DXリーダー人材を育成するために必要な5つの基礎能力㉖

第26回 基本のキ、3S・カイゼンを怠っていないか?

概要

「DXリーダー人材を育成するために必要な5つの基礎能力」で紹介した内容について、 DX推進する上で欠かせない知識とマインドを8人の専門家がお伝えします。

目次
1.ホワイトカラーはカイゼンと無縁?
2.カイゼンなしにイノベーションもトランスフォーメーションもない
3.リーンマネジメントを学べ!
4.例えばメールやチャットでのカイゼン
5.変革できない顧客にどう向き合うか?

1.ホワイトカラーはカイゼンと無縁?

 私は、これまで多くの組織体と仕事をしてきた。まず「役所」、真面目で変革を完全に拒否するところではないが、何かと保守・守旧のイメージが強いだろう。極めて実践的な部署もあるが、残念ながら総論賛成でも実行段階になると完全拒否ということも少なくはない。
 されば、民間企業はどうかと言うと、製造現場でのカイゼンで着実なコストダウンを実現しながら、経営者や中間管理職に接すると自分の業務ではカイゼンのカの字も見当たらない。現場に任せて自ら実践すると言うことがないのである。
 本当は、組織の中で仕事しないと実態はどうなのかわからないのだろうが、パートナーとしてシゴトをしてみると、カイゼン提案をことごとく蹴ってくる、3Sができてないのであろう、ある日付のドキュメントを見てくれ、と言うと1週間ばかり後の回答になる。
 多くのNPOとのお付き合いもあるが、この会社のOBが主力になっているNPOでは、指示待ち、マニュアルがないと?イベント現場でヒトの後ろについて歩く方、情報共有できなくて抱え込み、相手は「聞いていない」続出である。
 現場の、それもコストダウンを実現するカイゼンを職長レベルに任せて、自分は一本指打法でパソコンを打ち、秘書にFAXさせ、それを管理職に昇進してから20年以上改めていない、結果がこれである。
 ITベンダーやSIer、コンサルタントはどうか?
 作業への集中、最短動作、作業のタイムシフト、複雑な工程は、単純な工程に分解する、記録の方法、作業台の高さの最適化、帳票の統一、ポカよけ、標準化(作業・自事務処理・システムも)など。
 カイゼンを適用し、習慣化することで効率アップでき、雑務を秘書ではなく、自ら処理する、こうしたことができれば、カイゼンの恩恵は多いのではないか?
 不肖、私自身のコンサルタント業務でも、デジタル化とカイゼンの習慣のおかげで、会計事務は月に数時間、顧客と確定が必要な連絡はメールやスラック、出張はゲンバを拝見する時だけで、あとはZOOM、と生産性爆あがりである。

 

2.カイゼンなしにイノベーションもトランスフォーメーションもない

 ゲンバまかせのカイゼンで成果が出ている間は良いが、それだけではやがてネタが尽きて、カイゼンの飽和状態になることは、多くの企業・製造現場で体験されているはず。
 つまり、固定されたスタッフで既存の生産材、つまり与えられたリソースの範囲内でカイゼンを繰り返すと発想も枯渇し、設備や原材料、コストの限界にブチあたり、カイゼンが回らなくなる。ここで、カイゼンの習慣がなく、ゲンバまかせの指揮官が何も気づかないと、せっかくのカイゼンが滞ってしまう。
 3S、整理(いらないものを捨てる)整頓(工具や図面、きちんと並べすぐに取り出せる)清掃(書いたまま、だが、コンタミ防止や事故防止にも繋が李佛戻、ロスをなくせる)
 そして5Sになると完璧。清潔(食品や精密部品では何より)、躾(しつけ、これが最も重要、上記3S、4Sが連綿と習慣化、ルール化され、永続的に繰り返されること。)が加わる。
 中間管理職や経営者がカイゼンの具体的取り組みを体感していない、理解できないと、「変えない」体質が躾けられてしまう。これではトランスフォーメーションなど進むはずがない。
 私だけでなく、大企業経営者や中間管理職、ひいてはITベンダーのエンジニアにもメリットが大きく、反対に効率が低くて時間で成果を出す展開では、勝負にならないはず、それどころか人間が壊れてしまう。

 

3.リーンマネジメントを学べ!

 日本でいまだに経営者に学ばれ、創始者も尊敬されているTPS(トヨタ生産方式)。しかし、日本では、生産現場にしか理解・普及されていないようである。
 日本の工業力は、戦前戦中、エンジニアリング部門・設計では堀越二郎(零戦の設計者)のような個人的才能とセンス、努力である程度の水準にあったようだが、生産現場は旧態依然であったようだ。
 吉村昭氏の小説「零戦」でよくわかる。
 戦闘機の治具は木製、地震や空襲で床が歪むと調整し直しが難しい、ロジスティック、工場から非上場へ運ぶのは牛車。熟練工が出征すると学生が取って代わるが、精度がダダ下り。手順化ができてなく、品質管理の考え方もなかった。
 戦後、こうした状態に品質管理の概念、手法を戦後持ち込んだのがデミング博士、ここから巡り巡って豊田自動車の大野耐一氏らがまとめたTPSが発展・体系化された。日本車のダンピング輸出が問題になりバッシングを受けた1980年台のアメリカ、日本車が安く売れるには何かノウハウがあるのではないか?と気づいた経営者たちが日本での3S・カイゼンや生産管理を知り、米国に逆輸入。これはヨーロッパにも広まり工場での生産活動だけでなく、あらゆる組織の生産性向上、効率化、そして、単にコストダウンでなく、会社の効率アップで会社や従業員の富を増やし、社会の富を増やし、国富をうみ、より良い社会を実現しようとの理念化が加わり、今もデジタライゼーションの効果を取り込んで発展しつつあるリーンマネジメントとして世界に普及し続けている。
 デミング博士他については、拙稿がIPAのサイトで公開されている。参考まで。
https://www.ipa.go.jp/digital/dx/mfg-dx/ug65p90000001kqv-att/000096314.pdf
 p9 デミング博士から TPS、リーンマネジメント-カイゼンの系譜
 日本では、TPSや3S・カイゼンが有名で、ベンチャー企業のリーン・スタートと混同されたのか、経営者はじめミドルマネジメントを担うホワイトカラー層にもあまり普及していないように思われる。ここが日本の失われた30年の実態ではないだろうか?
 日欧産業協力機構のお招きで訪れたアイルランド・ダブリンでのエンタープライズエクセレンスアイルランド2018。この舞台で、大阪の小さなDX事例をカタコトの英語でプレゼンテーションしてきたのであるが、ここでは、カイゼンはもちろん、ゲンバ、〇〇サン=敬称、などの日本語がそのまま使われていて、赤っ恥のプレゼンはともかくも、少し誇らしい気持ちになったものである。
 大学の研究者やフィアット・クライスラー、VWなどの役員、エンジニアやコンサルタントなどが多数集まり、自社での取組のプレゼンテーションと意見交換を繰り返していた。
 こうした動きが出て来ないことが日本のDXの遅れ、5周遅れの原因になっているように思えてならない。


エンタープライズエクセレンスアイルランド2018 ロゴ
LEAN MANEGEMENTの文字が見える。

 

 カイゼンが頭打ちになったら、リソースの投入でゲンバ環境を変えるしかないと、理解することができない。これができるのは最終的にリソースの投入を決定できる経営者だけである。ゲンバの状況を理解し、上層部に伝えるミドルマネジメントも重要である。
 若いマンパワーを加える、インターンを入れる、コミュニケーションツールを入れる、設備の自動化、負荷の高い業務にロボットを入れる、検査を画像とAIで、などである。
 業務環境を変えるとまた次のカイゼンが機能し始め、限界まで進む。その時は、また経営者がリソースを投入しないといけない。中間管理職はボトムアップとトップダウンの両方を仲介する。
 最近トヨタ自動車の決算内容が発表されていたが、ここでは経営がトランスフォーメーションに深く関わり、ゲンバカイゼンに寄与する投資を実行していくようで素晴らしいことである。
 これがないと、DX、絶え間ないトランスフォーメーション、ただしデジタルを使った、が進むわけがないのである。

 

4.例えばメールやチャットでのカイゼン

 カイゼンを習慣づけるには、色々なアプローチがいるが、大阪の中小企業が開催する3Sやカイゼン研修のような場に参加するのが王道であろう。製造業じゃあるまいし、と思われるかもしれないが、要は方法論が身につけばリーンマネジメントのようにどんな組織体、業務、会議体、事務からシステム開発まで応用が可能である。
 「リーンマネジメントの教科書」、「トヨタ生産方式」などの書籍もある。


参考書:マンガも含めて多数が入手できる。

 

 一例としてメールの署名の活用をお勧めする。いちいち、マルマルシステム開発の何某、といれてくれる方もおられるが、電話・メールアドレス、住所、部署などをいれた署名を用意する。そんなことはやっていると仰る向きもあるだろうが、先頭行に「DX powerの辻野です。」といれておくと、さらに便利である。多数宛先へのメールに返信する場合、返信を受けた先方がメールの下までスクロールするか、アドレスを確認しないと「誰が出席やねん?」と判別できない、なんてことがあって、殊更に先頭に誰からの返信か書いてくれ、なんて記されることさえある。
 ここでの考え方は、あと工程に負担をかけない、である。メールに返信したらいいのだから、面倒くさい、と言う方は、ここがわかっていない。電話や住所の記載がないと、直接電話したい場合や書籍などを送りたい場合、名刺管理ソフトやらアドレスブックで検索しないといけない。全体最適を考えると、相手の負担を減らすことも、と言うことである。逆にチャットやSNSのコメントでは、名乗り、は省略する。発信者が誰か、わかる仕様になっているからだ。各種チャット、やFacebookでも「ご無沙汰しています。このところ、天候も良く、とか、何々ではお世話になっております、などは閉じたネットワークなので、要らない。@以下で返信先が記載されるもの、返信先の氏名が自動的に記載されるものがあるが、こうした場合に 「辻野一郎」の自動表記の次に「さま」をつけないと失礼、との奇妙なマナーを主張される方もおられるが、そうした手間を減らすためのコミュニケーションツール、こう言う時には、署名も自公の挨拶も今後ともよろしく、も省略して、生産性をあげよう。
 大変、矮小な事柄を取り上げたが、より良くよりロスなく、自分だけでなく、周囲がラクになるよう意識することが、3S・カイゼンの端緒となると考えたい。

 

5.変革できない顧客にどう向き合うか?

 さて、読者の皆さん、拙稿を読んでいただき、ITベンダーとして身近な3S・カイゼンにみずから取り組もうと決意されている方も少なくないと思うが、さらに待ち受ける難題は、顧客をどう誘導するかである。
 お金は払いたくないし、変えましょう、と言っても今は好調だし、など、結局変えない、やらない理由のオンパレードになってしまう。
 中小企業のDX取組状況は、次のグラフのようになっている。

(出典:令和5年度(2023年度)の中小企業の動向:経済産業省)
グラフ作成は筆者

 

 要するに企業・経営者に行動変容をおこしてもらわないといけない。
 そのためには、さまざまな提案を多角的に説明できる情報量、スキルを身につけ  ていること、そして何より相手方の状況をくみとり、話術や資料を駆使して説得に成功できるだけのコミュニケーション能力が最も重要なのではないか?
 Chat GPT4oが発表され音声での対応に進化が見られるようだが、ことコミュニケーション能力については、人間に1日の長があると思われる。まずは3S・カイゼンの進め方を体感し、顧客のサービス・製造などのゲンバでどのような思考が行われているのかを先読みできるように日頃から訓練しておく。その上で、効果の程を切々と熱く語り、経営者・管理者にリソースの投入を決断させる。本連載の他の記事にもあったと思うが、「体験とコミュニケーション能力」、これを最大限活かして、顧客に行動変容を促すしかないのである。 

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コメント

筆者紹介

辻野 一郎(つじの いちろう)
ITコンサルティング DXpower 代表
◆独立行政法人中小企業基盤整備機構機構 中小企業アドバイザー
◆公益財団法人関西文化学術研究都市推進機構 コーディネータ
◆一般社団法人エコビジネス推進協会事務局長
◆BAC 大阪
◆みせるばやお
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