DXリーダー人材を育成するために必要な5つの基礎能力⑥

第6回 生産性と付加価値向上は何をもたらすのか?

概要

「DXリーダー人材を育成するために必要な5つの基礎能力」で紹介した内容について、 DX推進する上で欠かせない知識とマインドを8人の専門家がお伝えします。

「日本の生産性は低い」、こんな話を耳にしたことがあるでしょうか?
企業活動が効率的にできているかを調べる指標として、「生産性」はよく耳にします。例えば在宅勤務は生産性が上がるのか?など、実施した取り組みや投資に対する効果の指標として使われます。また「付加価値」は、自社の製品やサービスが市場に提供している価値として、生産性の産出(アウトプット)の数値として使われます。

DXにおいて、業務の効率化、自動化や省人化、売上の向上、顧客体験価値の向上、新しい価値の創造などを目指して取り組みや投資が行われ、効果は生産性や付加価値額で見られることになります。

「DXで生産性向上だ」なんて号令を聞きますが、号令だけでは生産性は向上しません。
DX推進リーダー人材として、具体的に何をどうやって考えて生産性を向上させていくのか、そのためには何が必要になるのかなど、生産性向上のポイントと併せて見ていきます。

目次
生産性と付加価値との関係は?
生産性向上のために何から始めるか?
生産性向上がもたらすものとは
最後に

生産性と付加価値との関係は?

まずは言葉の定義から見ていきます。
生産性とは、原材料や労働力などの投入量(インプット)と、得られる産出量(アウトプット)の割合のことで、「生産性=産出(アウトプット)÷投入(インプット)」で表されます。当てはめる数値で種類がありますが、DXでは労働生産性「付加価値額÷労働量」の指標が使われていて、労働量は「従業員数」や「従業員数×労働時間」などが使われます。

続いて付加価値とは、企業活動の中で付け加えられた価値のことで、売上高から外部購入した価値の金額を引いて、付加価値額として表されます。DXを推進している経済産業省では「付加価値額 = 営業利益+給与総額+減価償却費+福利厚生費+動産・不動産賃借料+租税公課」を用いていますが、シンプルに「付加価値額=売上総利益(粗利益)=売上高-原価」で管理するとわかりやすいです。

言葉の定義を見ていくと「生産性向上」を実現するためには、以下の3つの方法があることがわかります。

① 付加価値額を増加させる
② 労働量を減少させる
③ 労働量の増加とそれ以上に付加価値額を増加させる

先ほど挙げた取り組み例から見ると、売上の向上、顧客体験価値の向上、新しい価値の創造は①付加価値額の増加、業務の効率化、自動化や省人化は②労働量を減少させるに該当します。シンプルに考えると、生産性を向上させるには①付加価値額を増加させる、②労働量を減少させる方向性になります。

 

生産性向上のために何から始めるか?

生産性向上の方向性がわかっても、具体的に何から始めればいいのかで戸惑ってしまうこともあると思います。いきなり細部に入ってしまうと話が進まなくなることがありますので、まずは全体的に大きな業務の流れに沿って「現状を見る」ことから始めていくことが望ましいです。そして改善できそうな点、つまり業務間で流れが滞っているところ、問題に感じているところ、こうなったら楽だなとか嬉しいなと思えるところを探していくと良いと思います。

現状を見て改善できそうな点を整理した後は、小さくスタートして早く効果が得られること(スモールスタートクイックウィン)から進めていくとスムーズです。「DXってこんなことでいいの?」と思うレベルでも問題ありません。今よりちょっと楽に便利になる、今よりちょっと喜んでもらえる、そんなことを「実行」することがとても大切です。

スタート時点から、机上であれもこれもと大きく考えて結局何も進まないよりも、小さくでも早くスタートして効果を得る、この成功体験を次のモチベーションにしつつ次はもう少し大きいステップに進んでいく、そんな「実行」のサイクルを続けていくことが、生産性向上に繋がっていきます。

また注意が必要な点として、生産性向上を目指した場合、②労働量を減少させる方にどうしても目がいきます。これは既に費用やコストが見えているからで、今はまだない付加価値をどう出していくか?よりも、今あるコストをどう下げていくか?の方が考えやすいからです。スモールスタートとしては良いと思いますが、生産性向上の観点からは、①付加価値額の向上もバランスよく取り組んでいくことを忘れてはいけません。

生産性向上を目指していく上で、このような「実行」のサイクルを続けることができる組織や組織文化に変革(トランスフォーメーション)していくことが、1つ目の成功のポイントだと考えています。

 

生産性向上がもたらすものとは

日本国内において、生産年齢人口の減少による働き手の減少は避けて通れない状況となっていて、人材確保は厳しさを増しています。併せて働き方改革の推進で、有給休暇の取得義務や時間外労働時間の制限もあり、現在と同じ労働量を確保していくことに課題感があります。このような事業環境では、企業にとって②労働量を減少させる取り組みは必要なことになってきています。

従業員側から見ると、生産性向上の先にどんなメリットがあるのでしょうか?
生産性向上の結果、企業が得られる利益が向上して金銭的な面で従業員の報酬が上がる可能性がありますし、時間的な面で業務時間や残業時間が短くなりゆとりある働き方が出来ることになります。従業員にとっても生産性向上は大きなメリットをもたらしてくれます。

一方、生産性向上で②労働量を減少させるために業務の効率化や自動化の話をする場合、「減らした人手はリストラするのか」などと気にされることがあります。ニュースでも「AIでなくなる仕事」「10年後もなくならない仕事」といった記事をよく目にします。
今自分がしている業務や仕事の行く末が気になる気持ちはわかりますが、一定の業務や仕事はなくなったり、置き換わったりすると考えます。

これは決して悲観的な意味ではなくて、新たな業務や仕事も生まれてくるはずですし、企業が生き残っていくためには、付加価値を生みづらい業務を効率化や自動化して労働量を減らしつつ、より付加価値を生む業務に労働量を傾けていく必要があります。
環境が変わり業務が変わっていく中で、今まで培ったスキルや知識だけでは足りないこともあると思いますので、従業員の意識改革やスキルアップ、新しい知識の習得も求められてきます。

「今から新しいことを学ぶのは辛い」と壁を感じる方もいるかもしれませんが、人生100年時代と言われて学び直しが注目されている昨今、環境の変化に併せて必要なスキルや知識を得ていくことに、遅いということはありません。DX推進をしていく中でも、新しく求められるスキルや知識があると思いますので、リーダー人材が率先して学ぶ姿を見せることが、他のメンバーの意識を変えていくことに繋がっていきます。

生産性向上を目指す中で、このように環境変化に併せて従業員自体が意識やスキルを変革(トランスフォーメーション)していくことが、もう1つの成功のポイントだと考えています。

 

最後に

「DXで生産性向上」を行う中で、組織と人が変革することを成功のポイントとしてお伝えしましたが、人間の心理として変化を嫌う気持ちは多くの人にあると思います。新しいことを進めようとしたときに、つい難しそうだとか面倒だとか後ろ向きに考えてしまい、なかなか変わることできないことがよくあります。

DX推進を担うリーダーとして、そんな時は生産性向上を通じて「どうなりたいか?」のイメージを共有できているかどうかが重要になると感じています。よく言われている「明確な目的を持つ」ということです。目的があると地図のような役割をしてくれますので、途中で迷うことなく進んでいくことができると思います。

「DXで生産性向上だ」と号令をかけるだけではなく、目的に向かって着実に進んでいくようなDX推進が増えていくことを期待しています。

 

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筆者紹介

田代 博之(たしろ ひろゆき)

商社、SIerなどで営業のキャリアを積みながら、製造業を中心としたITやIoTの導入に関わる。現在では中小企業に向け、多様な営業経験を活かした事業拡大、営業力強化、WEB活用を中心に活動中。ミャンマーでのオフショア開発やビジネスプロセスアウトソーシング事業も支援中。アクシアパートナー代表。
主な著書(いずれも共著)
IoT しくみと技術がしっかりわかる教科書」 技術評論社

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