ITのお国事情~ITはどこから来てどこに向かうのか~

第2回 七つの大罪とIT

概要

現代社会はITなしでは語れません。日本においてはソフトウェア開発分野でのIT人材不足が早くから膾炙されていました。問題を解決するために他国の人材に期待を寄せており、現在ではベトナムが注目されています。ベトナムにおけるIT事情は日本のそれをはるかに超えている面もあります。現地での生活環境、オフショア開発需要、文化・国民性の違いや商習慣の違いからくるITへの取り組みの違いをコラムにしていきます。

第2回 七つの大罪とIT

キリスト教では「七つの大罪」として次の項目が言及されています。「傲慢」「強欲」「嫉妬」「憤怒」「色欲」「暴食」「怠惰」の7つです。これらをテーマとした映画やアニメも有名なので耳にしたことがあるかもしれません。死に至る大罪として紹介されていたり、罪に導く可能性のある事柄として解釈されたりしているようです。私は神学者ではありませんので言葉の厳密な意味については図り知ることはできませんが、いずれもいい意味で使われることのない言葉ばかりなのは確かです。しかしながら、「怠惰」については少し違和感があります。「怠惰」を平たく言い直すと楽をするということだと思います。仕事で楽をする、楽をしたいと思うのは一見するとよいことではないように見えますが、もう一歩踏み込んでみると、楽をする・楽をしたいと思うことがIT化の原動力ではないかとも思えます。

話は変わりますが、ラリー・ウォールというという有名なプログラマーをご存じでしょうか。Perl というスクリプト言語の開発者です。Web の黎明期には Perl で書かれた Web アプリケーションがいたるところで動いていました。Web をインタラクティブに活用するには Perl使用の一択でほぼ他のソリューションは存在しないという状況でした。この方が「プログラマの三大美徳」を提唱しています。プログラマーとして必要な心構えについて表したお題目です。それは、「怠惰」「短気」「傲慢」の3つです。「七つの大罪」にもみられる語句が並んでいます。誤解のないように急いで説明を追加すると、
「怠惰」:怠惰なプログラマーは単調な繰り返し作業を苦痛に感じます。苦痛を軽減するために何らかの自動化や効率化を考えます。場合によっては新しい言語を開発することも厭いません。さらに、顧客からの質問にもいちいち対応したくないため、ドキュメントやマニュアルを整備します。楽をするためにアプリケーションを作り、楽をするためにドキュメントを整備するのです。
「短気」:短気なプログラマーは短気であるがゆえに不具合修正にかかる時間を嫌います。作ったシステムを気長にデバッグするのが嫌なのです。そのため設計にしっかり時間を取るので、作ったシステムは作成後も比較的にバグは出にくいものとなります。楽をしたいために設計をしっかりとやるのです。
「傲慢」:傲慢なプログラマーは他人から批判されることを嫌います。そのため読みやすいコード、高品質なコードが作成される傾向があります。楽をしたいために、いろいろと難癖をつけられる前にあらかじめ難癖をつけられる余地がないようにシステムを完成させるのです。
この「プログラマーの三大美徳」はITに関わる者として常に心がけなければならない心構えだと思います。

ここで、プログラマーをもっと広く、担当者に拡張します。
「怠惰」「短気」「傲慢」な担当者にとって仕事で楽をしたいというのは、楽な仕事をしたいということではありません。難易度の高い仕事を与えられようが、とても簡単な仕事を与えられようが、与えられた仕事を何とかして楽に終わらせたいという気持ちは常に存在していると思います。その気持ちがソリューション開発の原動力になるのですが、ここで気を付けなければいけないことは、楽をするための工夫は決して楽ではないということです。例えば、毎晩蓄積されるシステムのログを毎朝整理する仕事があったとします。毎朝同じことの繰り返しなのでログ整理のプログラムを作ることにします。プログラムを完成させるためにはいろいろと調べなければなりませんし、例外処理も実装しなければなりません。一時的にではありますがそれまで以上の負荷がかかってしまいます。「楽をするとはいったいなんだったのか」という状況になってしまうのが常です。楽をするために苦労をするというのがIT化の一面であると思います。
一方「勤勉」「謙虚」な担当者は与えられた職務を勤勉にこなします。楽をする・しない以前に目の前のタスクを淡々とこなしていきます。勤勉な担当者としてはおそらく担当業務に改善点があるなどとはそもそも思っていないかもしれません。

日本ではトヨタのカンバン方式に代表されるように、在庫の無駄を極限まで削減するよう担当者レベルでの改善ポイントの発見が推奨されています。このもったいない精神は日本企業に普遍的に存在していて、さらに一般の業務にも拡張され、作業の無駄をなくすよう業務改善のための工夫を常に要求されている状況です。その業務改善を実現するためのツールの一つがITです。楽に仕事をするとはある意味効率的に仕事をするということと同義と考えられているのかもしれません。そのような状況ですので、我々はまさに楽をしたいがために苦労をしているわけです。結果的には楽になるのはその通りです。別の視点から見ると、業務改善のためのIT化とは内向きのIT化といえると思います。
一方ベトナム人は非常に勤勉であり、与えられた職務を本当に淡々とこなしています。これは悪いことではないのですが、各担当者が勤勉であるがゆえに、定常業務を滞りなくこなし、単調作業の繰り返しを課題として認識していないため、ボトムアップ型の業務改善にはなかなかつながらないのが現状であるように見えます。問題提起→分析→改善というサイクルが回っていないのです。そのため、自分の業務の効率化はさておいて、新しいタスクを始めようとするときにIT化されたタスクを要望する傾向にあります。これは外向きのIT化といえるでしょう。
ここで、便宜的に内向きのIT化、外向きのIT化と呼びましたが、最終的に目指すところは同じでも、この方向性の違いが現実世界においては見かけ上大きな違いとなって現れます。内向きのIT化は、たとえ最先端技術を駆使したソリューションだとしても、見かけ上旧システムとの区別がつきません。一方外向きのIT化は世界をがらりと変えてしまいます。
ベトナムでは10年前は現金しか使用できませんでした。クレジットカードを使えるのもごく一部のお店だけでした。しかし現在ではほぼすべてのお店でQR決済が可能です。決済端末を導入しているわけではなく、店頭にQRコードを印刷した紙を提示しており、それを読み込むことでお客さんの銀行口座から店主の銀行口座に直接振り込みが可能となっています。若い人の中には銀行から現金を引き出さない人もいるようです。世の中の変わり様に少し感動してしまいました。これぞITという感じです。


すべてのお店でQRコード決済が可能です。

「楽をしたい」という欲求は我々に普遍的なものであり、それがゆえに「七つの大罪」として戒められています。一方この感情はITのみならず我々が発展していく原動力にもなっています。暗黒面に落ちない程度に楽する工夫を考えていきましょう。

 

※)この原稿執筆後に「七つの大罪」についてもう少し調べてみたのですが、この文脈で使われる「怠惰」というのは霊的なものらしいです。人にはそれぞれ使命があり、その使命を知っていながら遂行責任を放棄してしまうような状況を指すらしいです。ですので「怠惰」をもってIT化を進めるという取り組みは大罪には当たらないことがわかりました。安心して楽をしていきましょう。

 

 

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筆者紹介

安部聡(あべさとし)
1966年生まれ。ティンヴァンソフトウェア所属。1990年松下電器(現パナソニック)の研究所に入社。通信関係の組込み開発者として業務に従事。3G/4G通信システムの研究開発を行う。2010年にパナソニックR&Dセンターベトナムの責任者として4年間ベトナムに駐在。帰国後FPTのマネージャーを経て現在に至る。入社当時は開発の傍ら、ルーティングテーブルを手動で設定しUUCPやsendmail.cfをゴリゴリ書いて外界と接続するというネットワーク管理の仕事を経験。また有志によってテープカートリッジで郵送回覧されるフリーソフトのインストールやアップデート等システム管理的な業務も経験。当時とは比較にならないほど複雑化したシステムのメンテナンスを行っているシステム管理者には頭が下がります。
所属会社はハノイに本社を置くソフトウェア開発会社。日本関係のソフトウェア開発を実施する事業部を設立し、リソース提供、ソリューション提供を実施中。
現在はベトナムのハノイに駐在中。特に趣味もないため週末は自宅でYoutubeやNetflixを鑑賞しています。

【会社URL】
https://tso.vn/ja

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