職場のメンタルヘルス

第3回 メンタルヘルスとコミュニケーション

概要

各企業におけるメンタルヘルスの取り組みはここ数年かなり熱心になっているように思います。その背景には、うつなどの心の病気で仕事を離れる、もしくは会社を去って行くといった従業員の数が増加しているからでしょう。多くの企業でメンタルヘルスに対する取り組みが熱心になっている一方で、依然として心の病気にかかる従業員の数が減らないという状態が続いています。その理由としてはいろいろなことが絡んでいると考えられますが、今月からの連載では、メンタルヘルスの現状と課題、その対策について紹介いたします。

今回は、メンタルヘルスとコミュニケーションについて紹介します。
 
 コミュニケーションのよくとれた職場ほどメンタルヘルス上の問題が起こりにくいという調査結果がありますが、実際に様々な組織でお手伝いしていると、確かにその通りだと思います。
  コミュニケーションには、発信する側と受け手側が常にありますが、発信する側にも受け手側にも共通に大切なことがあります。それは、ともに理解しあう姿勢ではないかと思います。一言でいえば、『思いやり』ということでしょうが、この思いやりの精神があれば、メンタルヘルス上の問題は起きづらいのではないかと常々感じます。
 
 しかし、残念ながら、今は競争社会ですぐに結論や成果が求められる状況です。お互いを思いやっている暇などないとばかりに相手と接していないでしょうか。そのようなことを意識的に行う人はいないにしても、無意識にでも行っているとすれば、これは大きな損失を所属する集団に与えることになります。
私は、若手クラスの研修をお手伝いしていて、たまにメンバーの方から、
 
「(上司から)あぁいう言われ方をすると、わざと手を抜いてみたくもなりますよ。」
 
といった言葉を耳にすることがあります。おそらく、実際に手を抜いていると思います。手を抜いている意識はないかもしれませんが、本来発揮されるはずの生き生きとしたエネルギーが出ないので、結果として手を抜いたことになっていると思います。このように無駄なところにエネルギーが使われてしまっては、生産性の向上も何もあったものではありません。
それではどうすれば効果的なコミュニケーションがとれるのでしょうか。
受信側への理解と発信側自身の2つの観点から説明したいと思います。まず、受信側への理解には、次の3点が大切だと思います。
目次
受信側への理解で大切な姿勢
発信側に求められる姿勢

受信側への理解で大切な姿勢

  1. 自分の枠で見ない。
  2. 思い込みを持たない。
  3. 理解しようという姿勢で聴く。
 
特に、能力の高い人ほど、自分の枠で見たり判断したりしがちです。
 
常に部下は自分と比べると物足りなく見えます。その結果、すぐに口を出したり、手まで出したりしてしまって仕事を奪ってしまいます。そのようなとき、部下の人は自信を失くして、しらけることはあっても、よし次は頑張ろうとはならないものです。また、任せたにしても厳しい罵声を飛ばす人もいるようです。本人は叱咤激励のつもりでしょうが、相手がどう受け止めるかが肝心で、強い精神力をもった自分に合わせろというのは無理な話でしょう。
 このような理解の足りない上司のもとについた部下は、よほど精神的にタフであれば話は別ですが、そうでなければ、自信を失い、仕事に対する面白さも見い出せない状態に陥ってしまいます。
 自分と異なる存在として相手を認めるという意識が重要だと思います。そうすれば、その人には、自分とは異なる良さもあって、そういう良さも引き出していけると思います。
 
かつて、ある会社の人事部長からおもしろい話を伺ったことがありました。
 
 あるラインの部長から、ベテランの女性社員のA子さんをどこか別の部署に異動させてほしいという相談を持ち込まれたそうです。
 その理由は、仕事に対して前向きでなく、遅刻をしたり、批判的なことをすぐに口に出したりして、周りの後輩に与える影響も大きいので、何とかしたいということです。元々、前の職場も同じような理由から異動しているので、もう引き取り手はない、そこで、人事部長はそのことを全てA子さんにあらいざらい伝えた上で、どうしたいのかを聞いてみようと思ったそうです。というのも、この人事部長は、A子さんを採用した責任もあるし、新人の頃の真面目な仕事ぶりなどもよく知っていたから、何があったのかを知りたいという思いも強かったのだそうです。
 面接の場面では、部長が事実を伝えて、今後どうしたいのかと尋ねると、A子さんは押し黙ったまま、何も話さない状態が30分続いたそうです。30分間沈黙の状態で、その間、部長はただ黙って見守ったそうです。そしてついにA子さんの目から大粒の涙がボロボロこぼれて、もう一度気持ちを入れ替えて仕事をさせてもらいたいという一言があり、その後、職場に戻して活躍してくれたそうです。
 
 A子さんが後ろ向きな働き方をする原因が何だったのかは分かりませんが、自分を理解しようとしてくれている人がいるということが大きな支えになったことは間違いないと思います。
  このA子さんの場合は、メンタルな問題だったわけではありませんが、孤立した(と本人が実感する)状態が長く続けばひょっとしたら心の病気になったかもしれません。
  日頃と働き方が違うなとか、最近笑わなくなったなとか、顔色が良くないな、などの変化に気づいたときには、やはりこのようにきちんと話を聞いてくれる理解者が周りにいるということはとても大切です。特に、単身者や単身赴任者の方などは、身近に話す相手がいない場合がありますので、なおさら気をつけて戴きたい点です。
 
一方、発信側自身にとって大切なことがあると思います。
 最近は、対面でのコミュニケーションの機会が減っていることに加えて、コミュニケーションを煩わしいと感じる人が増えているように思います。
 実際、買い物ひとつとっても店員さんと何も会話しなくても買い物が済んでしまうという時代です。インターネットであればさらに顔も合わせなくても済んでしまいます。また、顔を合わせて買い物をしているような場面では、店員さんと話すことが煩わしいせいか、横柄な態度を示す人が増えてきているような感じがします。
  つまり、自分の言いたいことを相手に適切に伝える能力がそれだけ落ちてきているのではないかと推察されます。

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筆者紹介

筆者紹介
伊藤 弘子(いとう ひろこ)

1986年株式会社ビジネスコンサルタント入社。営業職を経て、コンサルタント部門へ移籍。メンタルヘルストレーニング、セルフエスティーム向上トレーニング、モチベーションの高いチーム・部下を支援するマネジャー研修に力を注いでいる。

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