DXリーダー人材を育成するために必要な5つの基礎能力⑧

第8回 成功事例に見るDXリーダー育成

概要

「DXリーダー人材を育成するために必要な5つの基礎能力」で紹介した内容について、 DX推進する上で欠かせない知識とマインドを8人の専門家がお伝えします。

このところ中小企業のDXへの取り組みが加速していると感じる。絶対数としては少なくとも、取り上げられる成功事例の数は次第に積み上がってきていると感じる。複数の事例を概観することで成功に至る共通項も拾い出し整理することができるようになってきた。そこで、今回は、DXに取り組む企業での人材育成・組織づくりに絞って成功のポイントを見るとともに、システム管理者、ITベンダー側からユーザーに提供できるモノ・コトについて考えていく。

 

目次
1)成功は、組織づくりから。まず社長
2)IT部門の社長の右腕
3)担当者(スタッフ)に「変化」を身につけてもらう。これが一番難しい?
4)X(トランスフォーメーション)=変革を続けるために

1)成功は、組織づくりから。まず社長

 企業の組織レイヤーを機能別に整理すると、中小企業から大企業まで、ざっくり4つに整理することができる。これは第2回の拙稿で述べたとおりである。つまり、上位から、経営者(社長)、部門責任者(マネージャー)、担当者(スタッフ)である。※1
 まずは社長である。成功事例を見ると、社長がDX推進(DXと言う言葉がない時代から無意識にやり始めたところも多い)を提案し、結果にコミットしている。これが最も分かりやすい共通項である。
 京都府のヒルトップ※2。山本昌作氏(現相談役)が事業を継いだ時から、「鉄工所は嫌いだ。」と言う強烈な意識、「工場らしくない会社にする。」「楽しくなければ会社ではない。」との目標を立てて、工場の自動化に取り組んできた。24時間無人操業のスマートファクトリーを実現し、最近は、自動プログラミングシステム「COMlogiQ」を開発、サブスクリプションサービスを提供している。
 下請的な業態で大手企業に部品を提供する状態では未来が拓けないとの明確な認識があったから取り組めたことであろう。仮に、仕事があるだけウチは恵まれている、などとして、現状維持に汲々とするようなトップであったら、今の成功はなかっただろうし、リーマンショックなどの試練に持ち堪えられなかったかもしれない。現状維持では、投資余力もできず、何か変化があると存続が難しい、そういう時代である。
 東大阪市、近畿工業の田中聡一社長※3、社業を継ぐ条件に、「1年間外国に行かせてほしい」と条件をつけた田中聡一社長、アメリカ、中国と海外の製造業を見聞する機会を得て、「モノを大量に造らせたら彼らに勝てない」と言うことを肌で感じて、帰国。その後、多品種少量生産へのシフトを実現させて、油圧シリンダーなどで強みを発揮している。「駅前鉄工所」「ハイテク村の鍛冶屋」など、ユニークな夢・構想を社内に提示し、実現してきた。
 そこに至るプロセスでは、社員の耳元で「こんなことやったら面白い思えへんか?」「こんな機械入れたらラクになるんちゃうか?」との囁き作戦をやってみたり、プロセスは至って地味であるが、新たな分野の顧客開拓を実現するなど、進化を続けている。
 他にも、ロボットが好き、が高じてドローン開発事業を起こしたり、製造業からロボットシステムインテグレーター業務に進出したり、ユニークなだけでなく、自らやりたいことがはっきりして、やり出したら諦めない。他にも、DXにも目標を決め周りを巻き込んでいく経営者が多数出てきている。D(デジタルツール)よりもX(トランスフォーメーション、変革)が大事、と言うことを理解し、「覚醒」する経営者も少なくない。初めから、優秀な経営者でないとオレはフツーだから、DXなんて、と諦めないことがDX成功の秘訣かもしれない。

 

2)IT部門の社長の右腕

 研削加工中、刃物と材料の接点で何が起こっているのか?知りたい。山本金属製作所の山本憲吾社長も前段で触れたとおり素晴らしいバイタリティーの持ち主で、DX企業の社長に相応しい方であるが、IT部門を引っ張るのが山内貴行氏。社長の右腕がしっかり存在するが、同氏を口説き倒して、大手企業から引っ張ってきたのは、社長自身。
 こうした「ないモノは取ってくる」作戦が「社長のDX右腕」を手にいれるために有効である。社内にないノウハウや技術、知識を持っている。育てていては時間がかかる、などの理由があるからだろう。自社のWEB戦略の課題分析をシンクタンクに依頼して、新たな気づきに目覚めた大阪の企業もある。人材は力であり、機能でもあるから、外部のリソースを使うことも一つの方策である。拙稿は人材育成の話題ではあるが、オープンエンジニアリングの考え方が浸透していることもDX勝ち組の条件かもしれない。
 社長の右腕を社内で育成することは、簡単でなく時間もかかるが、手間暇をかけて次の世代や将来の会社の姿を描くことは無駄ではない。2代目は、企業の実情をよく知り、進取の精神を涵養できれば、DX企業のトップに相応しい活躍が期待できる。サンコー技研の田中社長は、専務取締役、工場長として製造の現場をよく知り、日報の電子化と開発したアプリ「スマファク」の事業化を牽引してきた。※4
 こうした社長では、一時は社業を継ぐことを拒否して、他企業の営業経験や、ITベンダーで職歴を重ねる、など異なる職業経験を持つ方も少なくないが、自社の状況を客観視することと、外の世界を知っている、異次元の知識やスキルを持っていることも有利に働くと思われる。ITやIoTから始めてDX企業に化けている企業にはこうした第2創業的な例が多い。
 後継者と目した人物に振り向いてもらう、見捨てられないよう、企業価値・魅力を高めておくことが必要であり、そのためにもDXが。。とニワトリタマゴのお話しになるか。

 

3)担当者(スタッフ)に「変化」を身につけてもらう。これが一番難しい?

 上田製袋株式会社は、医療用の滅菌袋を製造する大阪府守口市内の企業。こちらで面白いのが、社員への円滑なIT導入をめざして、社内にIT推進委員会を設置。社長がリードしながら社員全員の参加を求めて、ラズベリーパイを使ってIoTデバイスの作り方、使い方を勉強する場を創った。この会社では、すべての製袋機にIoTデバイスが設置され、タブレット端末で社外からも稼働状況がリアルタイムでわかる。2017年ごろ大阪府のIoT診断や大阪商工会議所のスマートものづくり応援隊の支援も活用し、IoT導入に成功している。
 機械いじり、パソコン、ゲームが好きな社員もいたようで、活動は今も継続。昼食時にお弁当を選ぶのにチャットワークを使うなど、社員のモチベーションを引き出す工夫はしているが、タブレット端末を使いこなし、新たな試みに着いてくるスタッフは確実に育っている。
 また、カイゼン活動や3S活動に長年取り組んでいる企業で、DXにも先んじて取り組む企業が見られるが、ちょっとした変化でも自ら提案し、他者の提案を受け入れて、仕事がより良く変わっていく、このイメージを描くことに馴染んでいる、習慣化していることが、大きいようだ。

 

4)X(トランスフォーメーション)=変革を続けるために

 人材育成は時間がかかるが、中小企業の多くでは自前の人材・資源で勝負する方が有利、何より安くつくに決まっている。一人当たりの採用経費はバカにならないし、即戦力、と言っても本当に即戦力になるかどうかわからない。内部人材がシステムなどを内製できるようになれば、ノウハウも貯まるというおまけもついてくる。
 反面、時間がかかるのである。内部人材・内製に頼りすぎると、タイムリーな変化が期待できないので、外部リソースにも頼りながら、地道に人づくり、組織づくりをめざす、これは社長にしかできない。
 最後にITベンダーの視線で見ると、今回取り上げた例に見られるような、アクティブな社長、アキュートなIT部長、明るい社員 が揃う企業は、商談における投資・契約の決断も早いし、着手後は要件や詳細仕様の決定も早い。収益性改善が実現すれば、リピート客になる、など、顧客として魅力的だと思うので、余談ながら申し添える。

 

Point 5.最新情報による触発と先進の企業・ひととの接触機会

※1拙稿 本コラム第2回
https://www.sysadmingroup.jp/kh/p26214/

※2ヒルトップ 山善BASE CAMP
https://yamazen-basecamp.jp/contents/entry-1807.html

※3近畿工業 大阪ものづくりセンターMOBIOの記事
https://www.m-osaka.com/jp/special/003090.html

※4サンコー技研 スマファク! WEBサイト PR TIMES 記事
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000073481.html

企業については、事例として既出である、ことがわかるよう、該当企業以外の記事を
あげています。

 

連載一覧

コメント

筆者紹介

辻野 一郎(つじの いちろう)
ITコンサルティング DXpower 代表
(おもな進行中のプロジェクト)
◆一般社団法人エコビジネス推進協会事務局長
◆近畿産業技術クラスター協同組合 顧問
◆独立行政法人情報処理推進機構(IPA)社会基盤センター 製造分野向けDX推進方策検討WG委員
◆BAC AIoT BWG
◆みせるばやお

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