概要
企業運営を中枢から担うコーポレート部門の方々にとって身近なテーマである「インナーコミュニケーション」。企業の内外に巻き起こるマクロの変化の渦とDX、そのなかに生じる企業と従業員の関係性のうねりを、時代・トレンド・価値観などの比較を通じて、小気味よく分かりやすい言葉でまとめていくコラムです。
第1話では、コミュニケーションプラットフォームの変遷を紐解き、日本企業内のインナーコミュニケーションが「業務」から「戦略」へと大きく転換していることをお伝えしました。
第2話では、社会常識のアップデートという大きな変化のなかで、企業には、個人と組織の関係性を再構築する「ソーシャル“リ”バランス」が求められていることを指摘しました。
そして、第3話では、インナーコミュニケーションとエンゲージメントの相関を、構造化しながら考察を加えてみました。これまでの3話を通じて、インナーコミュニケーションがなぜ重視されるのかについて、少しでもご理解が深まったのではないかと思われます。
ただ、「重要であることは分かったけれど、何から手を付けて良いのか分からない」という向きもあるのではないかと考えて、第4話では、インナーコミュニケーションを効果的に実践するアプローチを探ってみたいと思います。
- 目次
- はじめに:「マーケティング」手法の応用の動きは既に始まっている
- マーケティングとインナーコミュニケーションの共通点
マーケティングとインナーコミュニケーションには、共通点が多く存在します。
- インナーコミュニケーションに活かせる10のマーケティング的要素
ここからは、インナーコミュニケーションに活かせる10のマーケティング要素を紹介します。 - まとめ:社内の「伝える力」は、マーケティング手法を駆使して強化する
はじめに:「マーケティング」手法の応用の動きは既に始まっている
「マーケティング」と聞くと、顧客に商品やサービスを届けるための手法や戦略を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし、近年ではこのマーケティングの考え方を、社内コミュニケーション=インナーコミュニケーションに応用する動きが広がっています。
その背景には大きく二つの潮流があるものとみております。
ひとつは従業員の価値観の多様化、働き方の変化、情報過多による“伝わらない”問題など、企業内における「伝えること」の難易度が上がっていることがあります。第2話で取り上げたとおり、企業側が従業員との関係性を再構築することが求められる変化の渦中において、その解決の糸口を探るために、マーケティングの視点を取り入れることで、「伝える」から「伝わる」、そして「動く」コミュニケーションへと進化させようという企業の内発的ムーブメントであると捉えられます。
そして、もうひとつが、マーケティング手法の成熟化と、デジタルツールの進化によるその手法の一般化・民主化です。ウェブを検索すれば、マーケティング手法に関する知見・ツール・サービスなどは巷に溢れている現代。潜在顧客を誘引しマーケティングを仕組み化する市場は、AIの出現によって更に大衆化されたともいえるほどです。皆さんもウェブ検索をしても、プライベートでSNSを使っても、マーケティングの対象となる昨今。企業と従業員の関係性再構築にこれらのマーケティングノウハウの一部を活用することが、誰にとっても理解しやすく、扱いやすいものになったのです。さらに、第1話で取り上げたように、チャットツールの浸透によって、従業員のコミュニケーションプラットフォームはメールからビジネスチャット・短文・写真・動画で伝達する手法への移行が進み、標準化が進んでいます。
本コラムでは、B to Cマーケティングの代表的な手法をベースに、インナーコミュニケーションに活かせる10の重要要素を整理し、それぞれの実践例を交えながら、効果的なインナーコミュニケーションのあり方を探ってみたいと思います。意外にフィットする実践的アプローチが見つかるかもしれません。
マーケティングとインナーコミュニケーションの共通点
マーケティングとインナーコミュニケーションには、共通点が多く存在します。
① 相手の理解が出発点であること
② 情報の設計と配信が重要であること
③ 相手に行動変容(購入・共感・参加)を促すことが目的であること
④ 繰り返しの効果測定と改善が求められること
これらはテキストだけでは伝えきれないと考えて、より分かりやすくマーケティングファネルに落とし込んでみました。次の図をご覧ください。誰もが一度は見たことのあるマーケティングファネルの図です。消費者が購買行動に移るまでの行動様式の順序と、購買行動をとったあとのロイヤルカスタマーとして次なる潜在顧客層の誘引の一助となっていく様を模式化したものです。
左手側には、B to Cマーケティングファネルのステップを配置しました。一方、右手側にはインナーコミュニケーションを進めるにあたって従業員に行動変容を促すステップを対照しながら落とし込んでみました。

B to C マーケティングと インナーコミュニケーション ファネル&ループ対照図
すると、「従業員=社内の顧客」と捉え直すだけで、マーケティングの知見はそのまま社内施策に応用できるということが、構造的にも機能的にもご納得いただけたのではないでしょうか。
それでは、更に理解を深めるために、B to Cのターゲットを従業員と捉え直し、マーケティング手法を基にインナーコミュニケーションに応用できるアプローチを列挙してみましょう。
インナーコミュニケーションに活かせる10のマーケティング的要素
ここからは、インナーコミュニケーションに活かせる10のマーケティング要素を紹介します。
1. ターゲティング(従業員セグメンテーション)
マーケティングでは、顧客を年齢・性別・趣味などで分類し、最適なメッセージを届けます。同様に、社内でも「職種」「勤務地」「世代」「働き方(リモート/現場)」などで従業員をセグメントし、それぞれに合った情報設計が必要です。
実践例:
製造現場には紙の掲示物、営業部門にはスマホ通知、リモート社員には動画配信など、チャネルと内容を最適化する。
________________________________________________________________________________
2. パーソナライズ
一律の情報配信では、関心を引くことは難しい時代です。従業員の役割や関心に合わせて、メッセージをパーソナライズすることで、受け手の「自分ごと化」が進みます。
実践例:
開発部門には技術ロードマップ、営業部門には顧客事例を中心にした社内報を配信。
________________________________________________________________________________
3. ジャーニー設計(従業員体験の可視化)
マーケティングでは「カスタマージャーニー」を描き、顧客の接点ごとに最適な情報を設計します。社内でも、入社から定着、成長、異動、退職までの「従業員ジャーニー」を描くことで、必要なタイミングで必要な情報を届けられます。
実践例:
新入社員に対し、入社1週間後、1ヶ月後、3ヶ月後に段階的なフォローアップメッセージを配信。
________________________________________________________________________________
4. コンテンツマーケティング
組織が「伝えたいこと」ではなく、従業員が「知りたいこと」を軸にしたコンテンツ設計が重要です。社内でも、業務に役立つ情報や共感を呼ぶストーリーを継続的に発信することで、従業員の関心と信頼を得られます。
実践例:
「社長のひとこと」や「社員インタビュー」など、定期連載型の社内コンテンツを展開。
________________________________________________________________________________
5. ブランドメッセージの一貫性
企業のビジョンやミッションは、社内のあらゆるメッセージに一貫して反映されるべきです。マーケティングと同様に、社内でも「言葉の統一」がブランド浸透に直結します。
実践例:
全社朝礼やイントラのトップページに、毎回ビジョンに紐づくメッセージを掲載。
________________________________________________________________________________
6. チャネル戦略(オムニチャネル)
メール、チャット、イントラ、動画、ポスターなど、複数のチャネルを使い分けることで、情報の到達率と理解度が向上します。
実践例:
速報はチャット、詳細はイントラ、感情訴求は動画で配信する「3段階配信モデル」を導入。
________________________________________________________________________________
7. エンゲージメント指標の可視化
マーケティングでは、開封率・クリック率・CV率などを分析します。社内でも、「情報がどれだけ届き、読まれ、行動につながったか」を可視化することで、改善のヒントが得られます。
実践例:
社内報のクリック率を毎月分析し、人気コンテンツや読まれないテーマを把握。
________________________________________________________________________________
8. ストーリーテリング
数字や方針だけでは人は動きません。感情に訴えるストーリーを通じて、共感と納得を生み出すことが重要です。
実践例:
新制度導入時に、実際に活用した社員の声をストーリー形式で紹介。
________________________________________________________________________________
9. 社内インフルエンサー活用
マーケティングでは、インフルエンサーが商品の魅力を伝えます。社内でも、現場のキーパーソンやロールモデルが情報を発信することで、信頼性と浸透力が高まります。
実践例:
若手リーダーが社内SNSで制度の使い方を紹介し、コメント欄で質問に回答。
________________________________________________________________________________
10. A/BテストとPDCA
マーケティングでは、表現やタイミングを変えて効果を検証します。社内でも、メッセージのタイトルや配信時間を変えて反応を比較し、改善を繰り返すことが重要です。
実践例:
同じ内容の社内メールを2パターンで配信し、開封率の高い方を今後の基準に。
________________________________________________________________________________
まとめ:社内の「伝える力」は、マーケティング手法を駆使して強化する
インナーコミュニケーションは、単なる情報伝達ではなく、従業員の共感と行動を引き出す「戦略的な取り組み」です。マーケティングの視点を取り入れることで、従業員一人ひとりに「届く」「伝わる」「行動変容させる」コミュニケーションが実現できます。
従業員を“社内の顧客”と捉え、マーケティングの知見を活かしたインナーコミュニケーションを実践することは、Digital Transformation(デジタル技術を活用してビジネスや組織の在り方を根本的に変革すること)の重要な一つのアクションほかなりません。現代において、社内向けの情報発信は「売り込み」による「押し売り」や、おかみからのお達しではなく「体験設計」による「体験価値」へと進化していくのが自然でしょう。
従業員を体験価値で導いていくインナーコミュニケーションは、いずれインナーマーケティングという言葉に発展していくものであることを、私は信じています。
インナーコミュニケーションに関わる皆さまは、まずはこの10の視点から一つでも取り入れてみてはいかがでしょうか。
連載一覧
筆者紹介
略歴:千葉大学法経学部経済学科卒業後、商社の航空宇宙事業の営業職を経て大手プラントエンジニアリング会社に転職。
国内・海外営業を担ったのちに、2016~2022 同社 広報・IR部において、機関投資家向けIR、社内外広報、企業風土改革組織のマネージメント職として、経営陣の投資家説明資料企画・策定、統合報告書製作、インナーコミュニケーションを統括。
2022~ 株式会社コミュニティオ コーポレートコミュニケーションジェネラルマネージャー(現職)

一介の営業マンが晴天の霹靂でプラントエンジニアリング会社(現東証プライム上場)の広報・IR責任者となる。急速なDX浸透、働き方改革、エンゲージメント施策…、劇的な変化のなか、全く経験のない広報・IRのミッションに対峙する。営業とマーケティングの視点からの仮説を立てながら徒手空拳で挑んだ経験を糧に、読み手にとって易しいコラムを目指します。当時、世の潮流を得るための社外交流を契機に、スタートアップとの共同ソリューション開発に参画。自社を検証フィールドとして活用することでサービス開発を加速させ、職場の半径5mの人間関係が組織力を強くする『TeamSticker』 のSaaSサービスの実現に至る。その後も、Teamsにありそうでなかった一斉配信機能を実現する 『NewCommunicator』 の開発の端緒に繋げる。現在は、当時ソリューション共同開発先であった株式会社コミュニティオにおいて、営業活動とコーポレートコミュニケーションに従事。趣味は、海釣り、マラソン、水泳、サッカー、温泉。パン職人の実弟と共に西葛西でパン屋 Pan de Momoを経営する。
コメント
投稿にはログインしてください