に支援されて、再び、メインフレーム型発想の情報共有システムによるネットワークに戻ることを考える必要があります。むかしは、組織の最小単位においては、電話によるお取引先や社内との会話は全員が聞いていました。上司は、直ちに軌道修正や方針の周知徹底ができたものです。業務の可視化とは、そういうことを言っているのです。また、組織の最小単位では、それぞれのリーダーが情報検索エンジンの役割や情報の通訳の仕事を果たすべきです。ICTによって繋がるのは、人間と情報ではなく、人間と人間であることを忘れてはなりません。

人生とはひとつの物語です。人生の過半を過ごすビジネス生活は人生物語におけるコアステージです。新しいICT発想によって、より深められる次世代コミュニケーションがどんな物語を創りあげていくのか、そして、人々を結びつける情報という色とりどりの糸がどんな模様のタペストリーを織り上げていくのだろうか。

それらは、すべての人々から賞賛されるべき「善」に起因するものであって欲しいと願います。現代の経営トップも含めて組織のリーダーに求められるマクロな視野とはそういうことではないでしょうか。

 

次回は、さらにビジネスコミュニケーションについて深めていきたいと思います。

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筆者紹介

松井一洋(まつい かずひろ)

広島経済大学経済学部教授(メディア産業論,eマーケティング論,災害情報論) 1949年生れ。大阪府出身。早稲田大学第一法学部卒業。阪急電鉄(現阪急HD)に入社。運転保安課長や教育課長を経て,阪神淡路大震災時は広報室マネージャーとして被災から全線開通まで,163日間一日も休まず被災と復興の情報をマスコミと利用者に発信し続けた。その後,広報室長兼東京広報室長、コミュニケーション事業部長、グループ会社二社の社長等を歴任。2004年4月から現職。NPO日本災害情報ネットワーク理事長。著書に『災害情報とマスコミそして市民』ほか。

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