e‐Marketing文化論~新しい絆の時代へ

第4回 新しい関係性マーケティングの時代

概要

わが国のインターネット利用人口は着実に増加を続け、いまや9,000万人を超えるという状況の中で、現代ビジネス社会はどのように変わってきたのでしょうか。そして、何が変わっていないのでしょうか。世界がネットワークによって一つに繋がれば繋がるほど、一人ひとりの個性がはっきり浮かび上がってきます。目先のトレンドや技術革新に、近視眼的に目を奪われないで、わたしたちが生きているe(electronic)の時代の進むべき方向を見定めましょう。

はじめに
短い梅雨が全国各所で明けはじめ,真夏日が始まっています。みなさん,お元気でお過ごしでしょうか。
 
おじさんは,このところ書棚の前でハタと立ち止まっています。といいますのも,マーケティングという言葉は今ではビジネス界で当たり前に使われるようになり,何やら形容詞をつければ○○マーケティングという便利なビジネス用語になります。英語としては,それぞれに微妙に意味の違った単語であっても,我が国では,だいたい似た意味ということで納得してしまうことも多いようです。そのことはまあよいとして,世上あまりに多くのマーケティング論者の縦横無尽の言説にくらくら眩暈がしています。
 
そもそも,「さらなる豊かな明日」を目指すはずの経営学やマーケティング学が,21世紀の実態科学として探し求めるべき道とは,いままでの「物質的に豊かな明日」だけではなく,「心豊かな明日」でなければならないはずです。まだ「失われた10年」が去って間もないというのに,またしてもこのことが見事に忘れられて,近視眼的な競争優位や優者必勝の論理がビジネスの根底に渦巻くのは,なんとしても悔しいかぎりです。この小稿では,そのことを確認しておくこともひとつの目的です。
 
関係性マーケティングとは何か
ところで,今回は,リレーションシップ・マーケティング(関係性マーケティング)について考えたいと思います。
 
企業をとりまく環境の変化には,大きくは,社会(市場)の変化、顧客の変化、そして技術の変化(進展)の三つがあります。そして,20世紀の初めにアメリカで成立したマーケティングは,この100年間に,目まぐるしく変化する環境との相互作用の中でさまざまなコンセプトの変遷を遂げてきました。簡単に振り返れば,生産(商品)志向→販売志向→顧客志向→社会志向→eの時代でしたね。
 
従来のマーケティングの目線は,コンセプトは変われども常に企業側(供給側)から,社会と市場を眺めてきました。ところが,eの時代の関係性マーケティングというのは,このような従来からの企業側からの視線を超えて,新しいビジネス社会とビジネスそのもののありように気付き始めたということです。
 
ここで,関係性マーケティングとは「企業と顧客が、双方向コミュニケーションにより、相互の信頼関係を構築し,継続して新しい価値を創造(共創)していくこと」と定義しておきましょう。つまり,従来からのマーケティングの構造変化ないしマーケティング・イノベーションなのです。
 
CRMと関係性マーケティング
さて,ご承知のように,近年,マーケティング・コンセプトのひとつとしてCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の重要性が主張されてきました。企業と顧客との間で長期的・継続的に関係を構築しようとするものです。そして,その強力な推進基盤として,ICTの進展による顧客データベースが充実し,One to Oneマーケティングやパーミッション・マーケティングなどが容易に可能になったことは先に述べたとおりです。
 
もうひとつ重要なのは、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値=年間取引額×収益率×取引継続年数)という考え方です。顧客を新規獲得するには既存顧客維持の5倍のコストが必要だというハーバード・ビジネススクールの研究などにより,利益の最大化には,「市場シェア」の追求より,既存顧客維持による「顧客シェア」の拡大のほうが有効だということが主張されてきました。このLTVの考え方は,企業の「未来価値」として,マーケティング活動の新しい指標となりえます。さらに進んで,ロイヤルな顧客は貴重な企業資産(カストマー・エクイティ)であるという考え方から、企業買収等の評価指標のひとつにもなっています。
 
以上からお分かりのように,CRMは,関係性マーケティングに当然含まれる発想ですが,マーケティング・イノベーションとしての関係性マーケティングそのものではありません。いわば,関係性マーケティングという概念は,従来のマネジアル・マーケティング(交換マーケティングとか4Pマーケティングとほぼ同義に使われます)の反対概念として理解するべきものです。これを混同しないようにしたいと思います。
 
関係性マーケティングの概念
ここで従来マーケティングと関係性マーケティングの概念を比較しておきます。このような比較図は,さまざまな研究者によって発表されています。それぞれ用語は若干異なりますが,その含意に大きな違いはありません。
 
関係性(リレーションシップ)の持つ意味
すなわち,おじさんとしては,関係性マーケティングは,売り手(企業)と買い手(顧客)との従来の関係(ポジション)を変えていくという,まことにコペルニクス的な発想だと考えているのです。なお,関係性マーケティングは,売り手(企業)と買い手(顧客)という取引に限ることではありません。「メーカーと卸」や「卸と小売り」という流通におけるパワー・ダイナミクスにも当てはまります。
 
多くのマーケティングの教科書には,目まぐるしい環境の変化の中で,企業がこれから生き残るべき視点としての関係性マーケティングが主張されています。つまり,従来の4Pマーケティングの限界に直面して,次のマーケティング手法として,企業が顧客にすり寄り,対等の立場で双方向コミュニケーションを行い,共感・共鳴・共動して,新しい価値を共創していこうという,従来のマーケティングの拡張概念だという認識です。ですから,よく使われる「顧客起点」という言葉も,従来マーケティングの「マーケットイン」と区別のつかない発想になります。
 
しかし,21世紀は,企業が,時代の変化に適合(fit)してビジネスを遂行していくという企業(供給側)からの発想そのものを超克することが求められているのです。誤解を恐れずにいえば,その意味で,まさしく企業のありよう(ビジネス社会の仕組み)そのものが変革され,極論すればマーケティングという用語すら否定され,変更されていくのではないでしょうか。
 
従来の4Pマーケティングの持つ計画―実行型(提案型)の転換です。関係性マーケティングにおいては,顧客との双方向コミュニケーションによって,価値を共創していきますから,そこには,ダイヤローグや提案という相互作用と共に,それに応じた学習とか能力開発という柔軟な発想が必要です。そのうえ,顧客との長期の関係性は,当然,環境の変化や顧客のエイジングによっても変化します。それにも対応する能力を自ら開発してく企業のありようが,本当の関係性マーケティングだといえるでしょう。
 
思えば,近代にあって,企業は,豊かな社会を創造するための牽引役を果たしてきました。技術力と工業力によって,社会を豊かに変えてきたのです。そのことは正しく認めなければなりません。しかし,工業化にも限界が見えるようになって,ポスト・モダンといわれる時代に,その構図が根底から変わろうとしているのです。従来の産業主義的な発想でのCSR(企業の社会的責任論)も,売らんがための消費者行動研究における経験や情緒の再評価も,右肩上がりの利益志向,拡大成長志向も,もはや過去のものでしかありません。
 
はやり言葉にもなっているサステナビリティとは,「企業」のサステナビリティのことではありません。「社会」のサステナビリティです。そして,関係性マーケティングで言われる「企業と顧客の関係」も,そういうマクロの社会構造変革の中で,お互いのポジションや目線が,垂直から水平に,取引形態も,交換から共創に変わっていくのだと考えています。
 
次回は,このような新しい関係性における価値創造のための場としてのバーチャル・コミュニティについて考えていきたいと思います。

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筆者紹介

松井一洋(まつい かずひろ)

広島経済大学経済学部教授(メディア・マーケティング論,e-マーケティング論,企業広報論,災害情報論)
阪神淡路大震災時(1995.1.17)は,関西大手私鉄広報マネージャー。広報室長兼東京広報室長、コミュニケーション事業部長を経て,グループ会社二社の社長。50歳台前半に大学教員に転じ,2004年4月から現職。体験的な知見を生かした危機管理を中心とした企業広報論は定評がある。最近は,地域の防災や防犯活動のコーディネーターをつとめるほか,「まちづくり懇談会」座長として,地域コミュニティの未来創造に尽力している。著書に『災害情報とマスコミそして市民』ほか。

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