auカブコム証券がGoogle発SREで変わったこと

第6回 auカブコムがSREで変わったこと~後編~

 Google発SREをテーマとして昨年12月から連載を行ってきた本コラムも今回が最終回となりました。前回記事では2020年度のSREグループの年間ロードマップの施策として「重要システムのKPI設定と閾値監視の高度化」「インシデント発生時の早期解決に向けたPD(Problem Determination)推進」についてご紹介しました。
今回の記事では「お客さまのご要望の早期実現・苦情の早期改善」の取り組みについてご紹介し、コラムのまとめを行います。

目次
●お客様からのご要望
●ご要望実現にむけたサイクル
●auカブコム流SREのネクストステージ
●SREをはじめる皆さまへ

●お客様からのご要望

 auカブコム証券は創業当初より店舗を持たないオンライントレード取引システムを提供してきたネット証券です。そのため、お客様からのお問い合わせはカスタマーサポートセンターにいただくお電話や、メールでのお問い合わせで受付を行っています。証券取引やサイトの利用方法に関するご質問はもちろん、当社サービスに関するご意見・ご要望も多く寄せられており、お客様からのお問い合わせは全て顧客管理システム(以下、CRM)に集約されたのちに、カテゴリーごとに分類され管理されています。
 当社では従来、お客様のお問い合わせ管理の主体はカスタマーサポートセンター(以下、CS)を構える営業部門であり、お問い合わせの中でシステム調査が必要なものについて個別にシステム部門と連携をとるという流れがメインとなっていました。
 「CRMの管理は営業部門」、「基盤システムの管理はシステム部門」と職務分掌を定めている会社も多いと思いますが、責任の所在が明確になる分、どうしても縦割り組織化してしまう傾向がでてしまいます。当社もその傾向があり、お客様からのお問い合わせを受け付けてから、システム調査→解消に至るまでのサイクルに時間を要する事例が多くみられ、お客様からの苦情に繋がっていました。
 上記を課題認識していた経営層は、新しく創設したSREグループに今までにない役割として「システム部門のフロントエンドとして、システム部門と他部署の架け橋となるような役割を担ってほしい」というミッションを与えました。
 「お客様目線」で動けるSREになるため、何をすればよいか?―私たちは、CRMに集約されたお客様のご要望の中から、軽微なシステム改修でスピーディーに改善できるものをピックアップして対応していくのがいいのではないか、と考えました。お客様のご要望に沿ってシステム改修を行い、さらにその改善をお客様にフィードバックすることで、早期のご要望実現とともに、当社プレゼンス向上を狙ったのです。

 

●ご要望実現にむけたサイクル

 SREからお客様のお問い合わせに対するアイディアを出す、という初めての取り組みということもあり、最初はCSやマーケティング部門に協力を仰ぎながら施策の方向性を決めていく形でスタートしました。日々お客様からのお問い合わせを受けるCSは、お客様のご要望やその意図を熟知しており、解決すべき課題の優先順位づけを行うことができます。部門を超えて協力体制を築くことにより、改善効果の高い施策のプランを組むことができました。
 また、新しいサービスリリース直後や、大幅なフロント画面改修などについては、サービスイン直後から一気にお客様からのお問い合わせが増えることも多くあります。通常時よりも受電件数が多くなることで電話が混み合い、サポートセンターへ電話が繋がりづらい事象も発生してしまうため、素早い対応が必要となります。
 このようにお客様の利便性向上かつ、CSの負荷低減を考えると、特にお客様の声に注意深く耳を傾けるべきタイミングがあることも理解できました。
 活動開始から約3カ月間、SRE↔営業部門でアイディアだしをしていく中で最終的に以下の4つのサイクルが確立しました。

1. お客様のご意見・お問い合わせの収集・分析
2. 軽微なシステム改修で対応できるものを検討(優先順位などの調整)・実装
3. システムリリース
4. お客様へのフィードバック

 上記サイクルを回すことで、2020年度は1年間で18件の改善を達成。中には月40件以上のペースで問い合わせのあった苦情の対策も完了しました。営業部門主体の月次協議会でも本取り組みの実績と効果を定期的に報告し、経営層に見える形で活動の見える化を継続したことで、経営層からも大きな支持を得る取り組みとなりました。
 この取り組によって、お客様のご要望の実現はもちろんですが、営業部門とSREのリレーション強化に繋がり、経営より期待されていたシステム部門のフロントランナーとしての任務を果たすことができました。部門を超えて、お客様が困っている課題に協力して動ける良い文化が構築できています。活動開始初期は想定していなかった副次効果ですが、組織として大きな成長に繋がりました。

 

 

●auカブコム流SREのネクストステージ

 グループ発足から1年間ロードマップの施策を回していき、各施策の中での効果も実感できていたため、2021年度はもう一歩目線の高い施策となるようなビジョンをもってロードマップを継続していけると自信を感じています。
 グループ発足当時の2つのモチベーション(「システム品実の見直し」、「運用業務のプレゼンスを高めたい」)とはまた違うモチベーションがメンバーの中で生まれており、新しい年度を迎える前(2021年3月)に、auカブコム流SREのネクストステージとして、メンバー個々の描くゴールを共有する時間を設け、以下を行いました。

【2021年度ロードマップ策定に向けて】
 ・中期計画3年(当社では、2021年から3年間の中期計画がスタートします)を意識して、3年後にSREはどうなっていたいかを意識して意見を出し合う。
  ※どうなっていたら楽しく働けるか、社内外の評価が高い組織になれるか、利益を生む組織になれるか など
 ・全員の合意を以て、ロードマップの方向性を確定する
 ・参加対象は社員だけでなくパートナー社員も全員参加

 【ゴール】
 ・1週間に1回、2組に分けて、全員から意見を出してもらう
 ・ブレスト結果から、3年後の目標・方向性、1年ごとのステップを集約し、一枚の資料にまとめる
 →本内容をベースに、2021年度上半期のタスク、担当に詳細を落とし込む

 

●SREをはじめる皆さまへ

 本記事ではGoogleの提唱するSREの説明をしましたが、各会社の抱えている課題によってSREに求められる役割は異なります。Googleと全く同じ課題を抱えているわけではないでしょうし、与えられたチームの人数やスキル構成も異なると思います。
 SREを始める上で重要なことは、SREという言葉の定義はもちろんのこと、「会社がチームに何を期待しているか?」を明確にして関係者で共有することです。チームが何を期待されているのか?どのような業務に対して責任があるか?ということを最初に明確にし、社内で共有することが、SREチームを形成していく上での活動指針になります。
 そしてもう一つ重要なのは、自分たちでゴール(目標)を考えることです。当社の場合、2019年当時の運用課題に苦しむメンバー全員で集まって行った、チームのビジョンについての話し合いこそが、今のSREグループができ組織が変わるきっかけとなった大きな一歩となったからです。とことん話し合い、チームの目指す方向性に全員が納得感をもつことで活動は継続できます。

 auカブコム証券SREでは1年間で運用改善などの実務での改善と同時に、取り組みを通じてメンバーの運用に対する責任感・考え方が強化されました。常に各メンバーのやりたいこと、強みを第一に考えメンバーの意識醸成を行ってきたグループ長牽引の元、個々の強みを生かしたアイディアで全員が一段レベルの高い視点で考え、動けるようになっています。
 そしてそれはメンバーだけでなく、一緒に働くパートナー社員の方々も同じです。業務改善に対してより主体性、積極性をもって課題解決に取り組んでいただきました。
 auカブコムSREのストーリーは一例ですが、この内容が少しでも記事を読んでくださった皆様のSRE形成にお役に立てれば幸いです。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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筆者紹介

道場大(みちばだい)
2011年FX専業の会社に入社し、金融業界に進出。システム担当として各種サービスの設計、構築、保守、運用に広く携わる他、お客様対応、当局対応にも深く関わり、2015年にシステム責任者に就任。対顧サービス完全クラウド化など、多岐に渡る主要プロジェクトを歴任。
2019年スキル拡張を目的とし、auカブコム証券に転職。初年度実績を評価され、本年4月より技術部SREグループ長に就任。チームビルディングの傍ら、auカブコム流SREを体現。SREロードマップ実現に向けて邁進。

太田有美(おおたゆみ)
2016年auカブコム証券会社に新卒入社。2017年よりシステムインフラ部署でサーバ設計構築を担当。2020年4月に新体制であるSREグループ発足により、初期SREメンバーとして活動。旧運用チーム時代から新SREグループ誕生の過程で運用高度化を実感した経験を生かし、当社の体験をコラムでわかりやすくお伝えできるよう邁進中。

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