ITと内需産業振興

第1回 日本人とITの相性

概要

内需産業(中小企業・消費・福祉・農業・環境・観光など)はITへの取組みが遅れており、テコ入れが必要と思います。

目次
第1回 日本人とITの相性

08年9月のリーマン・ショックは、日本経済を塗炭の苦しみに追い込んだ。長かった「平成バブル」の後遺症もようやく癒えて、いよいよこれから登り坂にはいるというところで、再度、出鼻を砕かれてしまった。リーマン・ショックを境に、日本経済を取り巻く「景色」は一変したのだ。従来の経営戦略を投げ捨てて、新興国市場へ積極的に打って出ざるを得なくなった。だが、大企業は海外に生産拠点を移せても多くの内需産業は、この日本列島を主戦場にして戦わざるを得ない。内需産業は先細るマーケットをどのように深耕するのか。それにはITを活用した効率的な経営しか道が残されていない。今回はこれをテーマにして連載を組む。

 

日本人とITの相性

私がこのコラムを執筆し始めて一貫して強調していることは、日本人とITの相性問題である。欧米に比べてITの利活用が今ひとつパットしないのである。ITというハードウエア作りは得意中の得意でも、ソフトウエア、つまりその使い方になると、とたんに「後進国」に成り下がってしまう理由は何であるかだ。これは、日本社会のあり方にも深く関わっていると思う。

具体的には、日本社会が「集団主義」によって形成されている点である。卑近な例を取り上げると、中国の人々が戦前からの「日本人論」で強調している点は、「日本人と中国人が1対1であれば、商才において中国人は絶対に負けない。だが、日本人はすぐに集団を組むので中国人はビジネスで勝てない」というのである。これは、戦前の中国人作家の林語堂も強調していた点だが、日本人社会の「集団主義」は否定すべくもない。

この「集団主義」が今や、IT活用においてマイナス作用を及ぼしている事実にわれわれは目を向けなければならなくなった。「集団主義」は「以心伝心」の社会であるから、ITという「文明の機器」を介さずとも目と目を合わせただけで、コミュニケーション可能という便利さを持っていた。だが、この肌と肌を合わせるような至近な交わりが、ITという機器を通しての意思疎通になると、急に「不安」を覚えるのである。

「去る者は日々に疎(うと)し」という言葉がある。今さら説明するまでもなく、親しかった仲でも、いったん顔を合わせなくなると次第に疎遠になるという意味である。つまり、日本人の「情緒的」一面を伝えているが、直接に顔を合わせないと不安だというこの「甘えの構造」は、IT活用ではマイナスに作用している。「ダイレクト・コミュニケーション」しか信用しないのでは、すこぶる不便である。この「情緒的不安症」が、日本人のIT活用に大きな影を落としているのだ。

「IT不安症」の実例をデータで見ておきたい。

(表1)情報通信先進7ヶ国にみる偏差値

【出典】『平成21年版 情報通信白書』(総務省 2009年)

上の表にはっきりと示されている点は、日本が情報通信の「基盤」では先進7ヶ国中で1位であるにも関わらず、情報通信の「安心」では最下位になっている事実だ。そこで「安心」に関する国際ランキングを偏差値の高い国順に並べ替えると、デンマーク、スウエーデン、英国、米国、シンガポール、韓国。そして、我が日本の順位である。この序列を見て何を感じられであろうか。少し考えていただきたい。

それは、北ヨーロッパ、アメリカ、アジアの順であり、最後尾が日本である。この序列の意味するものは私の「我流」解釈だと、確固たる市民社会の形成された欧米が断然、優位にある点だ。つまり、市民社会は連帯社会であるので、先ず「個」が確立された後で横のつながりが形成されている。ここでは、「集団主義」という「個」の未成熟な確立を前提にした社会ではない点に突き当たる。逆にいえば、「集団主義」の色彩が弱い順に、情報通信の「安心度」が高まる結果にもなっている。

「個」が確立された社会では、「ダイレクト・コミュニケーション」を煩わさなくても、「連帯」という理念でつながっている。一方の「集団主義」では、「連帯」の理念を欠いているので、いつも顔を合わせていないと「不安」になる。この差が、情報通信の「安心度」におけるランキングに現れているとすれば、日本としてその弱点を十分確認しておく必要があるだろう。

内需産業の生産性を上げて行くには、IT活用は不可欠である。だが、これまで指摘してきたように、日本人の特性が「集団主義」にあって「ダイレクト・コミュニケーション」重視の社会とすれば、IT活用に大きな障害が出る恐れがある。それを先ず、認識しておくべきであろう。その障害をいかに克服するかがこれからの課題である。

「内需産業」とは、どのような産業を指しているのかを明確にしておきたい。一般に「内需産業」というと、その企業規模は「外需産業」のような大企業ないし超大企業に比べて、小さいという特色がある。中小企業といってもよいわけで、なかなかIT化が進まない分野である。具体的には、「医療・福祉」、「教育・人材」、「雇用・労務」、「行政サービス」などが頭に浮かぶであろう。実はこれら4分野のIT利用率が、日本で最も低いグループである。もし、この分野においてIT化が進んでいれば、生産性が上がって多くの人々が、その便益にあずかったに違いない。例えば、「雇用・労務」でIT化が進んでいれば、昨今のような雇用情勢の厳しい時期でも、求人と求職者とのマッチングがよりスムースに進んだであろう。

ここで、表1における情報通信に関する「安心」のランキングで1位のデンマークと、7位の日本を比較しておきたい。情報通信への「認知率」において、デンマークと日本ではさして変らない。だが、「利用率」になると日本はぐっと落ちるのである。この結果、日本では、「ITについて知っていても使わない」という姿が浮かび上がるのだ。これは深刻である。「知らなくて利用しなかった」ならば、その存在を周知徹底させればことはすむ。だが、「知っていても利用しなかった」とすれば、どうやって「水辺まで馬を連れてくるか」という問題になる。その原因が、「集団主義」にあるという私の解釈になると、先行き「お手上げ」である。

そうだとすれば、この連載は成立しない。早々と筆を折って次なるテーマに移った方が無難だが、ここで一つの提案を試みたい。それは、「好き嫌いの段階」を超えて、IT利用なくしては、日本経済が生き延びられない事態に陥っている点だ。その事態とは、「外需産業」が新興国へ直接進出して行った後、その穴を「内需産業」がどうやって埋めるのかである。それは、「内需産業」の奮起しか方法がないのである。

本連載は、次のような内容になる。

  • 第1回 日本人とITの相性
  • 第2回 日本経済復活とIT利活用策
  • 第3回 内需産業復活とIT戦略
  • 第4回 中小企業とIT戦略
  • 第5回 地域産業復活とIT戦略(1)
  • 第6回 地域産業復活とIT戦略(2)

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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