e‐Marketing文化論~新しい絆の時代へ

第1回 e-Marketingの視点

概要

わが国のインターネット利用人口は着実に増加を続け、いまや9,000万人を超えるという状況の中で、現代ビジネス社会はどのように変わってきたのでしょうか。そして、何が変わっていないのでしょうか。世界がネットワークによって一つに繋がれば繋がるほど、一人ひとりの個性がはっきり浮かび上がってきます。目先のトレンドや技術革新に、近視眼的に目を奪われないで、わたしたちが生きているe(electronic)の時代の進むべき方向を見定めましょう。

はじめに~帰ってきたおじさんからのメッセージ
みなさん、半年間のご無沙汰でした。前回、元祖電脳おじさんは、あやうく難破しそうになりながら、なんとか荒波のデジタル海峡を渡りきりました。そして、上陸した新大陸は、猛スピードで変化する非常に目まぐるしい世界でした。
 
おじさんたちがデジタル機器と格闘してきた半世紀ほどの結末が、こんなにも錯綜する時代だとは思いも及びませんでした。いつの世も、科学技術の進歩は人間の幸せをもたらすのだと信じるのも、おじさんたちの世代の顕著な特徴のひとつです。そして、しばしばその期待は裏切られます。
 
ところで、情報化社会とは、さまざまな情報が流通することは当然として、情報社会論、ICT技術論、ICT経営論、e-Marketingなどの社会科学分野の研究や言説も百花繚乱です。もちろん、価値観の多様化や多文化共生というのは元来、望ましい動向ですが、このところあまりの弾けように、小さな人間が、短い一生を生き抜くには、大きすぎる器(うつわ)に放り込まれたように感じています。つまり、情報化に関しての議論があまりに混沌として、どこを見たらよいのか、何を信じたらよいのかわからなくなってしまいます。
 
前回のシリーズでも、少しだけ『脱産業社会の到来』(D.Bell 1973)や『第三の波』(A.Toffler 1980)に触れながら、おじさん的には「情報化社会の猛スピードの変化に無批判に巻き込まれないほうがいいのでは!?」という、若干ひねくれたスタンスでお話してきました。可愛くないとお思いのかたもいらっしゃいますでしょうね。
 
しかし、冷静に見つめてみますと、現代ビジネス社会というのは、「ICTのビジネス化」という視点から見れば、次々と新しいビジネスモデルが創造され、一方、「ビジネスのICT化」によって、従来から懸案だったさまざまな経営上の課題のソリューションが達成されつつあるということに過ぎません。
 
そこで今回のシリーズでは、おじさんが少しだけ得意とする、e-Marketingという視点から、現代ビジネス社会を見はるかしたいと思います。先に結論(もしくは仮説)を申しあげておくと、「どんなにICT技術が進歩しても人間社会には変わらない本質がある。また、一時的に変わったように思われても、実際には、ひとむかし前に戻っただけという発想もあるのではないか」ということです。
 
みなさんが運用研究レポートなどで熱心に議論を重ねられている技術課題や人事、労務問題なども、まったく同じようなことがいえませんか。どんな場合でも、「道を探す」ときに最も大切なことは、正しい心で「道を感じる」ことではないでしょうか。
 
e-Marketingとは
今、この原稿を書いているデスクには、数十冊の「マーケティング」という単語が含まれたタイトルの付いた書籍が積んであります。また、Googleで「Marketing」という単語を検索しますと、なんと5億8,700万件ほどがヒットし、「e-Marketing」と限定しても1億件を超えるサイトが存在します。なお、e-MarketingとInternet-Marketingは、通常ほぼ同義語として使われています。そんなに厳格な区別はしなくてもよいと思います。
 
ところで、マーケティングは比較的若い社会科学分野ですが、マクロからミクロ、理論(theory)から実務(how to)まで、多種多様な切り口、語り口があります。そのうえ、論じる人によって発想のフェーズ(目線の位置)も違いますから、とても面白く、かつ奥深い学問だと言えます。おじさんも、そんな知のジャングルに迷い込んで、しばしば道に迷っています。
 
そこでまず、e-Marketingの基本的考え方を確認しておきましょう。とりあえずの大前提は、「インターネットがネットビジネスという新たな市場を創造したのではなく、既存のビジネスに対してイノベーションを誘発した」ということです。言い換えれば、「インターネットによって、従来からのビジネスの基本的な考え方が大きく変わったということではなく、いままでの技術では困難だったことが容易に実現したり、さまざまな修正が加えられたりしている」のです。図1はそのことを表しています。ですから、心棒のブルーに揺るぎはありません。
これを別の角度からいえば、e-Marketingとは、「インターネットという道具を利用した新しいかたちのデータ・ベース・マーケティング」です。「インターネットの利用によって従来からのビジネスのどこが変わったのか、どこを変えればよいのか」というちょっと突き放した角度から、情報化社会を俯瞰的に見つめることにより、猛スピードの情報ビッグバンの最中で途方に暮れてしまうような精神的焦燥感から逃れることができるのではないでしょうか。
 
e-Marketingの三つのポイント
さてここで、e-Marketingにおける考え方のポイントを整理しておきましょう。大きくは、つぎの三つに集約されます。
 
      1. 新しいビジネスモデルの展開

 

さきに述べた「ICTのビジネス化」の側面です。もちろん、「ビジネスのICT化」をビジネスとするというビジネスモデルもあります。なお、マーケティングの教科書的には、しばしば「経営戦略とマーケティング戦略の融合」という表現がなされます。これはわかりにくい表現ですのでこの際無視しましょう。今や、市場を直視するマーケティングの視点なくして経営は成り立たないのですから、あまり優れた表現とは言えません。
余談ですが、おじさんは、いつも申し上げるように、「戦略」という凶暴な言葉が大嫌いです。それに、これからの世界の目標であるサスティナブルな社会は、従来型資本主義の絶え間ない「競争優位」の追求や、闇雲な「成長志向」からは決して生まれないと信じています。このことも、いつかみなさんと議論したいですね。

 

      1. パーソナル・マーケティング化

 

マーケティングを少し学ばれたみなさんは、ワン・ツー・ワン・マーケティングという言葉をお聞きになったことがあるでしょう。消費社会の成熟化のなかで、顧客一人ひとりのカスタマイズ(サービス内容や商品の性能、その他色々な設定値等を、利用者や顧客の意思に沿うよう変更すること)は、現代マーケティングの重要なテーマです。DMなどもそのためのひとつの工夫です。それが、インターネットの登場で、双方向コミュニケーションがいとも簡単に、安価に、そして確実に行えるようになりました。インターネットによるビジネス手法の進化といえるでしょう。次回以降に、CRM(Customer Relationship Management)や関係性マーケティングの項でもう少し深く考えましょう。

 

      1. 4Pマーケティングの変革

 

もうひとつの大きな変化は、インターネットが、伝統的なミクロ・マーケティングの概念である4P(Product、Price、Place、Promotion)を変えていくということです。あらためていうまでもなく、インターネット(デジタル化)による音楽や画像配信は、物理的なPlace(流通)活動を不要にしました。また、Promotion(販売促進)の手段としても、従来の4媒体(新聞、テレビ、雑誌、ラジオ)に加えて、インターネットがその地位を拡大しています。

 

e-Marketing文化論
最初に述べたように、今回のシリーズを通してみなさんと共有したいのは、現代ビジネス社会の見取り図と進むべき航路図です。もちろん、それぞれ個人の思いや願いを確立すればよいのです。ところが、ともすればどこで決められたかわからない大きなトレンドに巻き込まれてしまいそうになるのがわたしたちの日常です。
 
情報化というものを「コミュニケーションの促進」ととらえた時、膨大な量の情報洪水がその目的を達成するとは、誰も言えないでしょう。インターネットという情報ツールとその利用に関しても、そろそろわたしたちは、成熟化した冷静な視点が必要です。
 
ましてや、当然のように叫ばれるグローバル化の影で、いまだ多くの地域で情報のMissing Linkが厳然と存在する事実も忘れてはなりません。情報社会を論じるための基本的視点とは、人間の生のありようを論じるのだということをかたときも忘れないようにしながら、新しいシリーズをすすめたいと思います。
 
みなさんの忌憚のないご意見やご要望をお待ちします。

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筆者紹介

松井一洋(まつい かずひろ)

広島経済大学経済学部教授(メディア・マーケティング論,e-マーケティング論,企業広報論,災害情報論)
阪神淡路大震災時(1995.1.17)は,関西大手私鉄広報マネージャー。広報室長兼東京広報室長、コミュニケーション事業部長を経て,グループ会社二社の社長。50歳台前半に大学教員に転じ,2004年4月から現職。体験的な知見を生かした危機管理を中心とした企業広報論は定評がある。最近は,地域の防災や防犯活動のコーディネーターをつとめるほか,「まちづくり懇談会」座長として,地域コミュニティの未来創造に尽力している。著書に『災害情報とマスコミそして市民』ほか。

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