システム運用改善 虎の巻

第5回 クラウドサービス導入で変わる運用

 第5回は「クラウドサービス導入で変わる運用」について考えてみたいと思います。
 IT クラウドサービスが登場してから15 年以上経ち、いまや当たり前に利用されるテクノロジーになりました。クラウドサービスをまったく使っていない企業のほうが少ないでしょうし、いまから起業するならクラウドサービスを中心にサービス開発を行うでしょう。クラウドサービスの内容も、仮想サーバーなどのIaaS だけでなく、よりクラウド事業者の管理領域が多いマネージドサービスが増えるなど、多種多様になってきています。大企業の情報システム部門も、何かしらのクラウドサービスを運用していかなければならない時代になりました。
 まずは、クラウドサービスの利点について考えてみましょう。

目次
クラウドサービスの利点
オンプレミスから変わる基盤運用
マネージドサービスを利用していく意義
もっとも大きな変化は課金管理

クラウドサービスの利点

 クラウドサービスの利点はいくつかありますが、運用にかかわる箇所だと以下の2 つとなります。

・ハードウェアがなくなることによる運用コストの抑止
・すぐに開発が開始できる

それぞれの利点を少し考えてみましょう。

■ ハードウェアがなくなることによる運用コストの抑止
 クラウドサービスを利用することによって、物理サーバーなどのハードウェアの管理がなくなるため、基盤運用の多くの部分が削減されます。ハードウェアの保守費用、データセンター管理費用などがなくなるので、純粋なキャッシュアウトも減りますし、故障などへの対応がなくなるので運用工数も下がります。

■ すぐに開発が開始できる
 ハードウェアの準備が不要になるということは、アプリケーションの開発もすぐに始められるということです。これまでは新しいシステムを作成する場合、開発が始まるまでにハードウェアの購入、設置、キッティング、OS のインストールなど、開発環境の準備でリードタイムがかかっていました。しかし、クラウドサービスを利用すれば、すぐにアプリケーションの開発をできるようになり、リードタイムが一気に短縮されます。

 このように、クラウドサービスを利用することで開発がすぐに開始出来て、ハードウェアなどの運用から解放されます。室脇慶彦氏の著書『IT負債 基幹系システム「2025年の崖」を飛び越えろ』によれば、オンプレミスで構築したシステムを完全にクラウドシフトすると、運用コストが9 割削減できるという試算もあります。こうした運用コストの削減が、クラウドサービスが増えていく大きな理由でもあります。

 

オンプレミスから変わる基盤運用

 オンプレミスからクラウドサービスに変わると、実際にはどのような運用項目にどう影響が出るのでしょうか?
 以下の表で、オンプレミス、IaaS、PaaS/SaaS でどれぐらい運用項目に差が出るかを具体的にまとめてみます。

 オンプレミスとIaaS はハードウェアの有無以外にほとんど違いがありませんが、IaaS とPaaS/SaaS は運用項目の内容がかなり異なってきます。
 PaaS だとOS の管理、SaaS になるとOS /ミドルウェアの管理がなくなるので、それらに対するパッチ適用、定期的なタスク実行(ジョブ管理)、システム部分のバックアップ/リストアなど、運用項目の大半の部分が不要になります。
 また、パッチ適用、ログ管理、アカウント管理はセキュリティ管理とも紐づいている部分です。これらがクラウド事業者管理になることで、OS /ミドルウェアに対する脆弱性対応がなくなり、取得しなければならないログが減り、管理するアカウント数が減ることになるので、あわせてセキュリティ管理の運用も削減されることになります。
 監視については、クラウドサービスとオンプレミスで内容が変わってきます。事前にパフォーマンスを予測してサーバーやハードディスクなどのリソースを購入するオンプレミスとは違い、クラウドサービスでは最低限のリソースでサービスを開始して、必要に応じてリソースを追加していくことがほとんどです。このため、クラウドサービスではサービスのレスポンスなどのパフォーマンスを監視して、監視をトリガーに、パフォーマンス向上のためのリソースの追加、サービスの改修を行うことになります。そのため、これまでよりもアプリケーション寄りの監視を重点的に行う必要が出てきます。

 

マネージドサービスを利用していく意義

 運用設計の観点では、サービスを構成する要素の中に仮想サーバーが1 台でも存在すると、基盤運用で設計しなければならない項目が大量に発生するということになります。
 運用設計は全体に対して行うので、仮想サーバーが1 台でも10 台でも検討する内容はあまり変わりません。たとえばパッチ適用の場合、OS へのパッチ適用の周期、手順、検証環境へ適用してから本番環境適用させるまでの承認プロセスなど、大量の検討項目が発生します。オンプレミス/ IaaS からクラウドシフトする場合、可能なら仮想サーバーが1 台もないシステム構成を目指したほうがよいでしょう。
 新規でサービスを開発する場合も、まずはPaaS とSaaS だけでサービスを構築できないかを検討するべきです。どうしても仮想サーバーが必要となる場合は、マネージドサービス型コンテナで代用できないかを考えましょう。マネージドサービスを利用することで、運用コストの削減と合わせて開発スピードの向上も見込めます。

 ユーザー企業の強みは、最新のIT テクノロジーを開発することではなく、所属する業界の中で培った技術や積み上げてきた信頼、保有しているデータであることが多いでしょう。これらの強みをサービス化する場合、1 から自社で開発するよりもクラウドサービスをつなぎ合わせていくほうが早く安く作り上げることができます。限られた予算で開発スピードを上げて運用コストを下げるための選択肢として、今後はマネージドなクラウドサービスを活用していくことが増えていくと思います。

 

もっとも大きな変化は課金管理

 オンプレミス時代の課金管理は、データセンターの利用料やハードウェア購入費用を案分するぐらいの内容だったので、わざわざ運用項目として取り扱うこともありませんでした。しかし、クラウドサービスでは利用料金が複雑かつ使用量などによって変動するので、しっかりと管理を考えなければいけなくなってきました。まずは課金の形態を把握しておきましょう。課金形態は、おおよそ以下の3つに分類されます。

社内で利用しているクラウドサービスが多くなってきた場合は、サービスごとに課金形態と課金方法を管理する必要が出てきます。管理は以下のような表で管理します。

 従量課金のクラウドサービスを多くの部署が利用している場合は、課金管理者を設置することも検討しましょう。課金管理者は、おもに以下のような役割を担います。

・急激に利用料金が増加している部署を発見し、想定外のコスト増加を防ぐ
・課金だけされていて使われていないサービスを見つけ出し解約する
・サービスが利用されていない時間のサービスを停止して、従量課金によるコスト増を抑える
・長期間利用が確定している仮想マシンはリザーブドインスタンスに変更するなど、サービスの利用方法に応じた契約形態へ変更していく
・サービスの効率的な利用方法を周知/ 徹底させる

 AWS、Azure、GCP のようなパブリッククラウドは単体でもすでに課金体系や支払い方法などが難解ですが、複数のクラウド事業者と契約している場合はさらに複雑になります。マルチクラウドでシステムを運用し始めると、課金管理に特化した役割も必要となってくることが想定されます。従来であればお金の話は情報システム部門の管轄ではなかったのですが、クラウドサービスの課金管理はその利用方法に詳しい人材でないと難しいため、情報システム部門がフォロー、もしくは主体的に関与していく必要があります。また、課金管理は運用コストをコントロールする役割も持つため、クラウドサービス導入に合わせて検討する必要があります。

 クラウドサービスの導入で様々な変化が起こることが理解いただけたかと思います。さらに詳しい内容は『運用改善の教科書』に記載してありますので、ご興味のある方は手に取って確認してみてください。
 それでは、次回は運用におけるセキュリティ体制の強化について説明します。

 

図の出典:『運用改善の教科書 ~クラウド時代にも困らない、変化に迅速に対応するためのシステム運用ノウハウ

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筆者紹介

近藤 誠司(こんどう せいじ)
 1981 年生まれ。運用設計、運用コンサルティング業務に従事。オンプレからクラウドまで幅広いシステム導入プロジェクトに運用設計担当として参画。そのノウハウを活かして企業の運用改善コンサルティングも行う。
 趣味は小説を書くこと。第47 回埼玉文学賞にて正賞を受賞。

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