運用保守の課題をSFで斬る

第4回 サイロの壁を打ち破る:統合的システム思考による問題の本質解明

概要

ITインフラ運用保守が「動いて当たり前」と見なされがちな現状に一石を投じ、その裏にある真の価値、そして暗黙知・経験値の限界、さらにインフラ管理者が「ユーザーの仕事」を守るという視点についてSFでの例えを交えながら深掘りする。

ITインフラ運用保守の現場では、しばしば「サイロ化」 という課題に直面します。これは、組織内の部門やチーム、あるいはシステムやツールがそれぞれ独立して機能し、情報や知識が共有されにくい状態を指します。サイロ化は、問題解決を遅らせ、非効率を生み、最終的にはITインフラの「見えない価値」を損なう大きな要因となります。本章では、このサイロの壁を打ち破るための強力な思考法である「統合的システム思考」について深掘りしていきます。これは、複雑な現代のIT環境において、部分的な最適化ではなく、全体的な視点から最適な解決策を見出すための不可欠なアプローチです。

目次
統合的システム思考とは
サイロ化の弊害:部分最適が全体最適を阻む
システムは「つながり」でできている
ITインフラ運用保守における「システム思考」の実践
個人の「学習」と「行動」がサイロを打ち破る
この章のまとめ:サイロを越え、森を見る視点へ

統合的システム思考とは

統合的システム思考とは、個々の要素や部分だけでなく、それらがどのように相互に作用し、全体としてどのような振る舞いをするのかを理解しようとする考え方です。システムを構成する要素間の関係性や、システムが置かれているより大きな環境との相互作用に焦点を当てます。ITインフラ運用保守の文脈で言えば、単にサーバーやネットワーク機器、アプリケーションといった個別のコンポーネントを見るだけでなく、それらがどのように連携し、ビジネスプロセス全体にどう影響を与えているのかを鳥瞰的に捉える視点です。この思考法は、問題が発生した際に「どこか壊れた箇所」を探すのではなく、「システム全体の機能不全」として捉え、その相互作用の連鎖を解き明かすことを目指します。

 

サイロ化の弊害:部分最適が全体最適を阻む

サイロ化は、部分最適を招きやすいという弊害があります。例えば、データベースチームはデータベースのパフォーマンス最適化に注力し、ネットワークチームはネットワークの安定性維持に尽力する。それぞれが自身の担当領域で最高のパフォーマンスを追求することは素晴らしいことです。しかし、もしデータベースの最適化がネットワークに過度な負荷をかけ、結果としてアプリケーション全体のレスポンスが悪化したらどうでしょうか?あるいは、ネットワークのセキュリティ強化が、特定のアプリケーションの通信を阻害し、ビジネスプロセスを停止させてしまったら?

 

システムは「つながり」でできている

統合的システム思考の核心は、「システムは要素の集合体ではなく、要素間のつながり(関係性) によって定義される」という認識にあります。ITインフラも例外ではありません。サーバー、ストレージ、ネットワーク、OS、ミドルウェア、アプリケーション、そしてそれらを操作する人、さらには利用するユーザーやビジネスプロセス、外部サービス…これらすべてが複雑に絡み合い、一つの巨大なシステムを形成しています。それぞれの要素が相互に依存し、影響し合うことで、システム全体としての機能が発揮されます。この「つながり」を理解せずして、真の問題解決や最適化はあり得ません。
例えば、Webサイトの表示が遅いという問題が発生したとします。この時、単にWebサーバーのCPU使用率だけを見るのではなく、以下のような「つながり」を意識して原因を探るのが統合的システム思考のアプローチです。
• Webサーバーとデータベースサーバー間のネットワーク遅延はないか?
• データベースサーバーのクエリが重いのは、アプリケーションからのリクエストに問題はないか?
• ストレージのI/O性能がボトルネックになっていないか?
• ロードバランサーの設定が適切か?
• 外部APIへの接続に時間がかかっていないか?
• ユーザーの利用状況(アクセス集中など)が影響していないか?
• アプリケーションのコード自体に非効率な処理はないか?
• キャッシュ機構は適切に機能しているか?
このように、問題の発生源だけでなく、その問題が他の要素にどう影響し、また他の要素からどう影響を受けているのかを多角的に捉えることで、根本原因を特定し、持続的な解決策を見出すことができるのです。単一の原因に固執せず、全体の関係性を探ることで、真のボトルネックや潜在的なリスクを洗い出すことが可能になります。

宇宙船ビーグル号のグローヴナー博士は特殊な学習方法(理論としての科学は全分野理解した総合科学(ネクシャリズム))の専門家として搭乗し、未知の世界での問題を解決するにあたり、各分野の専門家と協業し、特定分野に偏らない最適解を導き出します。ITインフラはITシステム全体を俯瞰できる位置にいますので、グローヴナー博士のような広い視野を持つチャンスがあると思います。

 

ITインフラ運用保守における「システム思考」の実践

では、具体的にITインフラ運用保守の現場で統合的システム思考を実践するにはどうすれば良いでしょうか。それは、日々の業務における意識と行動を変革することから始まります。
1. 全体像の可視化:
 ・システム構成図やサービスマップを常に最新の状態に保ち、関係者間で共有する。特に、ビジネスプロセスとITシステムの関連性を明確にするための「ビジネスサービスマップ」の作成は非常に有効です。これにより、ITインフラの各要素がどのビジネス機能に貢献しているかを一目で理解できます。
 ・データの流れ、処理の流れ、依存関係を明確にする。どこにボトルネックが生じやすいか、障害が発生した場合の影響範囲はどこまでかなどを事前に把握しておくことで、迅速な対応が可能になります。これは、緊急時の初動対応の迅速化だけでなく、予防保全やキャパシティプランニングにも役立ちます。
 ・ システムが提供する価値を数値化し、EVM(Earned Value Management)のような手法で「コスト」だけでなく「生み出す価値」として可視化する努力をしましょう。例えば、インフラの改善によって短縮された顧客の待ち時間や、システム障害の未然防止によるビジネス機会損失の回避額など、具体的な数値で示すことで、ITインフラの貢献度をより明確にできます。
2. コミュニケーションとコラボレーションの促進:
 ・部門やチーム間の壁を取り払い、定期的な情報共有の場を設ける。単なる会議だけでなく、共同での問題解決ワークショップやクロスファンクショナルチームの結成も有効です。異なる専門性を持つメンバーが協働することで、より多角的な視点から問題に取り組むことができます。
 ・問題発生時には、関係者全員で多角的な視点から議論する。異なる専門領域を持つメンバーが集まることで、サイロ化した知識では見えなかった根本原因や解決策が見つかることがあります。いわゆる「インシデントレビュー」の場を形式的なものにせず、真に学びと改善の機会とする意識が重要です。
 ・ 共通の目標(例:ビジネス価値の最大化、ユーザー体験の向上、リスクの最小化、特定サービスのSLA達成)を設定し、部分最適ではなく全体最適を目指す意識を醸成する。この共通目標が、各チームの活動を結びつけ、サイロ間の連携を促進する原動力となります。
3. フィードバックループの活用:
 ・変更がシステム全体に与える影響を予測し、その結果を継続的に監視・評価する。予期せぬ副作用がないか、定期的に確認する仕組みを構築しましょう。継続的デリバリー(CD)やDevOpsの考え方を取り入れ、自動化されたテストや監視を組み込むことも有効です。
 ・問題解決後も、その解決策が新たな問題を引き起こしていないか、定期的にレビューする。恒久対策が本当に効果的だったのか、改善の余地はないかを常に問い続けることが重要です。PDCAサイクルを回し、常に最適化を目指す姿勢が、システムの健全性を保ちます。
 ・ユーザーからのフィードバックを積極的に収集し、システムの改善に繋げる。ユーザーの声こそが、システムの真の価値を測る最も重要な指標です。アンケート、ヒアリング、利用状況の分析などを通じて、ユーザーの満足度や課題を定量・定性的に把握し、インフラ改善の具体的な根拠とすべきです。

個人の「学習」と「行動」がサイロを打ち破る

統合的システム思考を組織全体で実践するには、個々のエンジニアが受け身ではなく、自律的に学び、行動する姿勢が不可欠です。ITインフラの技術は日進月歩で進化し、新しいクラウドサービス、コンテナ技術、自動化ツール、セキュリティ脅威が次々と現れます。こうした膨大な情報を単に「貯める」だけでは、真の価値は生まれません。重要なのは、その知識を「行動」に変え、具体的な問題解決や新たな価値創造に繋げることにあります。
例えば、どんなに多くの資格を持っていても、最新の技術トレンドに詳しくても、それを実際の業務、特にサイロを越えた連携や全体最適の視点で活用できなければ、それは宝の持ち腐れとなってしまいます。組織の壁を越え、システム全体を俯瞰し、複雑な相互作用を理解するためには、個々人が能動的に知識を習得し、それを実務に応用する「自律学習」の習慣が極めて重要ですし、これはネクシャリズム的な思想とも通じます。ネクシャリズムは、知識を断片的に蓄積するのではなく、それらを相互に関連付け、実践的な問題解決に結びつけることを重視する考え方です。
アニメの世界に目を向けてみましょう。アムロ・レイは、当初は未熟な少年でしたが、戦場の極限状況の中で、自らガンダムを操縦し、戦闘経験を通じてパイロットとしてのスキルを飛躍的に向上させました。彼は誰かに言われたからではなく、生き残るため、仲間を守るため、そして何よりも目の前の課題を解決するために、自律的に学習し、進化していったのです。アムロが多大な情報の中から真実を見極め、指揮チームやメカニックとの連携によってプロとして貢献し、連邦軍を守る力を得たように、個人の学習とチームとの協調は不可欠です。一方で、一人の天才が直感的な行動で戦局を混乱させるシャア・アズナブルも魅力的ですが、時に大局を見失い、全体に混乱を招く危険性も秘めていると言えるでしょう。これは、部分最適に陥りがちなサイロ化した環境では特に注意すべき点です。個人の突出した能力も、システム全体との調和がなければ、かえって混乱を招く可能性があるという示唆に富んでいます。
アニメの話ですと現実感を掴みにくいでしょうから、実際に起きた事例を紹介します。
困難なミッションを奇跡的な生還で終え、後に多くの事例研究の対象となったアポロ13のオペレーションは、まさに統合的システム思考の実践でした。地上にいた何百人もの専門家たちが、それぞれが持つサイロ化された専門知識(推進システム、生命維持装置、航法など)を結集し、宇宙空間という極限状態にある宇宙船という複雑な「システム全体」を統合的に捉えました。彼らは、個々の部品の特性や、宇宙船内の限られたリソース、そして飛行士たちの心理状態といった多岐にわたる要素を俯瞰し、全体として最適な解決策を導き出しました。特に印象的なのは、遭難の原因となったブースターの、点火スイッチを帰還に向けて再度入れる際に操縦士が躊躇し、逡巡する描写です。これは、システムだけでなく『人』を含む全体としての複雑なシステムをコントロールすることの難しさと、深いレベルでの連携の重要性を示唆しています。この事例は、技術的な知識だけでなく、人間心理やチームワークといった非技術的要素もシステムの一部として捉える、真の統合的システム思考の模範と言えるでしょう。映画「アポロ13」と書籍「アポロ13」に学ぶITサービスマネジメント」を比べながらご覧いただくと、この話がよく分かると思います。この成功は、抽象的な指示(地図)だけでなく、具体的な状況(地形)に即した柔軟な思考と行動(統合的システム思考)が不可欠であることを示しています。

ITインフラの世界では、一度学んだら終わりということはありません。常に新しい技術が登場し、既存の技術もアップデートされます。この変化のスピードに対応するためには、「継続学習」が不可欠です。日々の情報収集を習慣化し、学んだことをブログに書く、同僚に説明する、社内勉強会で発表するといったアウトプットを重視しましょう。実践的な学びとして実際に手を動かし、新しい技術を試すことも重要です。自分のアウトプットや行動に対し、他者からのフィードバックを積極的に求め、それを次の学習や改善に活かす「フィードバックループ」を回すことで、より効果的な学習サイクルを確立できます。これは、システム思考における「フィードバックループの活用」そのものであり、個人の学びが組織全体の適応力へと繋がるのです。
自律学習や継続学習を習慣化するためには、「やらされ感」ではなく、内側から湧き上がる「内発的動機づけ」が何よりも重要です。本当に「面白い」と感じるからこそ、人は自ら学び、行動を続けることができます。些細なことでも「なぜ?」と感じたら、それを放置せず、調べてみたり、試してみたりする癖をつけましょう。小さな成功体験を積み重ね、達成感を味わうことも大切です。そして、何よりも、自分の学習や行動が、サイロを越えてチームや組織、ひいてはユーザーや社会に貢献していることを実感できると、学習へのモチベーションは大きく高まります。この内発的動機づけこそが、ITインフラエンジニアとしてのキャリアを長く、そして充実したものにするための鍵となるでしょう。
この個々人の能動的な学習と行動、そしてそれが組織全体のコラボレーションと相乗効果を生み出すサイクルこそが、サイロの壁を打ち破り、ITインフラの「見えない価値」を最大限に引き出すための、もう一つの重要な鍵となるでしょう。

 

この章のまとめ:サイロを越え、森を見る視点へ

統合的システム思考は、ITインフラ運用保守の現場に潜むサイロ化の弊害を克服し、問題の本質を捉えるための強力なフレームワークを提供します。個々の「木」を見るだけでなく、それらが織りなす「森」全体を鳥瞰し、要素間の複雑な「つながり」を理解することで、私たちはより効果的かつ持続的な問題解決を実現できます。そして、この思考法こそが、ITインフラが提供する「見えない価値」を最大限に引き出し、ビジネス全体の成長に貢献するための鍵となるでしょう。サイロを打ち破り、全体最適を目指すことで、ITインフラエンジニアは技術の専門家であるだけでなく、ビジネス戦略の重要な担い手となることができるのです。

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筆者紹介

岩瀬 正(いわせ ただし)
1960年生まれ。
フリーランスエンジニア
情報処理学会ソフトウェア工学研究会メンバー

連想記憶メモリを卒業論文とした大学電子系学科を卒業。
国内コンピュータメーカーにて海外向けシステムのOSカーネルSEとアプリケーションSE、自動車メーカーにて生産工場のネットワーク企画から保守までの責任者、外資系SI企業の品質管理部門にてITIL,CMMI,COBITを応用した業務標準化に携わる。
合わせて30数年の経験を積んだのちにフリーランスとして独立し、運用業務の標準化推進や研修講師などに従事する。
80~90年代のUnix、Ethernetムーブメントをいち早くキャッチし、米カーネギーメロン大学や米イェール大学とも情報交換し、日本で最も早い時期でのスイッチングハブの導入も含めたメッシュ状ネットワーク整備を行うと共に、初期コストと運用コストをどのように回収するかの計画立案を繰り返し行い評価し、利益に繋がるネットワーキングという業務スタイルを整備した。
トライアルバイクとロックバンド演奏を趣味とし、自宅にリハーサルスタジオを作るほどの情熱を持っている。

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