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次に来る時代~脱情報化社会への序章 【第3回】 情報(化)時代という道しるべ
2009年07月08日 17:46

いま、ことさらに「情報(化)社会」を再定義してみても何もはじまりますまい。ともかく、論者によっても、フェーズによっても、そういうことは百花繚乱です。情報化という言葉が使われて以来(その嚆矢は1960年代に遡るといわれますが)、あらためて「情報の希少性」が認識され、その獲得が競争上の大きな課題となり、企業では、ヒト・モノ・カネに続く第四の資源であると言われました。

そして、企業はこぞって情報インフラの充実を図り、情報をいち早く取得し、競争優位を獲得するため邁進しました。いやはや昼夜を分かたぬ、慌ただしい時代でした(あえて過去形にします)。「何かを知っている」ことが、その人の評価や業績に結びつく社会、いや、そう思い込んでいた時代でした。

しかし、金融機関の顧客担当や企業の営業担当の方々ならいざ知らず、多くのビジネス・パーソンにとって、昨今の出来事を何でも知っている必要など全くありません。むかしおじさんも数十年お世話になった企業社会では、同僚間の日常会話における、政治、経済、社会に関する話題比率は、1:2:2ぐらいではなかったかと思います。(あとの2はスポーツ、3は週刊誌的な他人の噂など・・・だったかな。)


情報化が果たした役割

一般的に、産業社会における情報化の功績は、まず知識や情報の平等な配分という意義が主張されます。すなわち、ピラミッド型の組織構造のもとでの「情報の偏在」が解消に向かったということです。ひとつの民主主義の実現です。組織における情報のトリクルダウン・システムでは、情報が素早く、あまねく伝達されることは至難のわざでありました。

デジタル化に伴う情報伝達の質的変換は、リアルな時間と空間(いわば「隔たり」)を超えることで、ともかくもこの情報格差を解消しました。いや、こういう言い方も正確ではありません。デジタル社会における情報は、シャワーのように勝手に降ってくるわけではなく、自分から求めに行くというポジティブな行動を要求しますから、やはりデジタル・デバイドが存在します。

先進工業国(世界では一部の恵まれた社会)において、情報化が果たした役割を考えますと、情報の価値が、情報を「知っているか知らないか」のレベルから、情報を「どのように使うのか」というように質的に高度化したと言うことができます。何かに使うという目的を持って、必要な情報を取得するようになるということです。そこでは、まず問題意識が前提になります。

そうでなければ、誰もこの膨大な情報の海を難なく泳ぎ切ることなどできますまい。にもかかわらず、現代人の多くが、毎朝、誰かが取捨選択し、編集し、解説した情報一覧(新聞)を、じっと見つめる姿に、どこかしら「いじらしさ」を感じてしまいます。

わたしたちは「情報化」と名付けられた産業社会後期における一つの時代において、新しい商品として情報(ないしは知恵)をパッケージ化し、飽きることのない市場創造の一貫としてのバーチャル空間を手に入れたというに過ぎないのではないでしょうか。

情報に向き合う姿勢

誤解を恐れずに言えば、情報化は、人間の社会と文化をそんなに大きく変えたわけではありません。前回のシリーズ(e‐Marketing文化論~新しい絆の時代へ)でもお話したように、情報化は、ビジネスの効率向上や合理化に大きく貢献しましたが、結局、辿り着いた岸辺は「経験経済」であり、「口コミ」であり、「信頼関係」という生々しい人間関係の再認識でした。

また、大量生産、大量消費の行き着いたのは、地球環境問題への反省でありました。時空間を超越したICTが提示した課題は、このように「人間同士の絆」の確認であったというパラドックスは忘れてはなりません。

地球環境問題については、現在も世界的に根強い疑問が存在します。地球や大自然は、たかが人間のささやかな生の営みくらいで大きく変化するほどヤワなモノではないという見解は、ここしばらく、自らの存在を過信してきた人間の奢りへの警告として耳に響きます。また、e-社会で、あらためて「人間の絆」が見直されるという分別は、決して豊かな社会の新しいマーケティング発想としてではありませんでした。

情報化は社会の道しるべになり得たのか

浅学非才のおじさんが、A.トフラー先生に楯突く気は毛頭ありません。いや、数々の識者に、知識も人格も到底及ばないことは十分に自覚しています。しかし、情報化時代という主張が、どこを探しても明確な言葉で「人間の幸福」という社会科学の最終目的を説明していないことが、少しく不満です。

数万年前の農耕革命は、人類の生存維持や人口増加に大きく寄与しましたし、数百年前の産業革命は、明らかに人間の「身体機能の拡張」をもたらしまし、豊かな社会の礎になりました。そして、全地球的に見れば大いなる誤謬や疎漏はあるものの、近代工業国においては「豊かな生活と文化」が花開いています。

ところが、情報革命は、ボーダーレス化もしくはフラット化という用語があてはめられるように、国や組織における情報流通経路の破壊を招きました。不必要な情報までが脚色されて流通し、その結果、人々は、いつも心は安らかではありません。またそれ以上に、相互監視社会の到来や私憤による内部告発という、大儀のない社員の反乱すらしばしば引き起こしています。

情報化を追い風にして、アメリカ型の自由と民主主義がグローバルに唱道され、世界市場の一元化が目されてきました。その結果、2008年には、21世紀に入って初めての大恐慌が発生しました。そもそも、20世紀までの経済学が、あくまで国家の存在を前提とした経済体制であったのに対して、グローバル化というのは、誰も責任を取らないアナーキー(無政府主義)な世界であることは自明です。

第1回目に申し上げたように、アメリカの住宅ローン債権が微細分化されて世界各国の債券に組み込まれ、その破綻が世界各国の景気に影響するというような現象は、明らかに「世界市場の失敗」です。少なくとも、ずいぶん以前から、アメリカの住宅バブルの崩壊の可能性については、大いに危惧されてきたところです。わたしが問題にしているのは、そのことに対して、情報化はなんとも無力だったということです。

情報化は社会を幸福にするか

ビジネスにおけるICTの必要性、有用性についてはいまや否定しようもありません。しかし、少なくともICTビジネスモデルそのものをのぞいては、ICTは、ビジネスの目的ではなくツールであることは、はっきり認識しなければなりません。

経済情勢が少し落ち着きを取り戻しはじめたかに見える昨今、ふたたび従前のような成長路線を目指すのか、それとも、これを教訓に、しかるべき安定成長を求めるのかについて議論がかわされています。常識的にいって、すでに先進諸国では、年十数%もの高度経済成長を望むことは不可能です。

ですから、近未来については大きな乖離のない予測が可能でしょう。中国をはじめとして諸国が、大きく経済を成長させて行く中で、先進諸国との格差はどんどん是正されていきます。それに、アメリカの世界戦略も、自由と民主主義に関する普遍主義は、少し影を潜めるでしょう。(そういう柔軟な方向転換がまたアメリカという国の魅力です。)

ニューヨーク市場を横目で見ながら、株価の乱高下を一日遅れでなぞっているような東京市場の主体性のなさこそ、我が国における情報化の悲しむべき課題です。この国は、もういちど、近代国家としての経済再構築と自らの情報アイデンティティを確立しなければなりません。

グローバル化という耳優しい言葉に惑わされて、「グローバル・ビレッジ」という夢ようなの呪文を唱えているうちに、国家としての最低限の要素である「国民の安心・安全」すら確保できなくなっています。まるで、マクルーハンの亡霊に憑かれてしまったかのようです。世界は、100人の村ではないのです。

このシリーズの最初に申し上げたように、おじさんは、人間が生きて行くには、そんなに多くの情報は必要がないと思います。すでに産業社会の構造的な情報格差を解決するという目的を達したのですから、このあたりで、「情報化」という古い言葉は捨て去るべきであると感じます。

情報は、農耕や産業技術のように直接、人間の生存にかかわる要素ではありません。従って、まず、他人よりも、早く多くの「情報を知らねばならない」という「情報化の軛」から解放されることが必要です。それが「脱情報化」です。

そのための特効薬は、当面、すべての情報に発信者の署名を求めることでしょう。そのとき、社会を流通する情報は格段に減少し、正確性もさらに担保されるはずです。心安らかに情報に接することが可能になります。こんな情報社会のあたりまえのルールすら、いまだに全国新聞でも一部を除いて完全ではありません。広く情報を発信するものの義務ではないでしょうか。

次回は、ネットワーク社会の共生と孤独についてご一緒に考えましょう。
コラム CIOへのメッセージ -アーカイブ-
次に来る時代~脱情報化社会への序章

ふと気がつくと、いつの間にかWeb3.0やユビキタスという言葉もどこか影が薄くなってしまいました。わざわざ新しいキーワードを創造する必要もないくらいにICTは社会資本として根づいたということでしょう。また、クラウド・コンピューティングの有効性はもちろん否定しませんが、発想自体は工業化社会の「規模と囲い込みの発想」とか「危険の分散」の法理そのものと同一のフィールドなのかもしれません。このところ「情報全体主義」などという不埒な言葉を思い浮かべることが多いのは困ったことです。『人間の未来』(竹田青嗣)と『21世紀の歴史』(ジャック・アタリ)に強く刺激されながら、ごいっしょに「情報化の未来」を考えていきましょう。

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筆者紹介

松井 一洋(まつい かずひろ)
広島経済大学経済学部教授
(メディア・マーケティング論、e-マーケティング論、企業広報論、災害情報論) 2004年4月から現職。体験的な知見を生かした危機管理を中心とした企業広報論は定評がある。最近は、地域の防災や防犯活動のコーディネーターをつとめるほか、「まちづくり懇談会」座長として、地域コミュニティの未来創造に尽力している。著書に『災害情報とマスコミそして市民』ほか。

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